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第三章 旅立ち
55話
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船に乗ってから数日、リフィは少々ぐったりしていた。
「大丈夫か? 船が初めてだと言っていたし多分慣れないことによる船酔いだろうな」
少しでも楽になるかと甲板に置いてある寝椅子に横になって空を見ているとフォルが覗き込んできた。驚いてリフィは慌てて体を起こす。
「ああ、すまない。横になっていなさい。楽な姿勢でいるといい。何か飲み物を持ってこよう」
「いえ、大丈夫です」
申し訳ないと思って言ったものの、フォルは手を上げてこの場から一旦立ち去って行った。
「びっくりした」
『淑女が横たわるところを覗き込むのは減点だな』
「何の減点? そもそも僕は今女じゃなくて男だよ」
『ふん』
どうにもディルはフォルに対して構えたような見方をしている気がしてリフィは首を傾げた。だがそうすることで余計に気持ち悪さを感じ、わざと欠伸をして誤魔化そうとした。欠伸をすれば何となく楽になった気が一瞬だけするのだが、気のせいなのかすぐにまた頭の奥が微かに痛むかのような違和感を覚えて横になる。
「これ、なんだろうね」
『先ほどあいつが言っておったフナヨイというやつではないのか』
「船で酔うってこと? でも別に揺れてないのに」
大海原に出るとさすがに多少の揺れを感じはしたが、昔読んだ物語で想像したような大きな揺れはやはりない。だというのに酔う理由もわからない。目は回していないというのに。
そこへフォルが戻ってきた。手に水の入ったゴブレットを持っている。
「飲むといい」
「ありがとうございます」
また体を起こして受け取るとひんやりと冷たい。不思議に思って中を覗くと水に何か透明がかったものが浮いている。それを見ていると「氷だ」と言ってきた。
「こおり? 凍らせたものですか」
「ああ。水を少しな」
「すごい。これも魔法で?」
「そんなにすごくないし、とりあえず飲みなさい」
「はい! ありがとうございます」
少しだけ恐る恐る口にすると生温いはずの水がとても冷たくて美味しい。ただの水ですら海の上では貴重だろうにとリフィはそれを味わって飲んだ。
「このこおりは口にしていいんですか?」
「ああ、問題ない」
リフィは気持ちが少々悪かったのも忘れてワクワクしながらそれを一つ口に含んだ。冷たい。とても冷たい。
「ふごい!」
『口に含んだままあまり喋らないほうがいいぞ』
横でディルが呆れたように言ってきた。
『だって! あ、ディルも食べてみて。お水が凍ってるんだよ』
『……では寄越せ』
リフィはニコニコとディルに氷を放り込んでやった。それを見ていたフォルが「蛇が氷を食べてる……」と微妙な顔をしている。
「な、にか変ですか」
「いや……まあ水は飲むし……そもそも幻獣だしな」
氷は食べないものなのか、とリフィはディルを少しドキドキと見た。もし体質に合わなかったらどうしようとつい心配になる。
『うむ、冷たくて美味いな』
『だ、だよね!』
とりあえずホッとしているとフォルが「具合はマシになったのか?」と聞いてきた。
「あ……、はい、多分!」
「多分?」
「こおりにわくわくしてちょっと忘れてました」
「そうか、聞くんじゃなかったな、すまない」
「いえ。そうだ、ついでに聞いていいですか?」
「なんだ」
「大きいし実際そんなに揺れてないじゃないですか。なのに僕は船に酔ってるんでしょうか」
「あー、まあ慣れてないのもあるんじゃないか。前後左右などの揺れに刺激を受けると脳にその情報がいくからな。普段と慣れない刺激が不規則に続くと脳も情報過多になるんだろう。それで変な信号を送ってしまい、体がそれに反応するんだと思う」
「へえ……。フォルは何でも知ってますね」
酔う理由など考えたこともなかったリフィは少しぽかんとしながらフォルを見上げた。
「さすがに何でもは知らない。でもたまたまな。ああ、そうだ。船の中心辺りが一番揺れは少ないと思う。エントランス辺りだな。君や隣の俺たちの部屋もまだ比較的真ん中に近いしな。部屋の位置、波の影響を受けやすい船首部でなくてよかった」
「じゃあお水飲み終えたらエントランスのほうへ行ってみます」
「ああ。だが今君がしてるみたいに風に当たるのも悪くないと思う」
「はい!」
「元々乗り物に酔いやすいというわけではないんだよな。馬車に乗っていた時も平気そうだったもんな」
「そうですね。馬車以外にむしろ乗ったことがないのでわからないですが」
「馬、そのものは?」
「ないです」
令嬢なら乗馬することもあるのかもしれないが、そういったものは教育の中には組み込まれていなかった。多分屋敷に引きこもっている限り特に必要がないからだろう。それもあって馬には乗ったことがない。コルドと生活するようになってからもリフィが乗れないのを知っているからか、単にタイミング的なものなのか、乗る機会はなかった。移動は歩きか、庶民の振りをしているなら贅沢かもしれないが馬車だった。どのみち今は令嬢ではない一庶民なので、馬に乗ったことがないと言っても珍しくもなんともないだろうしと、安心して断言した。
「そうか。今度じゃあ機会があれば馬に乗ってみるか?」
「わ、是非乗りたいです! でも僕、乗り方知らなくて」
「その時はいくらでも教えよう」
「本当ですか! やった、乗る機会、できるといいな……」
楽しみがまた増えた。リフィは嬉しくなって身を乗り出した。途端にバランスを崩し、落ちそうになる。
「危ない……!」
だがフォルが咄嗟に支えてくれた。片方の手で体を支え、飲みかけのゴブレットを持った手をもう片方の手でつかんでくれたので水が零れることもなかった。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「気をつけて」
フォルは少し困ったような顔をした後に笑いかけてくれた。
「大丈夫か? 船が初めてだと言っていたし多分慣れないことによる船酔いだろうな」
少しでも楽になるかと甲板に置いてある寝椅子に横になって空を見ているとフォルが覗き込んできた。驚いてリフィは慌てて体を起こす。
「ああ、すまない。横になっていなさい。楽な姿勢でいるといい。何か飲み物を持ってこよう」
「いえ、大丈夫です」
申し訳ないと思って言ったものの、フォルは手を上げてこの場から一旦立ち去って行った。
「びっくりした」
『淑女が横たわるところを覗き込むのは減点だな』
「何の減点? そもそも僕は今女じゃなくて男だよ」
『ふん』
どうにもディルはフォルに対して構えたような見方をしている気がしてリフィは首を傾げた。だがそうすることで余計に気持ち悪さを感じ、わざと欠伸をして誤魔化そうとした。欠伸をすれば何となく楽になった気が一瞬だけするのだが、気のせいなのかすぐにまた頭の奥が微かに痛むかのような違和感を覚えて横になる。
「これ、なんだろうね」
『先ほどあいつが言っておったフナヨイというやつではないのか』
「船で酔うってこと? でも別に揺れてないのに」
大海原に出るとさすがに多少の揺れを感じはしたが、昔読んだ物語で想像したような大きな揺れはやはりない。だというのに酔う理由もわからない。目は回していないというのに。
そこへフォルが戻ってきた。手に水の入ったゴブレットを持っている。
「飲むといい」
「ありがとうございます」
また体を起こして受け取るとひんやりと冷たい。不思議に思って中を覗くと水に何か透明がかったものが浮いている。それを見ていると「氷だ」と言ってきた。
「こおり? 凍らせたものですか」
「ああ。水を少しな」
「すごい。これも魔法で?」
「そんなにすごくないし、とりあえず飲みなさい」
「はい! ありがとうございます」
少しだけ恐る恐る口にすると生温いはずの水がとても冷たくて美味しい。ただの水ですら海の上では貴重だろうにとリフィはそれを味わって飲んだ。
「このこおりは口にしていいんですか?」
「ああ、問題ない」
リフィは気持ちが少々悪かったのも忘れてワクワクしながらそれを一つ口に含んだ。冷たい。とても冷たい。
「ふごい!」
『口に含んだままあまり喋らないほうがいいぞ』
横でディルが呆れたように言ってきた。
『だって! あ、ディルも食べてみて。お水が凍ってるんだよ』
『……では寄越せ』
リフィはニコニコとディルに氷を放り込んでやった。それを見ていたフォルが「蛇が氷を食べてる……」と微妙な顔をしている。
「な、にか変ですか」
「いや……まあ水は飲むし……そもそも幻獣だしな」
氷は食べないものなのか、とリフィはディルを少しドキドキと見た。もし体質に合わなかったらどうしようとつい心配になる。
『うむ、冷たくて美味いな』
『だ、だよね!』
とりあえずホッとしているとフォルが「具合はマシになったのか?」と聞いてきた。
「あ……、はい、多分!」
「多分?」
「こおりにわくわくしてちょっと忘れてました」
「そうか、聞くんじゃなかったな、すまない」
「いえ。そうだ、ついでに聞いていいですか?」
「なんだ」
「大きいし実際そんなに揺れてないじゃないですか。なのに僕は船に酔ってるんでしょうか」
「あー、まあ慣れてないのもあるんじゃないか。前後左右などの揺れに刺激を受けると脳にその情報がいくからな。普段と慣れない刺激が不規則に続くと脳も情報過多になるんだろう。それで変な信号を送ってしまい、体がそれに反応するんだと思う」
「へえ……。フォルは何でも知ってますね」
酔う理由など考えたこともなかったリフィは少しぽかんとしながらフォルを見上げた。
「さすがに何でもは知らない。でもたまたまな。ああ、そうだ。船の中心辺りが一番揺れは少ないと思う。エントランス辺りだな。君や隣の俺たちの部屋もまだ比較的真ん中に近いしな。部屋の位置、波の影響を受けやすい船首部でなくてよかった」
「じゃあお水飲み終えたらエントランスのほうへ行ってみます」
「ああ。だが今君がしてるみたいに風に当たるのも悪くないと思う」
「はい!」
「元々乗り物に酔いやすいというわけではないんだよな。馬車に乗っていた時も平気そうだったもんな」
「そうですね。馬車以外にむしろ乗ったことがないのでわからないですが」
「馬、そのものは?」
「ないです」
令嬢なら乗馬することもあるのかもしれないが、そういったものは教育の中には組み込まれていなかった。多分屋敷に引きこもっている限り特に必要がないからだろう。それもあって馬には乗ったことがない。コルドと生活するようになってからもリフィが乗れないのを知っているからか、単にタイミング的なものなのか、乗る機会はなかった。移動は歩きか、庶民の振りをしているなら贅沢かもしれないが馬車だった。どのみち今は令嬢ではない一庶民なので、馬に乗ったことがないと言っても珍しくもなんともないだろうしと、安心して断言した。
「そうか。今度じゃあ機会があれば馬に乗ってみるか?」
「わ、是非乗りたいです! でも僕、乗り方知らなくて」
「その時はいくらでも教えよう」
「本当ですか! やった、乗る機会、できるといいな……」
楽しみがまた増えた。リフィは嬉しくなって身を乗り出した。途端にバランスを崩し、落ちそうになる。
「危ない……!」
だがフォルが咄嗟に支えてくれた。片方の手で体を支え、飲みかけのゴブレットを持った手をもう片方の手でつかんでくれたので水が零れることもなかった。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「気をつけて」
フォルは少し困ったような顔をした後に笑いかけてくれた。
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