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第三章 旅立ち

69話

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 翌朝、久しぶりに通信機でアルディスと連絡を取っているとドアからノックが聞こえた。コルジアが出て応対している。声からしてリフィだ。フォルはドアの方に背中を向けているから見えていないが、アルディスからは見えているのだろう。話の途中で『今の……』と呟いている。

「今? ああ、最近親しくしている少年のことだろうか」
『少年……だったね確かに。……ああ、いや、何でもないよ兄さん。とにかく、いくら強いからって過信せず気をつけてね』
「ああ、わかった。じゃあまた」

 通信機を切り、振り返ると既にリフィはいないが、いなくていい蛇はいる。

「……そうか、そういえばそうだったな……」

 リフィが「朝、ディルを連れていく」と言っていたことを思い出した。フォルはため息をついてから会話は基本的に成り立たないであろうディルに話しかける。

「君が来るのをうっかり忘れていたよ。おはよう、ディルとやら。さて、今日は一日よろしく。とはいえ一緒に過ごすにしてもどうすればいいのだろうな」

 床を這って近づいてくるディルに言えば動くのをやめて鎌首をもたげてきた。もし何か答えているのだとしてもフォルにはわからないし、どう見ても威嚇されているようにしか見えない。

「威嚇されているわけではないのだよな?」

 苦笑しながらディルを見ているとまた床を這いディルに近づいてきた。そしてディルの体を伝い登ってくる。正直気持ちがいいものではないが大人しく様子を窺っていると、リフィの場合だと腕か肩におさまっているディルが、何故か頭の上に乗ってきた。親しい仲なら気軽に頭を撫でたりもするが、頭に触れる行為は本来中々に気を遣う行為でもある。

「何で頭なんだ。君、散々床を這った後に俺の頭に乗るのはもしかしてわざとではないだろうな」
「中々に無礼な蛇ですね。少し言い聞かせますか?」

 普段自分は散々フォルに対してふざけた言動を取ってくるくせにコルジアがじろりとディルを見ながら言ってくる。

「いい。というかディルは幻獣でありリフィの眷属だぞ。何よりリフィがとても大切にしている友人なのだからな。余計なことはするな」
「しかし……」

 コルジアを話しているとディルがずるりと肩にまで下りてきた。

「何だ? 気が済んだのか?」

 肩を見るとしかし鎌首をもたげている状態だった。フォルとしてはどうにも落ち着かない。蛇は小柄であるしリフィと一緒のところを見ている限りおそらく幻獣らしく理性のある蛇のようには見える。だが一見白いとはいえただの蛇にしか見えないため、特に鎌首をもたげられるといつ噛まれてもおかしくないようにも見える。

「ディルとやらよ、俺とも自由に話せたらな。とはいえ俺は本来幻獣からも嫌われているであろう身だ。こうして近づいてくれているだけでもかなりすごいことなのだろうな」

 朝の支度も済ませ、朝食をとりに行くとリフィと鉢合わせた。

「おはよう」
「おはようございま……す」

 ニコニコと挨拶を返している途中でリフィがぽかんとした顔をしてきた。

「どうかした?」
「ディルがまたフォルの肩に乗ってる」
「ん? ああこれか。食事だしな、リフィの時みたいに鞄の中に入れと言ったんだが俺やコルジアの言葉は理解できないのか聞こえていても無視なのか、肩から動いてくれなくてね。大丈夫、ちゃんと支配人に許可をもらった。クラーケンでも倒しておくものだね。快く受け入れてくれたよ。リフィもこれから船の中だけならどこにいようがディルを鞄に入れなくて大丈夫だよ」
「そ、れは嬉しいしありがとうございます! でも今びっくりしてたのはディルが僕以外の人の腕や肩に乗ることにです」
「え? でも猪の魔物を倒しに向かった森でもディルは俺の腕に絡んでこなかったか」
「そうなんですよね。その時も僕、けっこうびっくりしてたんですよ」
「そうなのか」

 ということは基本的にディルはリフィ以外に近づかないということだろうか。

 ……近づかないというか、……この場合なんて言えばいいんだ? こう、あれだ、スキンシップ? いや、ちょっと違う気がするが……だいたい蛇とスキンシップって何だよ……でもまあそういうことだよな、ディルはリフィ以外には触れないということだろう?

 ならば自分はもしかして他の誰かよりは好意を寄せてもらえているのだろうか。精霊や幻獣からは無条件で嫌われているはずなだけにフォルは嬉しさが込み上げてくる。だが思わず口元を綻ばせながら肩の上のディルを見ると思い切り「シャーッ」と威嚇音を出された。

「ディル!」

 リフィが困惑したような顔をしているが、困惑したいのはこちらだ。思い返す必要もないくらい、そういえば鎌首をもたげらたりと威嚇しかされていない気がする。

 結局どうなのだ。

わからないままフォルは肩にディルを乗せて一日を過ごした。とりあえずほぼ修復されている船ではあるが、所々でまだメンテナンスが必要な部分が見つかったりする。どうせ船に乗っている間は何もすることがないため、フォルは船長の依頼もあり、そういった箇所が見つかれば光魔法の応用で修復していた。コルジアには計算が必要だったりと頭を使う仕事を手伝うよう指示している。船の色んなところへ出向いたので船員たちともかなり親しくなった気がする。その彼らから「あの坊主には本当に助けられた」「あの子はいい子だな」などとリフィの話題を耳にすると、フォルは自分が認められるよりも誇らしい気持ちになった。

「ディル。俺がこうして船内を回っていることはリフィには内緒にしてくれよ。でないとあの子なら絶対『僕も手伝います』とか言いかねないからな。気持ちは嬉しいが、船底などは危険なところもある。下手に立ち入らないほうがいい」

 夕食時にディルをリフィに戻すことになっており、また夕方に食堂へ向かいながらフォルは会話の成り立たないディルに話しかけた。リフィの魔力はとても強い。フォルと同じように船に乗っている間何もすることがないリフィも、船室の一つを借りて短い時間であるが怪我をしたり体調がすぐれない者を時折治療している。時間制限を設けているのはそうでもしないといくらでも治療し続けるかららしい。ディルに言い聞かせられたとリフィが言っていた。フォルとしても安心だし、その上船内を色々駆け回られたりでもしたら心配しかない。
 フォルが「内緒だよ」とディルに言えば、ディルは何故かまた鎌首をもたげてきた。もしかしたら威嚇以外の反応でもあるのかもしれないと何となくフォルは思った。
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