93 / 151
第四章 白き竜
92話
しおりを挟む
その後おそらく二、三か月は経っただろうか。その間に結局また二度ほど他の島へ上陸したが残念ながら、いや、幸いと言うべきだろう、滞在中は特に何事もなかった。
ディル曰く『むしろその前に何かとありすぎただろう』らしい。
「普通は船旅ってそういうものじゃないの?」
『そういうものなら普通の人間だと命がいくらあっても足りんだろうが』
「僕は普通の人間だけど。ああそうか、フォルやコルジアがついていてくれたもんね」
『そなたこそ愛し子なのだから普通の子ではないが、な』
「ぇえ?」
『……私や精霊の多大なる加護があるにもかかわらず、たびたびそなたが結構な目に遭うのは……過去の因縁のせいかもしれぬな……』
「因縁? どういう意味?」
『ああ、言葉の綾だ』
「また誤魔化す!」
なんにせよ、無事に目的地に辿り着けたのはよかったと言えるだろう。リフィたちはようやく竜のいる島と言われている島の片隅に着いた。半年くらいで着くと言われていたが、色々あったせいだろう、もう少し時間がかかった気がする。
マーヴィンを筆頭に、仲良くなった船員たちと心底別れを惜しみつつ、リフィは港から見える島をしみじみと見上げた。
小さな島の中央にだろうか、ごつごつとした大きな岩山があるようだった。ふと見ればディルがリフィの肩に乗ってその岩山を見つめている。もしかしたらあの岩山に竜がいるのかもしれないとリフィは思った。
フォルとコルジアは港にあった地図を見ながら何かを話している。ここからは別行動だろうかとリフィはまた寂しくなった。
港からすぐ活気ある町へ続いているようだ。リフィは迷った。ちゃんとお別れを言うべきなのだろうが、告げている途中で自分は泣いてしまうかもしれない。そうすればまた困らせてしまうだろう。それは避けたい。とはいえずいぶん世話になったというのに何も言わず立ち去るのもあまりに失礼で非常識な気がする。
『どうしたらいいと思う?』
『そなたは相変わらずまだ子どもだな』
『来年……っていうかもうあと何か月かしたら成人する子どもだよ! だいたいディルだってまだ小っちゃいくせに』
『私のレベルとそなたのレベルを一緒にするでない。あと好きにすればいいだろうが』
『……好きにしていいなら一緒に行きたい、けどそういうわけにいかないから、泣かずにお別れできるベストは無言で立ち去ることかなって思ったんだけど、でもそれじゃああまりに非常識だから困ってるの!』
『本当に子どもだな』
『ディルはたまに意地悪だよ』
『それはすまない。だがこれでもそなたのことは愛しく思っている』
『……ならよろしい。はぁ……やっぱりこのまま立ち去ろうかな。きっともう会うことはないんだろうし……。ディル、滞在できる宿を探しに行こうか』
『うむ』
『今日はとりあえず町で準備をして、明日の朝に岩山へ向かう?』
『そうだな』
リフィが港を出ようとすれば、気づいたフォルが慌てたように呼び止め、駆けつけてきた。
「リフィ! どこへ行くんだ」
「え? 宿を取らないとなので……」
「一緒に取ればいいだろう。何故先に行こうとするんだ」
フォルは少し焦ったように困惑したように言ってきた。リフィも少し困惑してフォルを見る。
どういうことだろうか。まだ一緒にいてくれるのだろうか。
「あの……目的地に着いたから……ここからは別行動だと思って」
するとフォルがため息をついてきた。やはり黙って行こうとしたのは間違いだったようだ。なんて失礼な子だと思って呆れたのだろうか。でもお別れを言えば泣いてしまうかもしれない。それは嫌だった。
思わず俯きがちになっているとフォルが手を差し出してきた。それに気づいてリフィは顔を上げる。
「どうせ行く場所は同じなのだから」
「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか……?」
見上げてつい本音を口にすると、フォルがさらに困惑したような顔をしてきた。太陽の反射のせいだろうか。少し顔に赤みが差したように見える。
「こちらが言いたいところだ。一緒に行ってくれるか?」
「……っはい、お願いします!」
フォルの手を取りながら、嬉しくて堪らなくて結局泣けてきそうになり、リフィは何とか堪えた。
フォルと話をしている間にむしろコルジアがすでに宿を取ってくれていたようだ。どうりで見当たらないと思ったとリフィは感嘆する。改めてコルジアは旅をしていない普段も仕事のできる人なのだろうなと思った。
町は実際賑わっていて明るい雰囲気だった。本当に竜がいる島なのだろうかと疑問に思ってしまう。一旦皆で宿へ向かってから町の中を歩き、店を見て回りながらリフィはディルに心の中で話しかけた。
『ここ、竜がいる島って言われてるのは間違いないんだよね』
『私に聞くな。でもまあ、そうだろうな』
『でも竜が住んでいるように思えないけど』
『町中に住んでいるとでも思っているのか。馬鹿者』
リフィの頭の中で人に混じってほのぼの買い物をしている竜が浮かんだ。
『そ、そうじゃないけど、潜んでそうな雰囲気だってないよ』
『そうやすやすと竜が人前に現れるわけがないであろう』
『それもそっか』
買い出しを済ませた後、フォルが「何も情報がないままよりある程度調べておきたい」と言ったのでとりあえず情報収集ならと酒場へ向かった。人の集まるそこはいつだって何らかの情報が手に入る。
だが今回だけは当てはまらなかったようだ。情報が手に入るどころか誰も知らないというか、言い伝えは知っていても見たことのある者はいなかった。
『皆見たことないみたいだよ、ディル。本当にこの島に竜、住んでるのかな』
『先ほども言ったであろう。やすやすと人前に出るわけがないのだから、誰も見たことがないのは当たり前だ。それにそもそも竜の住みかに容易く人間が出入りできるはずもないだろう。魔法によって人間にはただの岩山にしか見えないだろうよ』
ああやはりあの岩山が、と思いつつそう言われると確かにと納得するが、ただそうなるとリフィたちも竜を見ることすら叶わないということになる。
『いや、違うな。資格のある者なら入ることはできる』
「あ、そっか。ディルがいるもんね』
『……』
ディルはちらりとリフィを見た後、何故かフォルを見てから目を閉じた。
ディル曰く『むしろその前に何かとありすぎただろう』らしい。
「普通は船旅ってそういうものじゃないの?」
『そういうものなら普通の人間だと命がいくらあっても足りんだろうが』
「僕は普通の人間だけど。ああそうか、フォルやコルジアがついていてくれたもんね」
『そなたこそ愛し子なのだから普通の子ではないが、な』
「ぇえ?」
『……私や精霊の多大なる加護があるにもかかわらず、たびたびそなたが結構な目に遭うのは……過去の因縁のせいかもしれぬな……』
「因縁? どういう意味?」
『ああ、言葉の綾だ』
「また誤魔化す!」
なんにせよ、無事に目的地に辿り着けたのはよかったと言えるだろう。リフィたちはようやく竜のいる島と言われている島の片隅に着いた。半年くらいで着くと言われていたが、色々あったせいだろう、もう少し時間がかかった気がする。
マーヴィンを筆頭に、仲良くなった船員たちと心底別れを惜しみつつ、リフィは港から見える島をしみじみと見上げた。
小さな島の中央にだろうか、ごつごつとした大きな岩山があるようだった。ふと見ればディルがリフィの肩に乗ってその岩山を見つめている。もしかしたらあの岩山に竜がいるのかもしれないとリフィは思った。
フォルとコルジアは港にあった地図を見ながら何かを話している。ここからは別行動だろうかとリフィはまた寂しくなった。
港からすぐ活気ある町へ続いているようだ。リフィは迷った。ちゃんとお別れを言うべきなのだろうが、告げている途中で自分は泣いてしまうかもしれない。そうすればまた困らせてしまうだろう。それは避けたい。とはいえずいぶん世話になったというのに何も言わず立ち去るのもあまりに失礼で非常識な気がする。
『どうしたらいいと思う?』
『そなたは相変わらずまだ子どもだな』
『来年……っていうかもうあと何か月かしたら成人する子どもだよ! だいたいディルだってまだ小っちゃいくせに』
『私のレベルとそなたのレベルを一緒にするでない。あと好きにすればいいだろうが』
『……好きにしていいなら一緒に行きたい、けどそういうわけにいかないから、泣かずにお別れできるベストは無言で立ち去ることかなって思ったんだけど、でもそれじゃああまりに非常識だから困ってるの!』
『本当に子どもだな』
『ディルはたまに意地悪だよ』
『それはすまない。だがこれでもそなたのことは愛しく思っている』
『……ならよろしい。はぁ……やっぱりこのまま立ち去ろうかな。きっともう会うことはないんだろうし……。ディル、滞在できる宿を探しに行こうか』
『うむ』
『今日はとりあえず町で準備をして、明日の朝に岩山へ向かう?』
『そうだな』
リフィが港を出ようとすれば、気づいたフォルが慌てたように呼び止め、駆けつけてきた。
「リフィ! どこへ行くんだ」
「え? 宿を取らないとなので……」
「一緒に取ればいいだろう。何故先に行こうとするんだ」
フォルは少し焦ったように困惑したように言ってきた。リフィも少し困惑してフォルを見る。
どういうことだろうか。まだ一緒にいてくれるのだろうか。
「あの……目的地に着いたから……ここからは別行動だと思って」
するとフォルがため息をついてきた。やはり黙って行こうとしたのは間違いだったようだ。なんて失礼な子だと思って呆れたのだろうか。でもお別れを言えば泣いてしまうかもしれない。それは嫌だった。
思わず俯きがちになっているとフォルが手を差し出してきた。それに気づいてリフィは顔を上げる。
「どうせ行く場所は同じなのだから」
「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか……?」
見上げてつい本音を口にすると、フォルがさらに困惑したような顔をしてきた。太陽の反射のせいだろうか。少し顔に赤みが差したように見える。
「こちらが言いたいところだ。一緒に行ってくれるか?」
「……っはい、お願いします!」
フォルの手を取りながら、嬉しくて堪らなくて結局泣けてきそうになり、リフィは何とか堪えた。
フォルと話をしている間にむしろコルジアがすでに宿を取ってくれていたようだ。どうりで見当たらないと思ったとリフィは感嘆する。改めてコルジアは旅をしていない普段も仕事のできる人なのだろうなと思った。
町は実際賑わっていて明るい雰囲気だった。本当に竜がいる島なのだろうかと疑問に思ってしまう。一旦皆で宿へ向かってから町の中を歩き、店を見て回りながらリフィはディルに心の中で話しかけた。
『ここ、竜がいる島って言われてるのは間違いないんだよね』
『私に聞くな。でもまあ、そうだろうな』
『でも竜が住んでいるように思えないけど』
『町中に住んでいるとでも思っているのか。馬鹿者』
リフィの頭の中で人に混じってほのぼの買い物をしている竜が浮かんだ。
『そ、そうじゃないけど、潜んでそうな雰囲気だってないよ』
『そうやすやすと竜が人前に現れるわけがないであろう』
『それもそっか』
買い出しを済ませた後、フォルが「何も情報がないままよりある程度調べておきたい」と言ったのでとりあえず情報収集ならと酒場へ向かった。人の集まるそこはいつだって何らかの情報が手に入る。
だが今回だけは当てはまらなかったようだ。情報が手に入るどころか誰も知らないというか、言い伝えは知っていても見たことのある者はいなかった。
『皆見たことないみたいだよ、ディル。本当にこの島に竜、住んでるのかな』
『先ほども言ったであろう。やすやすと人前に出るわけがないのだから、誰も見たことがないのは当たり前だ。それにそもそも竜の住みかに容易く人間が出入りできるはずもないだろう。魔法によって人間にはただの岩山にしか見えないだろうよ』
ああやはりあの岩山が、と思いつつそう言われると確かにと納得するが、ただそうなるとリフィたちも竜を見ることすら叶わないということになる。
『いや、違うな。資格のある者なら入ることはできる』
「あ、そっか。ディルがいるもんね』
『……』
ディルはちらりとリフィを見た後、何故かフォルを見てから目を閉じた。
0
お気に入りに追加
385
あなたにおすすめの小説
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる