銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

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第一章 銀髪の侯爵令嬢

29話

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 男の姿になって楽しいことはかなり増えた。何より女の時より自由を感じる。苦しいコルセットもなければ足さばきを邪魔するドレスもない。木登りを試そうが草むらに寝転がろうが、奇異な目を向けてくる人もいない。時折「俺のリィーが……」と嘆き悲しむ声は聞こえてくるが、おおむね楽しい。
 ただ最初は困惑したり苦労したりもした。何よりまずトイレに困った。

「……コルド兄様」
「な、なんだい。そんな青い顔色をして。トイレに変な虫でも出たのか?」
「お花を摘みたかったんだけどね」
「え、あ、ああ」
「おしっこって言ったほうが少年っぽい?」
「別にどっちもあえて言わなくていい……」
「とにかく! どうやってしたらいいかわかんない! わた、僕、どうしたらいいのっ?」
「ああ……、クソ、俺のリィーがそんなことで悩む日がくるなんてあってはならないのに……」
「それはどうでもいいから助けて。僕、どうしたらいい? トイレがしたいのにこれじゃあ」

 その後、コルドに教えてもらいながらなんとかこなした。リフィルナよりもコルドのほうが消耗しきった顔をして「……男のほうが確かに安全かもしれないけど、見た目だけじゃ駄目なのか? 体はそのままじゃ駄目なのか?」と泣きそうな顔で聞いてきた。

「力が全然違うし。なってみてわかったけど、見た目細くても断然今のほうが力あるんだ。女の体だと本当に力がないんだなって知ることできたかも」
「力なんて……」
「じゃあコルド兄様は万が一僕が誰か悪い人に襲われて力が及ばずでもいいの? 体が女だとバレてそれこそひどい目に合ってもいいの?」
「少年、最高じゃないか。わからないことがあればいつでも俺に聞きなさい」

 リフィルナの言葉に、コルドは身をひるがえしたかのように笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。
 男になっても体が華奢なせいもあるが、どのみち自分の体だと思うと性別が変わってもさほど動揺はなかった。だがトイレの時のように、やはりどうしてもわからないこともある。そういう時はコルドに教えてもらえるので、しばらくは一緒に生活することにして正解だったなとリフィルナはそのたびに思った。

「外で気軽に水浴びできるのもいいよね、男だと」

 夏の暑い日でも、女の姿ではドレスを着こんで淑やかにしておかないといけない。せめて足だけでもとたらいに冷たい水を入れて足を浸していても母親には「はしたない」と言われたことがあった。だが今の姿だと上半身裸で水を浴びていても誰も気にしない。

「リィー、男は大変だぞ? 一家を支えるためにがむしゃらに働かないといけないし、家族を守るためにいつだって強くないといけないしな」
「コルド兄様はわた、僕を守るの、大変?」
「馬鹿なことを! 俺はお前を守るために生きてるようなものだ」
「ほんと? 嬉しいな、ありがとう。それに僕もだよ。僕だって守れるのなら女の姿だろうと男の姿だろうとコルド兄様を守りたいって思ってる。あとそんなに心配しないで。決して女が嫌だ、とまでは思ってないから」

 コルドの考えていることは筒抜けな勢いでわかったため、リフィルナが苦笑しながら言えばコルドは「クソ、弟でも可愛い」とリフィルナを抱きしめてきた。
 しばらくはコルドの従者、シアンに頼っていたが、食事もリフィルナは自分で作ることができるよう、努力した。ナイフで食材を切ることすら最初は中々に難しかった。剣を扱えても食材の一つすら上手く切ることができないのだなと自分の至らなさを実感する。

「いや、普通の貴族は自炊しないからな」
「でもコルド兄様はわ、僕よりよりできるでしょ」
「できるって言ってもパンを切るとか卵を焼くくらいだよ」
「僕はそれすらわからなかった」

 あまり大切にされてきた覚えはないながらに、中々の箱入り娘だったようだ。コルドの従者であり無口でもあるシアンにも何とか教わりながら、リフィルナは剣を覚えるより苦労して料理も少しずつ覚えていった。多少できるようになると、たまたま滞在していた町の、近所に住む奥様方にも教えてもらった。貴族の奥様方は遠くから見ていても少々苦手気味だったが、庶民の奥様方は口は悪いけれども皆気は優しくて親切だった。

「リフィはえらいねえ! お兄ちゃんのために自炊をちゃんとできるようになりたいだなんて」
「えらくはないです。わ、僕、十三になってもほんっと何もできなくて」

 しゅんとしながら言えば抱きつかれん勢いで「なんて健気なんだろうね」「私たちがなんでも教えてあげるからね」と皆、ますます親切にしてくれた。

「……いや、それあれだ、お前だから親切にされてるんだと思うぞ」
 その日の出来事をコルドにいつも語ってきかせるのだが、その話をすれば何故か微妙な顔で言われた。

「わ、僕だから? 何故? もしかしてあれかな」
「そう、あれだ」
「不出来な子ほど面倒を見てあげたくなる的な」
「違う! じゃなくて、お前の見た目が可愛いからだろうよ……はぁ……庶民の女性も中々に怖いし油断ならないな」

 ため息を吐かれながら言われ、リフィルナは困惑した。

「え、もしかして僕はやっぱり女の子に見えてるってこと……?」
「じゃなくて。そっちじゃなくて。可愛い少年だから町の奥様方はあれだ、あー、いい子だなぁ、とだな……」
「うん?」
「リィー。これだけは覚えていてくれ。奥様方の中にはな、その、色んな人もいる。奥様方にな、いいこと教えてあげるって言われてどこかに連れ込まれようとしたら逃げる。わかったな」
「どういうこと?」
「いいから。お兄様からのお願い」
「う、うん。わかったよ」
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