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第四章 白き竜
93話
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船が港に着いた後、フォルはコルジアと今後の予定について話していた。コルジアには船内で「リフィくんと一緒にというのは私も納得いたしましたが、いいですか、くれぐれも王家の機密に関しては」などとしつこいほどに言われていたが、さすがにこの場では口にしてはこない。
とにかく宿を取ってから情報を求めてみようなどと話しているとリフィが町の方へ向かって歩き出すのが目に入ってきた。
「リフィ?」
「フォル、私は先に町へ行って宿を取っておきますから、あなたはリフィくんを」
「ああ、頼む」
何故先に進もうとするのか謎に思いながら引き留めると、リフィがここから先は別行動だと思っていたと知った。当然のようにそう思い、当然のように受け止めて歩き出したのだろうかと思うと妙に気持ちが沈む。当然のように一緒に行くと思ってくれるものだと傲慢にも考えていたようだ。ただ何故かリフィも俯き加減になっているようで、フォルはとりあえず手を差し出した。顔をあげてきたリフィに「どうせ行く場所は同じなのだから」と告げるとホッとした顔で「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか……?」などとおずおずと見上げながら言ってきた。
いくら中身は女性であれ、どう見ても今は少年だ。だというのにそんなリフィがとてつもなく可愛く思えてフォルは少し困惑する。だが聞かれていることにまず答えなくてはと自分を落ち着かせた。
「こちらが言いたいところだ。一緒に行ってくれるか?」
「……っはい、お願いします!」
リフィがとても嬉しそうに差し出していたフォルの手を取ってきた。少年の姿だが、小柄なせいで小さな手をしている。その手を握り返したくなり、フォルはまた内心困惑した。
宿へ向かい、一旦落ち着いてから買い出しも含め町中を回った。どこを見ても他の国や町と特に変わりないように見える。とりあえず何か情報を仕入れるなら酒場だろうかと、その後食事を兼ねて大きな酒場へ向かった。
だが竜のことを誰に尋ねても全く情報は集まらない。言い伝えを知っている者はそれなりにいるが、見たことがある、どこにいるか知っているといった類のことを口にする者はいなかった。ずっとここに住んでいる者も「竜はただの言い伝えだからなあ」とただ笑っていた。
結局無駄足だったのだろうか。ほんのわずかな一縷の望みにかけてここまで来たが、結局無駄だったのだろうか。フォルはさすがに不安に駆られた。
「誰も皆同じような反応ですね」
「そうだな、コルジア。……まあとにかく夕食にしよう。しっかり食べないとな、特にリフィは」
リフィに落ち込んでいるところを見せたくないと思い、フォルは笑いながら店の従業員を呼んだ。
「特に僕はって! フォルに以前言われてから僕、ずいぶん食べるようになりましたけど?」
「もっとかな」
「何ですか。僕を太らせて食べようなんて思ってませんよね」
「俺を何だと思っているんだ君は。でも確かにもし俺が人を食べる鬼だとしても、そんな肉のついてなさそうな君を食べたいとは思わないだろうな。もっと成長するといい」
「食べられるためにですか? 嫌ですよ」
リフィは嫌だと言いつつ笑いながら、従業員が運んできた料理に手を伸ばした。
「意味ありげでいいですねえ」
コルジアがぼそりと呟きながらニコニコしている。意味ありげとは、と怪訝に思ったフォルだが、食べる食べないの話に対してコルジアが何を言いたいのか察して、少し耳が熱くなるのを感じながらジロリと睨んだ。
食後、宿に戻りながらフォルはリフィに「ただの言い伝えだったとしても俺は自分の目で確かめたい。だから俺は行く。リフィ、君はどうする?」と尋ねた。
「僕も行きます」
「そうか。俺とコルジアはここからも見えているあの岩山がやはり怪しいと思っているんだ。ただあれは多分散歩気分で登れるような山じゃない。険しいと思うんだが……」
いくら少年の姿をしていても華奢な少女が登るには相当きつい山ではないだろうかとフォルはそれが心配だった。魔物などに対してはいくらでも自分がどうにかしてリフィを守りたいと思うが、ああいった物理的なことは守るもへったくれもない。
「心配してくれているんですね。ありがとうございます。でも僕は大丈夫です」
ただリフィは笑顔で礼を言いながら相変わらず大丈夫だと力強く返してきた。
宿へ戻ってから、フォルはアルディスに連絡を取った。
「というわけでもしかしたらただの言い伝えだけで本当に終わってしまうかもしれない。だが俺は諦めたくなくてな」
『諦めてもいいじゃないか』
「いや。自分の目で確認したいんだ。でないと納得できない。だから明日、岩山に向かおうと思っている」
『そんな不確かな情報で向かうなんて危険だよ。逆にもし本当に竜がいる岩山だったら何が起こるか……兄さん、もういいよ。十分だよ。僕は呪いを抱えていることより兄さんがどうにかなってしまうほうが怖いし嫌だ』
「アルディス……。ありがとう、だがすまない。それでもここまで来たんだ、ちゃんとこの目で確認したい。お前を治す可能性がほんの少しでもあるのなら足掻きたい。大丈夫、決して油断はしない」
『兄さん……なら約束してくれ。絶対に生きて戻ってくるって』
「もちろんだ。約束する。絶対に戻る。そしてお前に笑って報告する」
とにかく宿を取ってから情報を求めてみようなどと話しているとリフィが町の方へ向かって歩き出すのが目に入ってきた。
「リフィ?」
「フォル、私は先に町へ行って宿を取っておきますから、あなたはリフィくんを」
「ああ、頼む」
何故先に進もうとするのか謎に思いながら引き留めると、リフィがここから先は別行動だと思っていたと知った。当然のようにそう思い、当然のように受け止めて歩き出したのだろうかと思うと妙に気持ちが沈む。当然のように一緒に行くと思ってくれるものだと傲慢にも考えていたようだ。ただ何故かリフィも俯き加減になっているようで、フォルはとりあえず手を差し出した。顔をあげてきたリフィに「どうせ行く場所は同じなのだから」と告げるとホッとした顔で「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか……?」などとおずおずと見上げながら言ってきた。
いくら中身は女性であれ、どう見ても今は少年だ。だというのにそんなリフィがとてつもなく可愛く思えてフォルは少し困惑する。だが聞かれていることにまず答えなくてはと自分を落ち着かせた。
「こちらが言いたいところだ。一緒に行ってくれるか?」
「……っはい、お願いします!」
リフィがとても嬉しそうに差し出していたフォルの手を取ってきた。少年の姿だが、小柄なせいで小さな手をしている。その手を握り返したくなり、フォルはまた内心困惑した。
宿へ向かい、一旦落ち着いてから買い出しも含め町中を回った。どこを見ても他の国や町と特に変わりないように見える。とりあえず何か情報を仕入れるなら酒場だろうかと、その後食事を兼ねて大きな酒場へ向かった。
だが竜のことを誰に尋ねても全く情報は集まらない。言い伝えを知っている者はそれなりにいるが、見たことがある、どこにいるか知っているといった類のことを口にする者はいなかった。ずっとここに住んでいる者も「竜はただの言い伝えだからなあ」とただ笑っていた。
結局無駄足だったのだろうか。ほんのわずかな一縷の望みにかけてここまで来たが、結局無駄だったのだろうか。フォルはさすがに不安に駆られた。
「誰も皆同じような反応ですね」
「そうだな、コルジア。……まあとにかく夕食にしよう。しっかり食べないとな、特にリフィは」
リフィに落ち込んでいるところを見せたくないと思い、フォルは笑いながら店の従業員を呼んだ。
「特に僕はって! フォルに以前言われてから僕、ずいぶん食べるようになりましたけど?」
「もっとかな」
「何ですか。僕を太らせて食べようなんて思ってませんよね」
「俺を何だと思っているんだ君は。でも確かにもし俺が人を食べる鬼だとしても、そんな肉のついてなさそうな君を食べたいとは思わないだろうな。もっと成長するといい」
「食べられるためにですか? 嫌ですよ」
リフィは嫌だと言いつつ笑いながら、従業員が運んできた料理に手を伸ばした。
「意味ありげでいいですねえ」
コルジアがぼそりと呟きながらニコニコしている。意味ありげとは、と怪訝に思ったフォルだが、食べる食べないの話に対してコルジアが何を言いたいのか察して、少し耳が熱くなるのを感じながらジロリと睨んだ。
食後、宿に戻りながらフォルはリフィに「ただの言い伝えだったとしても俺は自分の目で確かめたい。だから俺は行く。リフィ、君はどうする?」と尋ねた。
「僕も行きます」
「そうか。俺とコルジアはここからも見えているあの岩山がやはり怪しいと思っているんだ。ただあれは多分散歩気分で登れるような山じゃない。険しいと思うんだが……」
いくら少年の姿をしていても華奢な少女が登るには相当きつい山ではないだろうかとフォルはそれが心配だった。魔物などに対してはいくらでも自分がどうにかしてリフィを守りたいと思うが、ああいった物理的なことは守るもへったくれもない。
「心配してくれているんですね。ありがとうございます。でも僕は大丈夫です」
ただリフィは笑顔で礼を言いながら相変わらず大丈夫だと力強く返してきた。
宿へ戻ってから、フォルはアルディスに連絡を取った。
「というわけでもしかしたらただの言い伝えだけで本当に終わってしまうかもしれない。だが俺は諦めたくなくてな」
『諦めてもいいじゃないか』
「いや。自分の目で確認したいんだ。でないと納得できない。だから明日、岩山に向かおうと思っている」
『そんな不確かな情報で向かうなんて危険だよ。逆にもし本当に竜がいる岩山だったら何が起こるか……兄さん、もういいよ。十分だよ。僕は呪いを抱えていることより兄さんがどうにかなってしまうほうが怖いし嫌だ』
「アルディス……。ありがとう、だがすまない。それでもここまで来たんだ、ちゃんとこの目で確認したい。お前を治す可能性がほんの少しでもあるのなら足掻きたい。大丈夫、決して油断はしない」
『兄さん……なら約束してくれ。絶対に生きて戻ってくるって』
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