銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

Guidepost

文字の大きさ
上 下
56 / 151
第三章 旅立ち

55話

しおりを挟む
 船に乗ってから数日、リフィは少々ぐったりしていた。

「大丈夫か? 船が初めてだと言っていたし多分慣れないことによる船酔いだろうな」

 少しでも楽になるかと甲板に置いてある寝椅子に横になって空を見ているとフォルが覗き込んできた。驚いてリフィは慌てて体を起こす。

「ああ、すまない。横になっていなさい。楽な姿勢でいるといい。何か飲み物を持ってこよう」
「いえ、大丈夫です」

 申し訳ないと思って言ったものの、フォルは手を上げてこの場から一旦立ち去って行った。

「びっくりした」
『淑女が横たわるところを覗き込むのは減点だな』
「何の減点? そもそも僕は今女じゃなくて男だよ」
『ふん』

 どうにもディルはフォルに対して構えたような見方をしている気がしてリフィは首を傾げた。だがそうすることで余計に気持ち悪さを感じ、わざと欠伸をして誤魔化そうとした。欠伸をすれば何となく楽になった気が一瞬だけするのだが、気のせいなのかすぐにまた頭の奥が微かに痛むかのような違和感を覚えて横になる。

「これ、なんだろうね」
『先ほどあいつが言っておったフナヨイというやつではないのか』
「船で酔うってこと? でも別に揺れてないのに」

 大海原に出るとさすがに多少の揺れを感じはしたが、昔読んだ物語で想像したような大きな揺れはやはりない。だというのに酔う理由もわからない。目は回していないというのに。
 そこへフォルが戻ってきた。手に水の入ったゴブレットを持っている。

「飲むといい」
「ありがとうございます」

 また体を起こして受け取るとひんやりと冷たい。不思議に思って中を覗くと水に何か透明がかったものが浮いている。それを見ていると「氷だ」と言ってきた。

「こおり? 凍らせたものですか」
「ああ。水を少しな」
「すごい。これも魔法で?」
「そんなにすごくないし、とりあえず飲みなさい」
「はい! ありがとうございます」

 少しだけ恐る恐る口にすると生温いはずの水がとても冷たくて美味しい。ただの水ですら海の上では貴重だろうにとリフィはそれを味わって飲んだ。

「このこおりは口にしていいんですか?」
「ああ、問題ない」

 リフィは気持ちが少々悪かったのも忘れてワクワクしながらそれを一つ口に含んだ。冷たい。とても冷たい。

「ふごい!」
『口に含んだままあまり喋らないほうがいいぞ』

 横でディルが呆れたように言ってきた。

『だって! あ、ディルも食べてみて。お水が凍ってるんだよ』
『……では寄越せ』

 リフィはニコニコとディルに氷を放り込んでやった。それを見ていたフォルが「蛇が氷を食べてる……」と微妙な顔をしている。

「な、にか変ですか」
「いや……まあ水は飲むし……そもそも幻獣だしな」

 氷は食べないものなのか、とリフィはディルを少しドキドキと見た。もし体質に合わなかったらどうしようとつい心配になる。

『うむ、冷たくて美味いな』
『だ、だよね!』

 とりあえずホッとしているとフォルが「具合はマシになったのか?」と聞いてきた。

「あ……、はい、多分!」
「多分?」
「こおりにわくわくしてちょっと忘れてました」
「そうか、聞くんじゃなかったな、すまない」
「いえ。そうだ、ついでに聞いていいですか?」
「なんだ」
「大きいし実際そんなに揺れてないじゃないですか。なのに僕は船に酔ってるんでしょうか」
「あー、まあ慣れてないのもあるんじゃないか。前後左右などの揺れに刺激を受けると脳にその情報がいくからな。普段と慣れない刺激が不規則に続くと脳も情報過多になるんだろう。それで変な信号を送ってしまい、体がそれに反応するんだと思う」
「へえ……。フォルは何でも知ってますね」

 酔う理由など考えたこともなかったリフィは少しぽかんとしながらフォルを見上げた。

「さすがに何でもは知らない。でもたまたまな。ああ、そうだ。船の中心辺りが一番揺れは少ないと思う。エントランス辺りだな。君や隣の俺たちの部屋もまだ比較的真ん中に近いしな。部屋の位置、波の影響を受けやすい船首部でなくてよかった」
「じゃあお水飲み終えたらエントランスのほうへ行ってみます」
「ああ。だが今君がしてるみたいに風に当たるのも悪くないと思う」
「はい!」
「元々乗り物に酔いやすいというわけではないんだよな。馬車に乗っていた時も平気そうだったもんな」
「そうですね。馬車以外にむしろ乗ったことがないのでわからないですが」
「馬、そのものは?」
「ないです」

 令嬢なら乗馬することもあるのかもしれないが、そういったものは教育の中には組み込まれていなかった。多分屋敷に引きこもっている限り特に必要がないからだろう。それもあって馬には乗ったことがない。コルドと生活するようになってからもリフィが乗れないのを知っているからか、単にタイミング的なものなのか、乗る機会はなかった。移動は歩きか、庶民の振りをしているなら贅沢かもしれないが馬車だった。どのみち今は令嬢ではない一庶民なので、馬に乗ったことがないと言っても珍しくもなんともないだろうしと、安心して断言した。

「そうか。今度じゃあ機会があれば馬に乗ってみるか?」
「わ、是非乗りたいです! でも僕、乗り方知らなくて」
「その時はいくらでも教えよう」
「本当ですか! やった、乗る機会、できるといいな……」

 楽しみがまた増えた。リフィは嬉しくなって身を乗り出した。途端にバランスを崩し、落ちそうになる。

「危ない……!」

 だがフォルが咄嗟に支えてくれた。片方の手で体を支え、飲みかけのゴブレットを持った手をもう片方の手でつかんでくれたので水が零れることもなかった。

「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「気をつけて」

 フォルは少し困ったような顔をした後に笑いかけてくれた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...