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第三章 旅立ち
85話
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小舟は城で準備してもらった。話を聞いたマティアスが「おれも行きたかった」と言いながら手配してくれた。
「あなたはもうすぐしたら隣国へ行って今度は正式な婚礼を上げるんだから余計なことなどしている余裕なんかないぞ」
「わかってるけどさ。面白そうだし。でも危険そうでもあるしな、本当に気をつけてくれ」
「ああ、もちろん。舟、助かるよ」
「何を言っているんだ。既に船が出せないほどの影響がこの国にも出ているんだぞ。むしろお前たちの行動に褒美や金を払いたいくらいだ。頼んだぞ」
外洋からだと魔物が出たり荒波や渦潮など様々な問題が発生するかもしれないが、小舟で行けるくらいの内海は穏やかなものだった。時折、ルビーに吸い寄せられたのであろう魔物の一部が潜んでいることはあったが、雑魚も雑魚で問題にもならない。リフィが言うには「僕からしたら雑魚とは、と首を傾げたくなりますが」らしいし、フォルとしても油断だけはするつもりはなかったが、とにかく楽に小さな島の間をすり抜けていくことはできた。
ただ、例の小さな島が近づくとさすがに「確かにこれでは船を出すにも警戒してしまうな」と思うくらい内海でも魔物が増えてきた。全然問題ないレベルの魔物であっても少々数が多すぎる。挙句、もうすぐ着くという手前くらいでとうとう小舟をひっくり返された。フォルは合図を送ってコルジアに魔物の対応を任せつつ、真っ先にリフィの元へ向かった。すぐに見つけたが、リフィはどうしたのだろうというくらいジッとしたまま一旦沈んでいる。慌てて抱き寄せるとフォルは水面に出た。そして陸地へ向かった。
「何であんなにジッとしてたの?」
「兄に教わったんです。川じゃなければ溺れた時は息を止めてじっと動くなって。じゃあ自然と体が浮かぶからって。川はその前に流されちゃうから何か浮いているものがあればそれをつかめと言われてます」
ああ、泳げないんだなと理解した。確かにもし本来それなりの身分だったなら、しかも女の身なら大抵の人は泳げないかもしれない。その辺を失念していた自分をフォルは内心責めた。
「うん……そうだな。ただ今回は魔物がたくさんいるから……」
「それに関してはディルが守ってくれる予定ではあったので……でもフォルが助けてくれましたね、ありがとうございます!」
どうやらリフィとディルの間で一応対策済みではあったようだ。とはいえ泳げないなら小舟なんて乗るのも怖いものだと思うのだが、リフィはずっと楽しそうだった。本当に楽しんでいたのかもしれないし、もしかしたら明るく振舞っていたのかもしれない。どちらにしてもリフィらしい。
「……君らしいというか」
「もしかして僕、呆れられてます?」
リフィはそんなことを言いながら服を脱ごうとした。
「っ待て! 何故服を脱ごうとしている」
「海水でずぶ濡れだからですが……」
「そ、そうだが、しかしそれは俺が乾かしてあげるから脱ぐのはやめなさい」
「……そういえば初めて会った時もそんなことありましたね」
あはは、とリフィが笑っていると「そういうことがあったんですね」とコルジアの声がした。振り返るとニコニコとした顔でこちらに近づいてきている。見れば小舟もちゃんと回収してくれているようだった。その辺はやはり優秀だとフォルも思う。
「酷いですよ、全部私に任せるんですから。でもまあ、リフィくんを守るためなら仕方がありませんね、渋々ですがチャラにして差し上げましょう」
「一言多い……けどまあ助かった。ありがとう、コルジア」
ため息をつきながら言えばコルジアも服を脱ぎながら「いえいえ、で続きを聞かせてください」などと言ってくる。
「煩い」
「……あの、コルジアはいいんですか?」
「? 何が?」
何の話だとフォルはリフィを見た。
「服、脱ぐの」
「……あ、いや」
正直コルジアはどうでもいい。とはいえそれを口にするとまた「少年が好きなのか」などと勘違いされかねない。
そうではなく君が元々女だからどうにも気を遣うのだと、しかし口にするわけにもいかない。
「コルジアは見慣れているしあいつは別に……」
「見慣れているんですか」
「いや、待て、違うからな? まさかコルジアまでもが俺の性的嗜好だなんて間違っても思わないでくれ……それはとてつもなく嫌だ。本当に嫌だ。心の底から否定するからな?」
「いえ、僕は別にそこまで……」
「私とフォルがですか? 一方的に私が振られている感じですが、もちろん私にも拒否権はあるんでしょうね?」
「コルジアは黙っててくれ……!」
その後魔法を使って皆の服を乾かし、自分の分だけは自分でそのままは無理なので結局一旦脱いでから乾かすと、フォルたちはようやく島を歩き始めた。乾いても少し服などがベタつくが仕方ない。
ここは実際に小さな島のようで、背の高い木やちょっとした小山以外には特になにもなさそうに見える。だが少しすると岩の間に出入りできそうな隙間を見つけた。警戒しつつなんとか入ると、中は奥行きがかなりありそうだし広かった。外にもいくつか転がっているのは見かけたが、ここでも所々におそらく海賊であったのだろう骸骨が転がっている。
死体は環境などによってかなり左右されるが、放置していた場合だと寒い冬でなければ十日から二週間もあれば白骨化するだろう。埋められていた場合は何年もかかるが、洞窟の中とはいえむき出しであるため、少なくとも一か月もかかってはいないとは思われた。幸い悪臭もすでにない。
リフィをそっと窺ってみたが、変に怯えた様子はなかった。そういうところも元は女だというのに純粋にすごいなとフォルは思う。
「死体は怖くないのか?」
「骨ですしまだ。過程だったら少し怖かったかもしれません。ただ、冒険者として仕事をしていると何度か死体に遭遇することもあったので、鍛えられたのかもですね」
リフィは静かな声で返してきた。
「あなたはもうすぐしたら隣国へ行って今度は正式な婚礼を上げるんだから余計なことなどしている余裕なんかないぞ」
「わかってるけどさ。面白そうだし。でも危険そうでもあるしな、本当に気をつけてくれ」
「ああ、もちろん。舟、助かるよ」
「何を言っているんだ。既に船が出せないほどの影響がこの国にも出ているんだぞ。むしろお前たちの行動に褒美や金を払いたいくらいだ。頼んだぞ」
外洋からだと魔物が出たり荒波や渦潮など様々な問題が発生するかもしれないが、小舟で行けるくらいの内海は穏やかなものだった。時折、ルビーに吸い寄せられたのであろう魔物の一部が潜んでいることはあったが、雑魚も雑魚で問題にもならない。リフィが言うには「僕からしたら雑魚とは、と首を傾げたくなりますが」らしいし、フォルとしても油断だけはするつもりはなかったが、とにかく楽に小さな島の間をすり抜けていくことはできた。
ただ、例の小さな島が近づくとさすがに「確かにこれでは船を出すにも警戒してしまうな」と思うくらい内海でも魔物が増えてきた。全然問題ないレベルの魔物であっても少々数が多すぎる。挙句、もうすぐ着くという手前くらいでとうとう小舟をひっくり返された。フォルは合図を送ってコルジアに魔物の対応を任せつつ、真っ先にリフィの元へ向かった。すぐに見つけたが、リフィはどうしたのだろうというくらいジッとしたまま一旦沈んでいる。慌てて抱き寄せるとフォルは水面に出た。そして陸地へ向かった。
「何であんなにジッとしてたの?」
「兄に教わったんです。川じゃなければ溺れた時は息を止めてじっと動くなって。じゃあ自然と体が浮かぶからって。川はその前に流されちゃうから何か浮いているものがあればそれをつかめと言われてます」
ああ、泳げないんだなと理解した。確かにもし本来それなりの身分だったなら、しかも女の身なら大抵の人は泳げないかもしれない。その辺を失念していた自分をフォルは内心責めた。
「うん……そうだな。ただ今回は魔物がたくさんいるから……」
「それに関してはディルが守ってくれる予定ではあったので……でもフォルが助けてくれましたね、ありがとうございます!」
どうやらリフィとディルの間で一応対策済みではあったようだ。とはいえ泳げないなら小舟なんて乗るのも怖いものだと思うのだが、リフィはずっと楽しそうだった。本当に楽しんでいたのかもしれないし、もしかしたら明るく振舞っていたのかもしれない。どちらにしてもリフィらしい。
「……君らしいというか」
「もしかして僕、呆れられてます?」
リフィはそんなことを言いながら服を脱ごうとした。
「っ待て! 何故服を脱ごうとしている」
「海水でずぶ濡れだからですが……」
「そ、そうだが、しかしそれは俺が乾かしてあげるから脱ぐのはやめなさい」
「……そういえば初めて会った時もそんなことありましたね」
あはは、とリフィが笑っていると「そういうことがあったんですね」とコルジアの声がした。振り返るとニコニコとした顔でこちらに近づいてきている。見れば小舟もちゃんと回収してくれているようだった。その辺はやはり優秀だとフォルも思う。
「酷いですよ、全部私に任せるんですから。でもまあ、リフィくんを守るためなら仕方がありませんね、渋々ですがチャラにして差し上げましょう」
「一言多い……けどまあ助かった。ありがとう、コルジア」
ため息をつきながら言えばコルジアも服を脱ぎながら「いえいえ、で続きを聞かせてください」などと言ってくる。
「煩い」
「……あの、コルジアはいいんですか?」
「? 何が?」
何の話だとフォルはリフィを見た。
「服、脱ぐの」
「……あ、いや」
正直コルジアはどうでもいい。とはいえそれを口にするとまた「少年が好きなのか」などと勘違いされかねない。
そうではなく君が元々女だからどうにも気を遣うのだと、しかし口にするわけにもいかない。
「コルジアは見慣れているしあいつは別に……」
「見慣れているんですか」
「いや、待て、違うからな? まさかコルジアまでもが俺の性的嗜好だなんて間違っても思わないでくれ……それはとてつもなく嫌だ。本当に嫌だ。心の底から否定するからな?」
「いえ、僕は別にそこまで……」
「私とフォルがですか? 一方的に私が振られている感じですが、もちろん私にも拒否権はあるんでしょうね?」
「コルジアは黙っててくれ……!」
その後魔法を使って皆の服を乾かし、自分の分だけは自分でそのままは無理なので結局一旦脱いでから乾かすと、フォルたちはようやく島を歩き始めた。乾いても少し服などがベタつくが仕方ない。
ここは実際に小さな島のようで、背の高い木やちょっとした小山以外には特になにもなさそうに見える。だが少しすると岩の間に出入りできそうな隙間を見つけた。警戒しつつなんとか入ると、中は奥行きがかなりありそうだし広かった。外にもいくつか転がっているのは見かけたが、ここでも所々におそらく海賊であったのだろう骸骨が転がっている。
死体は環境などによってかなり左右されるが、放置していた場合だと寒い冬でなければ十日から二週間もあれば白骨化するだろう。埋められていた場合は何年もかかるが、洞窟の中とはいえむき出しであるため、少なくとも一か月もかかってはいないとは思われた。幸い悪臭もすでにない。
リフィをそっと窺ってみたが、変に怯えた様子はなかった。そういうところも元は女だというのに純粋にすごいなとフォルは思う。
「死体は怖くないのか?」
「骨ですしまだ。過程だったら少し怖かったかもしれません。ただ、冒険者として仕事をしていると何度か死体に遭遇することもあったので、鍛えられたのかもですね」
リフィは静かな声で返してきた。
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