77 / 151
第三章 旅立ち
76話
しおりを挟む
「で、どの段階で本当のことを話すつもりなんだ」
フォルが聞けばマティアスはニッコリと笑って「明日あたりにでも」と返してきた。
「え、そうなんですか」
リフィがとても驚いている。話をする者にとってリフィはとても嬉しい聞き役と言えるだろう。先ほどからマティアスの話にやたら夢中になっている。
「ちょっと前まではね、お金を稼ぐってことを知ってもらってたんだ。隣国の王はよほど甘やかしてしまっていたらしいな。最初は金というものは勝手に存在するものだとさえ思っていたみたいだったし」
マティアスは姫に、自分は外で働いてくるからお前は糸でも紡いでおくようにと最初は言ったらしい。だが深層のお姫様にとって糸はあまりにも硬く、柔らかい指はすぐに切れてしまったようだ。マティアスはすぐに魔法を込めた軟膏を塗ってやりはしたが、そんな調子で何かを作らせようとしても全然上手くいかなかった。とはいえいずれは元の身分に戻す姫をそういった物を作る熟練者にしたいわけではないので代わりにマティアスが作ったかごを市場の片隅まで持っていかせて売るよう言い聞かせた。
これは中々悪くなかったようだ。というのも姫の容姿はとても美しいため、客が途絶えなかったからだ。ただ、中にはろくでもない男もいる。姫は何度も怖い思いをした。だがその度にどういうわけか混みあった人混みに絡んできた男は飲み込まれていったり、急に気絶したりで助かり、心底ホッとしているようだった。それでも姫は商品を置いて逃げることだけはせず、数日間がんばってくれていた。だがとうとうそういったろくでもない客に「言われた通り付き合わなければこうだ」と商品を壊されてしまった。
「そいつはいつものようにこっそりどうにかする前にやらかしてくれたみたいでね。まあ後でおれの部下たちが二度とそんなことができないよう散々言い聞かせてくれたようだが」
「言い聞かせ?」
絶対言葉でじゃないだろとフォルが意味ありげに見れば「言い聞かせ」とマティアスは楽しげに繰り返す。
姫は青い顔色でマティアスに「商品が壊れてしまった」と打ち明けてきた。マティアスはため息をつくだけでそれについてあえて何も言わず、「こうなることはわかっていた。王宮で何とか仕事はないか聞いてきたら台所の掃除ならと使ってもらえることになった。お前は明日からそこへ行くように。そうしたら少なくとも飢えることはないだろう。残り物を貰えるだろうしな」と告げた。
そして姫は数日前からこの王宮の台所で一番下っ端の仕事をしているのだという。そして残り物をもらい、小屋へ持ち帰るとそれを物乞いに化けているマティアスと二人で食べて何とか暮らしている。
「何故そんなひどいことがあなたはできるんだ」
「じゃあ君は姫はあのままでよかったと?」
「そ、うは言わないが、もっと他にやり方があったのではないのか?」
「そうかな。おれにはわからない。確かに騙していることは申し訳ないとは思う。だけどちゃんとおれは姫のそばについてずっと守っているし同じように仕事をし、粗末な食事をとっている。姫だけに味わわせてはいないよ」
「あなた、先ほど美味しい料理を食べてなかったか?」
「それは特別。君たちを招いたから」
いい性格をしている、とフォルは苦笑交じりにため息をついた。コルジアといいマティアスといい、知り合いにこちらを困惑させてくるような性格をしたやつが多いのは気のせいだろうか。いや、だがアルディスやその側近のウェイドはとても真っ当だ。フォルとアルディスのよき理解者である従兄のエスターもたまにずれたところはあるが悪くない。
こいつらがたまたまだな。
うんうん、とフォルが自分を納得させているとリフィが「あの」とマティアスにおずおずといった様子で話しかけている。
「うん?」
「は、発言を失礼させていただきます。僕はその、王子殿下はちゃんとお姫様の体調や様子をお気遣いなさっておられると思っています」
「ありがとう。でもリフィ。最初の時はちゃんと名前で呼んでくれていたじゃないか」
「そ、それは殿下のご身分を知らなかったからで……」
「構わないよ。おれのことは名前で呼んでくれ」
「そ、それは僕にはできかねます」
王族への敬意をむしろきちんと払う辺り、やはりリフィは平民というより元は貴族だったのではとフォルは内心思っていた。
「リフィ、構わないよ。俺もこの人のことは普段もマティアス王子と呼ぶことはあるけどだいたいマティアスと呼び捨てている」
「そ、う言われても……」
「おれがいいと言っているんだ、リフィ。ではこうしよう。公では変わらず殿下などと言ってくれればいいが、こうした私的な場では名前で呼ぶこと」
「あまり変わりませんが……」
「何なら命令しようか?」
「……かしこまりました。では、せめてマティアス様、で」
「まあそれなら」
「ありがとうございます……。あの、それで明日、どう打ち明けられるのですか?」
名前で呼ぶのはとても恐れ多いものの、話の行方は気になって仕方がないらしい。フォルは思わず小さく笑ってしまった。
フォルが聞けばマティアスはニッコリと笑って「明日あたりにでも」と返してきた。
「え、そうなんですか」
リフィがとても驚いている。話をする者にとってリフィはとても嬉しい聞き役と言えるだろう。先ほどからマティアスの話にやたら夢中になっている。
「ちょっと前まではね、お金を稼ぐってことを知ってもらってたんだ。隣国の王はよほど甘やかしてしまっていたらしいな。最初は金というものは勝手に存在するものだとさえ思っていたみたいだったし」
マティアスは姫に、自分は外で働いてくるからお前は糸でも紡いでおくようにと最初は言ったらしい。だが深層のお姫様にとって糸はあまりにも硬く、柔らかい指はすぐに切れてしまったようだ。マティアスはすぐに魔法を込めた軟膏を塗ってやりはしたが、そんな調子で何かを作らせようとしても全然上手くいかなかった。とはいえいずれは元の身分に戻す姫をそういった物を作る熟練者にしたいわけではないので代わりにマティアスが作ったかごを市場の片隅まで持っていかせて売るよう言い聞かせた。
これは中々悪くなかったようだ。というのも姫の容姿はとても美しいため、客が途絶えなかったからだ。ただ、中にはろくでもない男もいる。姫は何度も怖い思いをした。だがその度にどういうわけか混みあった人混みに絡んできた男は飲み込まれていったり、急に気絶したりで助かり、心底ホッとしているようだった。それでも姫は商品を置いて逃げることだけはせず、数日間がんばってくれていた。だがとうとうそういったろくでもない客に「言われた通り付き合わなければこうだ」と商品を壊されてしまった。
「そいつはいつものようにこっそりどうにかする前にやらかしてくれたみたいでね。まあ後でおれの部下たちが二度とそんなことができないよう散々言い聞かせてくれたようだが」
「言い聞かせ?」
絶対言葉でじゃないだろとフォルが意味ありげに見れば「言い聞かせ」とマティアスは楽しげに繰り返す。
姫は青い顔色でマティアスに「商品が壊れてしまった」と打ち明けてきた。マティアスはため息をつくだけでそれについてあえて何も言わず、「こうなることはわかっていた。王宮で何とか仕事はないか聞いてきたら台所の掃除ならと使ってもらえることになった。お前は明日からそこへ行くように。そうしたら少なくとも飢えることはないだろう。残り物を貰えるだろうしな」と告げた。
そして姫は数日前からこの王宮の台所で一番下っ端の仕事をしているのだという。そして残り物をもらい、小屋へ持ち帰るとそれを物乞いに化けているマティアスと二人で食べて何とか暮らしている。
「何故そんなひどいことがあなたはできるんだ」
「じゃあ君は姫はあのままでよかったと?」
「そ、うは言わないが、もっと他にやり方があったのではないのか?」
「そうかな。おれにはわからない。確かに騙していることは申し訳ないとは思う。だけどちゃんとおれは姫のそばについてずっと守っているし同じように仕事をし、粗末な食事をとっている。姫だけに味わわせてはいないよ」
「あなた、先ほど美味しい料理を食べてなかったか?」
「それは特別。君たちを招いたから」
いい性格をしている、とフォルは苦笑交じりにため息をついた。コルジアといいマティアスといい、知り合いにこちらを困惑させてくるような性格をしたやつが多いのは気のせいだろうか。いや、だがアルディスやその側近のウェイドはとても真っ当だ。フォルとアルディスのよき理解者である従兄のエスターもたまにずれたところはあるが悪くない。
こいつらがたまたまだな。
うんうん、とフォルが自分を納得させているとリフィが「あの」とマティアスにおずおずといった様子で話しかけている。
「うん?」
「は、発言を失礼させていただきます。僕はその、王子殿下はちゃんとお姫様の体調や様子をお気遣いなさっておられると思っています」
「ありがとう。でもリフィ。最初の時はちゃんと名前で呼んでくれていたじゃないか」
「そ、それは殿下のご身分を知らなかったからで……」
「構わないよ。おれのことは名前で呼んでくれ」
「そ、それは僕にはできかねます」
王族への敬意をむしろきちんと払う辺り、やはりリフィは平民というより元は貴族だったのではとフォルは内心思っていた。
「リフィ、構わないよ。俺もこの人のことは普段もマティアス王子と呼ぶことはあるけどだいたいマティアスと呼び捨てている」
「そ、う言われても……」
「おれがいいと言っているんだ、リフィ。ではこうしよう。公では変わらず殿下などと言ってくれればいいが、こうした私的な場では名前で呼ぶこと」
「あまり変わりませんが……」
「何なら命令しようか?」
「……かしこまりました。では、せめてマティアス様、で」
「まあそれなら」
「ありがとうございます……。あの、それで明日、どう打ち明けられるのですか?」
名前で呼ぶのはとても恐れ多いものの、話の行方は気になって仕方がないらしい。フォルは思わず小さく笑ってしまった。
0
お気に入りに追加
385
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる