銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

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第三章 旅立ち

77話

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「明日はここで第三王子の婚約パーティがあるからね、台所で仕事をしている姫を連れて湯あみをさせ、元のように綺麗に着飾らせてそのパーティを楽しんでもらおうと思って。それでまた元の高慢な姫に戻るならもう仕方がない。どのみちおれは恨まれるだろうし潔く諦める。でももし、前のようにはならなかったら打ち明けて恨まれてもおれは諦めずに何度もプロポーズしたいと思っているんだ。結婚は当然一旦破棄になるわけだしね。これがおれなりの婚活」
「もう好きにしろ」
「すでにしているよ。とりあえず今日は家で休ませているんだ。明日のパーティには彼女の父親である隣国の王も招待しているし、彼女のための衣装のこともあるしで色々手配をしていておれは忙しいから」
「忙しい中、僕たちにお付き合いくださってありがとうございます」
「全然。いい気分転換になったよ」

 恐縮しながら礼を告げるリフィにマティアスがにっこりと本当に優しげに笑みを向けている。いくら気に入っている様子であっても少年だとしか思っていないであろうマティアスに対して、だがどうしても落ち着かずにフォルは何だかその様子にモヤモヤとした。そしてそんな自分を怪訝に思う。
 リフィが今、少年だから、ではない。元の姿が少女だと最初から知っているだけに今まで一度もフォルはリフィに対して男女どうこうといった目で見ていたつもりはない。男の姿だからこうあるべきだとも、元が女なのだからこうあるべきだとも思っていない。リフィはリフィだ。ただ本来は少女であるだけにどうしてもフォルが色んなことに心配になるだけだ。
 そう、一度たりともリフィを女性として見てはいない。はずだというのに何故モヤモヤとするのか。
 ここへ上陸する前にかなり久しぶり、というか二度目ではあるが、リフィが元の姿に戻っているところを目の当たりにしたことを思い出す。その時も女性として見たから焦ったつもりはない。確かにまた触れたくなるほど美しい髪に見惚れはしたが、焦った理由は違う。
 最初に見た時と違って目を覚ましているリフィを見たのは初めてだった。すぐ慌てたようにリフィは引っ込んだため見たのは一瞬ではあったが、瞳の色も見た。綺麗な満月のおかげで夜とはいえ色はしっかり把握できたはずだ。
 あの美しい満月のような金色だった。いや、黄色の混じった琥珀色というのだろうか。

 ──そう、文書にあった、愛し子のような。

 白に近いシルバーの髪にイエローとゴールドが混ざったようなアンバーカラーの瞳を持つ愛し子。リフィはまるで古い文献に載っていた愛し子そのもののように見えた。それで焦ったのだと多分思う。
 本当の姿について、聞けばもしかしたらリフィは答えてくれるのかもしれないなどと少し迷ったが、翌日何も知らない振りをしたままのフォルにホッとしているリフィを見て、見なかったことにしたのは間違っていなかったのだろうと思った。
 ちなみにその際、ディルからまるで取って食うぞといった不穏な気を感じたが、多分気のせいではないと思う。何故ならその後にかつて洞穴の中で聞いた時にように声が聞こえてきたからだ。

『この子を悲しませるようなことをすればただでは置かないからな。無理やり口を割らすような言動をとれば貴様を殺す』

 初めてリフィと出会った時にも洞穴に避難した際に『見極めさせてもらう』といった声を聞いた。フォルが問いかけてもそれ以上何も言わずにディルはリフィのそばで寄り添うようにくるまっていた。それを思い出す。
 それにしても殺すとは穏やかでないなと内心思っていると、『それくらい、私はこの子を守りたいし貴様のことはまだ警戒している』とまた声が聞こえた。もしかして心を読まれたのかと改めて「俺の心の声を読んだのか?」と心の中で問いかけるも、やはり今回もそれ以上は何も返ってこなかった。なので仕方なく「俺は無理やりなんてリフィに対して一切したくない」とだけまた心の中で答えておいた。
 そう、リフィのことはどうしたって心配だし酷い目には自他ともに合わせたくないと思っている。だがこのモヤモヤは何だ、とまた改めて怪訝に思った。いくらマティアスがフォルでさえ見惚れるような整った顔立ちをしていようが、関係ない。リフィのことを大切な友人と思っているのならむしろ感じることのない感情ではないだろうか。とはいえいくらリフィが元は女だとしてもまだ子どもなのだ。絶対に自分はそういう目で見てはいないはずだとフォルはそっと首を振った。

「失礼いたします!」

 その時、部屋に召使の一人が入ってきた。

「どうかしたのか」
「マティアス様。その、仮の奥方様が──」

 その召使が言いかけた時、また部屋に誰かが入ってきた。とてもみすぼらしい恰好をした、だがぼろぼろの衣装が違和感を覚えるほど美しい顔立ちをした女性だった。しかし美しいその顔は煤か何かで薄汚れている。

「これは……どういうことなのです」
「あなたは……、おい、何故彼女がここへ」
「申し訳ございません。奥方様の正体を知らない台所の料理人たちがマティアス様の行っていることを耳に挟んだらしく、噂をしたようで……それが奥方様の耳にも」

 詳しくはわからなかったが、どうやら台所で仕事をしている者たちは基本的に姫を姫と知らずに普通に雇っていたようだ。そしてたまたまマティアスが現在隣国の王女を更生させる手助けをしているらしいという話を耳にして噂話をしていたのを家で休んでいたはずの姫が何故か仕事場に来ていて運悪く聞いてしまったということらしい。

「……これは、まずいのでは」
「まずいでしょうね。どういたしましょうかフォル。我々は席を外したほうがよいのでしょうか」

 思わず呟いたフォルに、コルジアも同意してきた。リフィだけは少しおろおろとしつつもだがとてつもなく二人から目が離せないといった様子だった。
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