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第四章 白き竜

92話

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 その後おそらく二、三か月は経っただろうか。その間に結局また二度ほど他の島へ上陸したが残念ながら、いや、幸いと言うべきだろう、滞在中は特に何事もなかった。
 ディル曰く『むしろその前に何かとありすぎただろう』らしい。

「普通は船旅ってそういうものじゃないの?」
『そういうものなら普通の人間だと命がいくらあっても足りんだろうが』
「僕は普通の人間だけど。ああそうか、フォルやコルジアがついていてくれたもんね」
『そなたこそ愛し子なのだから普通の子ではないが、な』
「ぇえ?」
『……私や精霊の多大なる加護があるにもかかわらず、たびたびそなたが結構な目に遭うのは……過去の因縁のせいかもしれぬな……』
「因縁? どういう意味?」
『ああ、言葉の綾だ』
「また誤魔化す!」

 なんにせよ、無事に目的地に辿り着けたのはよかったと言えるだろう。リフィたちはようやく竜のいる島と言われている島の片隅に着いた。半年くらいで着くと言われていたが、色々あったせいだろう、もう少し時間がかかった気がする。
 マーヴィンを筆頭に、仲良くなった船員たちと心底別れを惜しみつつ、リフィは港から見える島をしみじみと見上げた。
 小さな島の中央にだろうか、ごつごつとした大きな岩山があるようだった。ふと見ればディルがリフィの肩に乗ってその岩山を見つめている。もしかしたらあの岩山に竜がいるのかもしれないとリフィは思った。
 フォルとコルジアは港にあった地図を見ながら何かを話している。ここからは別行動だろうかとリフィはまた寂しくなった。
 港からすぐ活気ある町へ続いているようだ。リフィは迷った。ちゃんとお別れを言うべきなのだろうが、告げている途中で自分は泣いてしまうかもしれない。そうすればまた困らせてしまうだろう。それは避けたい。とはいえずいぶん世話になったというのに何も言わず立ち去るのもあまりに失礼で非常識な気がする。

『どうしたらいいと思う?』
『そなたは相変わらずまだ子どもだな』
『来年……っていうかもうあと何か月かしたら成人する子どもだよ! だいたいディルだってまだ小っちゃいくせに』
『私のレベルとそなたのレベルを一緒にするでない。あと好きにすればいいだろうが』
『……好きにしていいなら一緒に行きたい、けどそういうわけにいかないから、泣かずにお別れできるベストは無言で立ち去ることかなって思ったんだけど、でもそれじゃああまりに非常識だから困ってるの!』
『本当に子どもだな』
『ディルはたまに意地悪だよ』
『それはすまない。だがこれでもそなたのことは愛しく思っている』
『……ならよろしい。はぁ……やっぱりこのまま立ち去ろうかな。きっともう会うことはないんだろうし……。ディル、滞在できる宿を探しに行こうか』
『うむ』
『今日はとりあえず町で準備をして、明日の朝に岩山へ向かう?』
『そうだな』

 リフィが港を出ようとすれば、気づいたフォルが慌てたように呼び止め、駆けつけてきた。

「リフィ! どこへ行くんだ」
「え? 宿を取らないとなので……」
「一緒に取ればいいだろう。何故先に行こうとするんだ」

 フォルは少し焦ったように困惑したように言ってきた。リフィも少し困惑してフォルを見る。
 どういうことだろうか。まだ一緒にいてくれるのだろうか。

「あの……目的地に着いたから……ここからは別行動だと思って」

 するとフォルがため息をついてきた。やはり黙って行こうとしたのは間違いだったようだ。なんて失礼な子だと思って呆れたのだろうか。でもお別れを言えば泣いてしまうかもしれない。それは嫌だった。
 思わず俯きがちになっているとフォルが手を差し出してきた。それに気づいてリフィは顔を上げる。

「どうせ行く場所は同じなのだから」
「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか……?」

 見上げてつい本音を口にすると、フォルがさらに困惑したような顔をしてきた。太陽の反射のせいだろうか。少し顔に赤みが差したように見える。

「こちらが言いたいところだ。一緒に行ってくれるか?」
「……っはい、お願いします!」

 フォルの手を取りながら、嬉しくて堪らなくて結局泣けてきそうになり、リフィは何とか堪えた。
 フォルと話をしている間にむしろコルジアがすでに宿を取ってくれていたようだ。どうりで見当たらないと思ったとリフィは感嘆する。改めてコルジアは旅をしていない普段も仕事のできる人なのだろうなと思った。
 町は実際賑わっていて明るい雰囲気だった。本当に竜がいる島なのだろうかと疑問に思ってしまう。一旦皆で宿へ向かってから町の中を歩き、店を見て回りながらリフィはディルに心の中で話しかけた。

『ここ、竜がいる島って言われてるのは間違いないんだよね』
『私に聞くな。でもまあ、そうだろうな』
『でも竜が住んでいるように思えないけど』
『町中に住んでいるとでも思っているのか。馬鹿者』

 リフィの頭の中で人に混じってほのぼの買い物をしている竜が浮かんだ。

『そ、そうじゃないけど、潜んでそうな雰囲気だってないよ』
『そうやすやすと竜が人前に現れるわけがないであろう』
『それもそっか』

 買い出しを済ませた後、フォルが「何も情報がないままよりある程度調べておきたい」と言ったのでとりあえず情報収集ならと酒場へ向かった。人の集まるそこはいつだって何らかの情報が手に入る。
 だが今回だけは当てはまらなかったようだ。情報が手に入るどころか誰も知らないというか、言い伝えは知っていても見たことのある者はいなかった。

『皆見たことないみたいだよ、ディル。本当にこの島に竜、住んでるのかな』
『先ほども言ったであろう。やすやすと人前に出るわけがないのだから、誰も見たことがないのは当たり前だ。それにそもそも竜の住みかに容易く人間が出入りできるはずもないだろう。魔法によって人間にはただの岩山にしか見えないだろうよ』

 ああやはりあの岩山が、と思いつつそう言われると確かにと納得するが、ただそうなるとリフィたちも竜を見ることすら叶わないということになる。

『いや、違うな。資格のある者なら入ることはできる』
「あ、そっか。ディルがいるもんね』
『……』

 ディルはちらりとリフィを見た後、何故かフォルを見てから目を閉じた。
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