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第三章 旅立ち

76話

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「で、どの段階で本当のことを話すつもりなんだ」
 フォルが聞けばマティアスはニッコリと笑って「明日あたりにでも」と返してきた。
「え、そうなんですか」
 リフィがとても驚いている。話をする者にとってリフィはとても嬉しい聞き役と言えるだろう。先ほどからマティアスの話にやたら夢中になっている。
「ちょっと前まではね、お金を稼ぐってことを知ってもらってたんだ。隣国の王はよほど甘やかしてしまっていたらしいな。最初は金というものは勝手に存在するものだとさえ思っていたみたいだったし」
 マティアスは姫に、自分は外で働いてくるからお前は糸でも紡いでおくようにと最初は言ったらしい。だが深層のお姫様にとって糸はあまりにも硬く、柔らかい指はすぐに切れてしまったようだ。マティアスはすぐに魔法を込めた軟膏を塗ってやりはしたが、そんな調子で何かを作らせようとしても全然上手くいかなかった。とはいえいずれは元の身分に戻す姫をそういった物を作る熟練者にしたいわけではないので代わりにマティアスが作ったかごを市場の片隅まで持っていかせて売るよう言い聞かせた。
 これは中々悪くなかったようだ。というのも姫の容姿はとても美しいため、客が途絶えなかったからだ。ただ、中にはろくでもない男もいる。姫は何度も怖い思いをした。だがその度にどういうわけか混みあった人混みに絡んできた男は飲み込まれていったり、急に気絶したりで助かり、心底ホッとしているようだった。それでも姫は商品を置いて逃げることだけはせず、数日間がんばってくれていた。だがとうとうそういったろくでもない客に「言われた通り付き合わなければこうだ」と商品を壊されてしまった。
「そいつはいつものようにこっそりどうにかする前にやらかしてくれたみたいでね。まあ後でおれの部下たちが二度とそんなことができないよう散々言い聞かせてくれたようだが」
「言い聞かせ?」
 絶対言葉でじゃないだろとフォルが意味ありげに見れば「言い聞かせ」とマティアスは楽しげに繰り返す。
 姫は青い顔色でマティアスに「商品が壊れてしまった」と打ち明けてきた。マティアスはため息をつくだけでそれについてあえて何も言わず、「こうなることはわかっていた。王宮で何とか仕事はないか聞いてきたら台所の掃除ならと使ってもらえることになった。お前は明日からそこへ行くように。そうしたら少なくとも飢えることはないだろう。残り物を貰えるだろうしな」と告げた。
 そして姫は数日前からこの王宮の台所で一番下っ端の仕事をしているのだという。そして残り物をもらい、小屋へ持ち帰るとそれを物乞いに化けているマティアスと二人で食べて何とか暮らしている。
「何故そんなひどいことがあなたはできるんだ」
「じゃあ君は姫はあのままでよかったと?」
「そ、うは言わないが、もっと他にやり方があったのではないのか?」
「そうかな。おれにはわからない。確かに騙していることは申し訳ないとは思う。だけどちゃんとおれは姫のそばについてずっと守っているし同じように仕事をし、粗末な食事をとっている。姫だけに味わわせてはいないよ」
「あなた、先ほど美味しい料理を食べてなかったか?」
「それは特別。君たちを招いたから」
 いい性格をしている、とフォルは苦笑交じりにため息をついた。コルジアといいマティアスといい、知り合いにこちらを困惑させてくるような性格をしたやつが多いのは気のせいだろうか。いや、だがアルディスやその側近のウェイドはとても真っ当だ。フォルとアルディスのよき理解者である従兄のエスターもたまにずれたところはあるが悪くない。
 こいつらがたまたまだな。
 うんうん、とフォルが自分を納得させているとリフィが「あの」とマティアスにおずおずといった様子で話しかけている。
「うん?」
「は、発言を失礼させていただきます。僕はその、王子殿下はちゃんとお姫様の体調や様子をお気遣いなさっておられると思っています」
「ありがとう。でもリフィ。最初の時はちゃんと名前で呼んでくれていたじゃないか」
「そ、それは殿下のご身分を知らなかったからで……」
「構わないよ。おれのことは名前で呼んでくれ」
「そ、それは僕にはできかねます」
 王族への敬意をむしろきちんと払う辺り、やはりリフィは平民というより元は貴族だったのではとフォルは内心思っていた。
「リフィ、構わないよ。俺もこの人のことは普段もマティアス王子と呼ぶことはあるけどだいたいマティアスと呼び捨てている」
「そ、う言われても……」
「おれがいいと言っているんだ、リフィ。ではこうしよう。公では変わらず殿下などと言ってくれればいいが、こうした私的な場では名前で呼ぶこと」
「あまり変わりませんが……」
「何なら命令しようか?」
「……かしこまりました。では、せめてマティアス様、で」
「まあそれなら」
「ありがとうございます……。あの、それで明日、どう打ち明けられるのですか?」
 名前で呼ぶのはとても恐れ多いものの、話の行方は気になって仕方がないらしい。フォルは思わず小さく笑ってしまった。
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