銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

Guidepost

文字の大きさ
上 下
25 / 151
第一章 銀髪の侯爵令嬢

24話

しおりを挟む
 また難しい顔をして何か考え事をしているコルドをリフィルナは見た。視線に気づいたコルドは微笑んでくる。

「それでリィー、お前は家に帰りたいか?」

 家に。
 あの屋敷に。

 リフィルナは決して活発なタイプではない。庭などで走り回ったりもしなかったし、そもそも引きこもりだ。自分を出すのも少々苦手だし表情だって決して豊かではない。黙っていたら何を考えているのかわからないとよく言われていた。マナーについて煩く言われるようになってからは令嬢らしく、女性らしく振舞えるよう心掛けた。柵をくぐって抜け出すことも、ずいぶんしていなかった。
 ただ、好奇心だけは昔から旺盛だった。外の世界にもとても憧れていた。
 本当は柵をくぐって林を散歩するだけでなく、木登りだってしてみたかった。動物園だって見てみたかった。周りを気にすることもなく、好きに町の中で食べ歩きもしてみたかった。森などで走り回ってみたいしドレスの汚れを気にすることもなく地面に寝転がって空を仰いでもみたい。大声だって出るのなら出してみたかった。
 ずっと両親に叱られるのが怖くて、これ以上家族に嫌われるのが怖くて堪えていただけだ。

「リィー、もしもね、もしお前が家に帰りたくないと言うのならば、俺は反対しない。俺と二人で暮らそう。ちゃんとお前と二人で当面暮らせるくらいの蓄えはある」
「え……」

 コルドの口から思いもよらなかったことが出てきた。
 大好きな兄と二人で、外の世界に行ける。
 リフィルナの表情を見たコルドは苦笑してきた。おそらくリフィルナが何か答える前からすでに答えがわかったのだろう。

「ただもう一度言うけど、イルナはお前に直接危害を加えたかったわけじゃないんだ。それは本当にわかってやって欲しい」
「うん」

 コクリと頷くリフィルナを、コルドは嬉しそうに笑みを浮かべて見てきた。

「それはわかった、けど……あのね、コルド兄様と一緒に外の世界へってのは嬉しいけど、私、コルド兄様に負担をかけてまでは嫌」
「負担な訳ないだろう! だいたい俺も息抜きでここへ来るくらいだったしね」

 確かにあの家にずっといると息が詰まるというのはリフィルナもわからないではない。リフィルナとしてはそれでも家族の一員であるコルドが羨ましいし、仲良く過ごせるのなら家族皆で過ごしたかったとは思う。だからこそ、リフィルナのために家を出ることに関しては諸手を上げて喜べない。またコルドはこの先も有望だと言われている。それを棒に振って欲しくない。

「とりあえずお前が家へ帰らないのを反対しない理由を言っておきたい」
「理由?」
「証拠があるわけじゃないけど、リィー、お前は多分愛し子なんだと思う」
「愛し子?」

 そういえばコルドから精霊の話を教えてもらった時に一度聞いたことがある。

「精霊や幻獣から愛される子のこと?」
「ああ。愛され、そして守られる存在だな」
「私が?」
「現に命だって助かっただろ。多分間違いないと思う」

 間違いないと言われてもリフィルナとしてはピンとこない。首を傾げた後に「愛し子だったら何かあるの?」ととりあえず聞いた。

「全ての精霊や幻獣から愛されること自体がすごいことだ。とてつもなく大きな加護を得ているわけだしな。それに強力な力を間接的に得ることにもなる。もし愛し子が望めば国の一つや二つ、簡単に得ることも消滅させることだってできるかもな」
「そ、んな怖い力……私欲しくない」
「あ、ごめん! そういうことも望めばできるかもしれないってだけで、別に愛し子が望まなければ何も起こり得ないよ。要はリフィルナが日々穏やかに過ごしたいと思っているなら、ただ毎日が穏やかに過ぎてくだけだ。もちろん何だって万能じゃないから事件に巻き込まれることだってある。現にその、リィーも、な。でも本当に危なかったリィーが助かったのも、精霊が力を使ってくれたからだ」
「それは、とてもありがたいし嬉しいなとは思うけど……」
「とにかく、そういう力を得られる愛し子は特別な存在だし、国はそんな力を持つ存在を自分の国に欲しいと思うわけだ。リィー。俺はね、だからといって国や両親がお前をただ利用するのを見たくない。かといってそれでもリィーが家にいたいなら仕方がないと思ってる。ただ、帰りたくないなら喜んでそうしようとも思ってるってことだよ」
「コルド兄様……」
「ああ、あともう一つ改めてきちんと言っておきたいことがある」
「きちんと?」
「そうだ。イルナが勘違いしてあんなことをしたり、王族に狙われていると嘘を吐いたのは、お前を襲ったというか、一緒にいたのがイルナの婚約者であるフォルス王子だと思い、嫉妬や怒りに駆られてだ」
「え?」
「フォルス王子とアルディス王子は双子だ。そして噂によるとそっくりらしい」

 ふと「俺と兄は全く同じものでできてるんだ。そっくりなんてもんじゃないよ」と言っていたアル、ではなくアルディスの言葉を思い出した。そして胸が痛くなり、心臓が氷に浸けられたように冷え、恐怖に震える。

「もう、王子の話は……」
「でもリィー、お前は王族に狙われてなんていない。むしろ特別な地位を与えられるくらい大切にされてるんだ。アルディス王子は引きこもりだった。だからリィーが特別な子だと知っていたかどうかはわからないけど、少なくとも彼はとてもいい人だったんだろ? 実際アルディス王子は心の優しい方だと俺も聞いたことがある。そんな方が何故お前を襲ったのかは俺にもわからないけど……でも何かわからないか今必死に調べてる。だから、そんなに怯えないで欲しい。いや、多分お前はトラウマになるほど怖かったんだろうけど、俺はお前にそんなトラウマを抱えて欲しくないんだ」

 必死になって言ってくれるコルドが嬉しいし、リフィルナとしてもできるのならトラウマを克服したい。実際に一緒に過ごした「アル」はいい人だったのだ。あの時までは。

「ありがとう、コルド兄様。でもまだ当分は私、無理かも……勝手に体が凍り付くの」
「そうだよな、ごめん。いいよ。無理もして欲しくないしな」

 コルドがまた微笑み、リフィルナを抱きしめてきた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。

なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。 王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

処理中です...