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第一章 銀髪の侯爵令嬢
30話
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キャベル王国を出てからいくつか町を転々としてみて、二人はとりあえず大きいわりに安全そうな町にしばらく留まることにした。そこなら施設も色々整っている上に近くには小さいが森もある。
「もっと旅を続けてもいいのに」
「駄目だリィー。お前はまだ全然男だって自覚がない。もう少し少年らしくなる勉強をここでしろ」
「わ、僕が少年らしくないって?」
「いつまでたっても『僕』と中々ストレートに言えないだけじゃなくな。女の子の時はあまり淑女らしくないと思ってたのに、やっぱりいざ男の子になると違和感があるものだな」
買うのではなく借りた家の片付けをしながらコルドがため息を吐いてくる。
「違和感なんてどこにあるの? だって喋り方は別に男の子でも大丈夫な感じになってきてるでしょう? そりゃつい私って言ってしまいそうになるけど」
「男はな、そんなアヒル座りなんてしないんだよ」
ベッドの上で片づける道具の整理をしていたリフィルナは指摘され、下を向いた。両方の足をそれぞれ外に投げ出してMの字に曲げている座り方だ。ペタンと尻と足がベッドのマットレスについている。
「何で? あ、もしかしてこれ、女の子っぽい?」
「いや、まあそれもあるけどな、大抵の男にはそれ、できないから」
「何で?」
「股関節が痛い。多分だけど大抵の男は筋肉とあとホルモンの影響で股関節周りの筋肉が固いんだよ。だから痛くてそんな開き方できない。むしろお前は痛くないのか? 体は男だろ」
「痛くない。僕、体が柔らかいからかも。元々女の子の体の時も柔軟とかわりと得意だったし。だから剣を扱う時も動きがいいって褒められたことあるんだよ」
「そ、うか。それはまあ、いいことなんだろうけどな、基本的に男はそんな風に座れない」
「わかった。じゃあこうだね」
なるほどなとニコニコ胡坐をかくとコルドは少々微妙な顔をしてきた。
「どうしたの?」
「いや……今は確かに少年らしくなるべきなんだろうけどな、それが板についてしまうのも複雑だなと思っただけだ」
「何で?」
「女の子に戻った時に胡坐をかく令嬢なんて前代未聞過ぎるだろ」
「あはは、それは確かに困った令嬢だろうね!」
「お前のことを言ってるんだよ」
「……でも僕、もうリフィルナ・フィールズの身分は捨てるよ。あ、女の子に戻らないとは別に言ってないからね! ただ……家族のことは恨んでないし、今でも僕なりに愛してる。けど、リフィルナの存在が利益欲に歪められたり邪魔でしかないと思われたりするのなら、僕は別の人として生きるし、生きたい」
「侯爵令嬢なんて、なりたくてもなれない者が山のようにいるような身分だぞ」
コルドもわかっているのだろうが、それでも意見を言う側になってあえて言ってくれる。そういうところもリフィルナは兄として大好きだ。
「いらない。きっと僕は箱入り娘で世間知らずだからこそ、こんな風に気楽に言えるのかもだけど、でも覚悟がないわけじゃないよ。せっかくって言えば語弊があるけど、死にかけてある意味生まれ変わったんだし、僕は姓もない、ただのリフィとして精一杯生きてみたい」
じっとコルドの目を見つめて言えば、コルドはため息を吐いてきた。だがリフィルナに近づいて手を伸ばし、頭をいつもより少々乱暴に撫でられた。
「やだ、何?」
「やだ、はやめろ」
「はぁい」
「そろそろ食事にするか」
「うん!」
呆れつつも優しいコルドの眼差しが嬉しくて、リフィルナはそばにいるコルドにぎゅっと抱きついた。
昼食を終えてから二人は外へ出た。ディルもリフィルナの肩に乗っている。たまにぎょっとしたように見てくる人もいるが、色んな人が行き交う町だからだろうか、大抵の人は気にもしないようだ。
外へ出たのは散歩を兼ねて町の見学をするということでもあるが、コルド曰く「ここにあるギルドへ行こうと思って」とのことだった。
「ギルド?」
「……そうだったな。お前は一般教育はできても色んなことに疎かったな」
「わた、僕そんなに疎いの?」
「心配に輪をかけて心痛になりそうなほどにな。言っておくが、これならまぁ何とか大丈夫だろうか、と思えなければお前の独り立ちは許可しないからな」
石畳を歩きながらあえて突き放すように言ってくるコルドに「これから目を見張る勢いで吸収してくからね」とリフィルナもあえてムキになって言い返した。
ギルドだが、技術の独占などのため、親方、職人、徒弟から組織された同業者の自治団体である商人ギルドの他に、冒険者が所属する冒険者ギルドというものがある。今から二人で向かうのは冒険者ギルドらしい。そこで仕事を斡旋してもらったり情報を売買したりできるのだという。
「わあ、一気に冒険者っぽくなった!」
「……とてつもなく目を輝かせてるな」
「当たり前でしょ。さすがにコルド兄様からもらった本のように冒険の挙句にお姫様を救う勇者にはなれないけど、これで冒険しながらなんとか生活していく方法ができるわけなんだし」
「ああ……普通はきっと女の子はそういう本を読んだら助けてもらうお姫様の気持ちになるんだろうにな」
「そんなの絶対冒険する少年の気持ちになるよ。コルド兄様だって本当はきっとそっちのつもりで贈ってくれたんでしょ」
「まあ、な。でもこんなことになるならある日王子様のキスで目を覚ますお姫様の話にすればよかったって思うよ」
「ある日いきなりキスをされた挙句、結婚させられるくらいなら旅に出たいです。それにキスで目を覚ましても今のわ、僕は生活することすらできないよ。冒険する少年の話でよかった」
「リィーらしいよ……」
苦笑すると、コルドは「あれが冒険者ギルドだな」と少し先に見えている、剣が交差するようなデザインの鉄製吊り看板を指差した。
「もっと旅を続けてもいいのに」
「駄目だリィー。お前はまだ全然男だって自覚がない。もう少し少年らしくなる勉強をここでしろ」
「わ、僕が少年らしくないって?」
「いつまでたっても『僕』と中々ストレートに言えないだけじゃなくな。女の子の時はあまり淑女らしくないと思ってたのに、やっぱりいざ男の子になると違和感があるものだな」
買うのではなく借りた家の片付けをしながらコルドがため息を吐いてくる。
「違和感なんてどこにあるの? だって喋り方は別に男の子でも大丈夫な感じになってきてるでしょう? そりゃつい私って言ってしまいそうになるけど」
「男はな、そんなアヒル座りなんてしないんだよ」
ベッドの上で片づける道具の整理をしていたリフィルナは指摘され、下を向いた。両方の足をそれぞれ外に投げ出してMの字に曲げている座り方だ。ペタンと尻と足がベッドのマットレスについている。
「何で? あ、もしかしてこれ、女の子っぽい?」
「いや、まあそれもあるけどな、大抵の男にはそれ、できないから」
「何で?」
「股関節が痛い。多分だけど大抵の男は筋肉とあとホルモンの影響で股関節周りの筋肉が固いんだよ。だから痛くてそんな開き方できない。むしろお前は痛くないのか? 体は男だろ」
「痛くない。僕、体が柔らかいからかも。元々女の子の体の時も柔軟とかわりと得意だったし。だから剣を扱う時も動きがいいって褒められたことあるんだよ」
「そ、うか。それはまあ、いいことなんだろうけどな、基本的に男はそんな風に座れない」
「わかった。じゃあこうだね」
なるほどなとニコニコ胡坐をかくとコルドは少々微妙な顔をしてきた。
「どうしたの?」
「いや……今は確かに少年らしくなるべきなんだろうけどな、それが板についてしまうのも複雑だなと思っただけだ」
「何で?」
「女の子に戻った時に胡坐をかく令嬢なんて前代未聞過ぎるだろ」
「あはは、それは確かに困った令嬢だろうね!」
「お前のことを言ってるんだよ」
「……でも僕、もうリフィルナ・フィールズの身分は捨てるよ。あ、女の子に戻らないとは別に言ってないからね! ただ……家族のことは恨んでないし、今でも僕なりに愛してる。けど、リフィルナの存在が利益欲に歪められたり邪魔でしかないと思われたりするのなら、僕は別の人として生きるし、生きたい」
「侯爵令嬢なんて、なりたくてもなれない者が山のようにいるような身分だぞ」
コルドもわかっているのだろうが、それでも意見を言う側になってあえて言ってくれる。そういうところもリフィルナは兄として大好きだ。
「いらない。きっと僕は箱入り娘で世間知らずだからこそ、こんな風に気楽に言えるのかもだけど、でも覚悟がないわけじゃないよ。せっかくって言えば語弊があるけど、死にかけてある意味生まれ変わったんだし、僕は姓もない、ただのリフィとして精一杯生きてみたい」
じっとコルドの目を見つめて言えば、コルドはため息を吐いてきた。だがリフィルナに近づいて手を伸ばし、頭をいつもより少々乱暴に撫でられた。
「やだ、何?」
「やだ、はやめろ」
「はぁい」
「そろそろ食事にするか」
「うん!」
呆れつつも優しいコルドの眼差しが嬉しくて、リフィルナはそばにいるコルドにぎゅっと抱きついた。
昼食を終えてから二人は外へ出た。ディルもリフィルナの肩に乗っている。たまにぎょっとしたように見てくる人もいるが、色んな人が行き交う町だからだろうか、大抵の人は気にもしないようだ。
外へ出たのは散歩を兼ねて町の見学をするということでもあるが、コルド曰く「ここにあるギルドへ行こうと思って」とのことだった。
「ギルド?」
「……そうだったな。お前は一般教育はできても色んなことに疎かったな」
「わた、僕そんなに疎いの?」
「心配に輪をかけて心痛になりそうなほどにな。言っておくが、これならまぁ何とか大丈夫だろうか、と思えなければお前の独り立ちは許可しないからな」
石畳を歩きながらあえて突き放すように言ってくるコルドに「これから目を見張る勢いで吸収してくからね」とリフィルナもあえてムキになって言い返した。
ギルドだが、技術の独占などのため、親方、職人、徒弟から組織された同業者の自治団体である商人ギルドの他に、冒険者が所属する冒険者ギルドというものがある。今から二人で向かうのは冒険者ギルドらしい。そこで仕事を斡旋してもらったり情報を売買したりできるのだという。
「わあ、一気に冒険者っぽくなった!」
「……とてつもなく目を輝かせてるな」
「当たり前でしょ。さすがにコルド兄様からもらった本のように冒険の挙句にお姫様を救う勇者にはなれないけど、これで冒険しながらなんとか生活していく方法ができるわけなんだし」
「ああ……普通はきっと女の子はそういう本を読んだら助けてもらうお姫様の気持ちになるんだろうにな」
「そんなの絶対冒険する少年の気持ちになるよ。コルド兄様だって本当はきっとそっちのつもりで贈ってくれたんでしょ」
「まあ、な。でもこんなことになるならある日王子様のキスで目を覚ますお姫様の話にすればよかったって思うよ」
「ある日いきなりキスをされた挙句、結婚させられるくらいなら旅に出たいです。それにキスで目を覚ましても今のわ、僕は生活することすらできないよ。冒険する少年の話でよかった」
「リィーらしいよ……」
苦笑すると、コルドは「あれが冒険者ギルドだな」と少し先に見えている、剣が交差するようなデザインの鉄製吊り看板を指差した。
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