銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

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第三章 旅立ち

54話

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 出発前夜はここで仲良くなった皆と大いに飲み食いした。リフィとの別れを寂しがってくれる皆に、リフィもとても寂しいと思った。気軽に一人と一匹で冒険しているつもりが、いつの間にかこんなに仲良くなれていたんだと思うと少し泣きそうになった。ずっと長らく屋敷に引きこもりだった自分でも、こうして人と仲良くなれるのだと思うと嬉しくて寂しくて楽しくて切なかった。
 翌日、リフィの初めての船旅を祝ってくれるかのように空は真っ青な勢いで晴れていた。ギルドで知り合った皆とリフィは一人一人と抱擁を交わしてから見送られ、フォルたちと船に乗り込む。
 ドキドキしながら乗船したリフィはだが首を傾げ、しばらくうろうろしてからまた首を傾げた。

「どうかしたのか」

 一緒に乗ってきたフォルが怪訝そうな顔を向けてくる。

「あ、えっと。足を踏み入れた途端、ゆらゆら揺れると思ってたんですけど、ほとんど揺れを感じなくて」
「……ぶふ」

 変な音が聞こえてきたかと思うとフォルは咳払いをしている。

「今、僕笑われました?」
「いや。笑ってない。……うろうろしたのは……まさか揺らしてたのか?」
「はい」
「ぶふ」
「今絶対笑いましたよね?」
「笑ってない」
「……。僕変なことしてませんよね? 僕が動いたら水の上に乗ってる船だって動くんじゃないですか? あ、ひょっとしてまだ海の上じゃないんだろうか」

 以前読んだとある本では水の上でボートがゆらゆらと揺れている描写があった。しかもボートの上で戦う主人公や敵が動く度にそのボートは揺れ、剣で戦うことをさらに難しくしていてリフィは読みながら手に汗を握ったものだ。

「リフィくん、離れて。さもないとフォルは今、君を抱きしめようとしていましたよ」
「え?」

 じろりとフォルを見ながらやってきたコルジアを、リフィはぽかんと見上げる。逆にフォルは口元を引きつらせながら呆れたようにコルジアを見返していた。

「勝手にわけのわからないことを口にするな。いつ俺がそんなことをしようとしていた」
「おかしいですね、私にはそう見えましたが」
「そんなことはしていない。笑っていただけだ」

 やっぱり笑っていたんじゃないか……!

 リフィは微妙な顔を今度はフォルに向けた。

「リフィ。そんな顔で俺を見るな。俺はそんなこと、しようとなんてしていないぞ」
「そうじゃなくて、やっぱり笑っていたんじゃないですか」
「あ」

 少々気まずそうにフォルは口元を手で押さえながら一旦視線を外してきた。だがすぐに手を口から放し、またリフィを見てきた。

「あのな、リフィ。この船はでかいだろう」
「? はい」
「これだけでかいとリフィがうろうろしたくらいじゃびくともしないよ。まあリフィが実は船並に重いっていうなら別だが」
「あ」

 なるほど、と目から鱗だった。要は大きくてどっしりとしてどんな人間が何かしようがびくともしないというのに、自分はうろうろとして揺らそうとしていたわけだ。笑われてもおかしくない。むしろ笑っていない振りをしてくれていたことに感謝してもいい勢いかもしれない。

「そ、れは失礼、しました。その、ふ、船は初めてで」

 よくよく考えなくとも初めてだろうが何だろうがこんな大きくて重いものを揺らせると思えた時点で痛々しいと気づいた。リフィは顔が熱くなるのを感じながら誤魔化すように甲板をそそくさと歩いた。
 しばらくしてから船が動き出す。リフィは手すりから身を少し乗り出して、まだ港にいてくれていた皆に手を振った。もう声は届かないが、向こうでも手を振ってくれているのがわかる。ゆっくりと船が港から離れていき、皆が見えなくなるまでリフィは手を振っていた。

『いっそあそこで暮らしてもよかったのではないのか』

 手すりに体を巻きつけてディルが聞いてくる。

「ううん。竜の島へずっと行きたいって思っていたんだ。やめる気はなかったよ」
『そういえばフォルたちも行きたいそうだな』
「うん。何でだろね。あそこって何か他にも観光できるとか、珍しいものがあるとか、何かあるのかな」
『……ふん。さあな』
「理由は特に言ってなかったんだよね。僕もディルの絡みもあるし同じように口にしてないからこっちだけ理由聞くのもなあと思って追及する気はなかったけど。でもすごく遠いとこにあるのにわざわざ行きたいなんて、何か深い理由でもあるのかな?」
『向こうもそなたに対してそう思っているのではないか』
「まあ、そうかもだね」

 小さく笑ってからリフィーは手すりから外を覗いた。海の青がゆっくりと深いものへ変わっていくのがわかる。港近くの砂浜から見ていた海はどちらかと言えばもっと緑に近い青だった。今は思い切り晴れた空よりもずっと深い青だ。じっと見ていると少しふるりと体が震えた。

『どうした』
「海って底、あるのかな」
『そりゃあるだろ』
「でも想像できないくらい深そう。砂浜から見ていた時はそんなこと思ったことなかったのに」
『あの辺りは足がつくくらい浅いからだろう』
「今はきっと僕が何人縦に並んでも追いつかないくらい深いんだろうね」
『その例えはどうなんだ……』
「おい、そこの僕。蛇と会話してるつもりなのかしんねえけどな、あまり身を乗り出すなよ。落ちたらヤベえからな」

海を見ながらディルとの会話を楽しんでいると、たまたま通りかかった船員がぽんとリフィの頭に手をやり、また通り過ぎて行った。

「……何だろう、めちゃくちゃ子ども扱いされたような気がする」
『実際子どもだろうが』
「そうだけど、来年もう成人しちゃう子ども、だよ!」

 少し頬を膨らせながら言えば『フォルの味方だけはしたくないが、これだけは同意だな。そなたはもう少し肉をつけたほうがいいということだ』と言われた。

「最初、コットン兄様みたいな姿になったでしょ。あれのままでいればよかった」
『中身が伴わなさ過ぎてすぐに元に戻りやすくなっていただろうな』
「そうなの?」
『じゃなかったとしてもそなたみたいな中身であのガタイはコルドじゃないが、私だって困惑する』

 ディルはまるでため息をついたかのように鎌首を揺らした。
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