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第一章 銀髪の侯爵令嬢
21話
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ある日届いた手紙を見つめ、リフィルナはただ震えていた。
誰からの手紙かは中身を見なくともわかった。これまでもブルーが何度も窓へやって来ていたのを知っている。ブルーには本当に申し訳ないと思ったが、リフィルナは窓に近づくことすらできなかった。
否応なしに届けられた手紙も、何とか開封しようと何度も試みてみたが、怖くてできなかった。
友だちだと信じていた、そして本当に心から大好きな友だちだと思っていた相手に殺されかかったことは思っていた以上にリフィルナにトラウマを植え付けたらしい。しかもイルナが言うにはそれどころか王族から命を狙われているのかもしれないという。どうしたらいいのかすらわからない。
ディルが心配してくれているのか、度々リフィルナに頭を擦り寄せてくれる。その度に心が癒された。もしこのディルの存在のせいで命を狙われる羽目になったのだとしても、リフィルナにとってもはや大切な存在であるディルを憎んだり恨んだりすることは絶対にないだろう。リフィルナはそっとディルの頭を撫でた。
そんな様子を、イルナはそっと窺っていた。
数日は部屋からも出てこなかったリフィルナだったが、ようやく屋敷内は出歩くようになった。そしていつ見ても当然のように白い蛇がリフィルナの腕に巻き付いていたり肩に乗っていたりする。
イルナはまだ諦めていなかった。
リフィルナが何故か剣で襲われたあの事件に関しては、改めて国の使いの者から手紙にて公言を差し控えるよう「依頼」がきた。フォルスからは直接何か言ってきたわけではないが、手紙はおそらく口にすれば処罰が待っているという意味だとしか思えない。フォルスが何故ああいった行為に及んだのかわからない上にイルナとしても怖かったが、だからといって婚約は解消したくない。きっとあれも何か相当な理由があるのだろうと思うことにした。
だからこそ、やはり今の内にディルをどうにかするべきではないかとイルナは考えていた。あんなことがあったとしても、幻獣を眷属に持つリフィルナを将来の妃にしようと考えないとは断言できない。色々とわからないからこそ、心配の芽は摘んでおくに越したことはない。
何度目かの夕食時、イルナはようやくディルが好んで食べる果物の入った器をさりげなく手にし、こっそり薬を振りかけることに成功した。痺れと睡眠薬が調合された魔法薬だ。無味無臭だが効果は抜群のはずで、いくら幻獣といえどもあの小さな体では十二分に効くだろうと思われた。
何度か仕込もうとしては上手くいかずで歯がゆい思いをしていたけど……今夜こそ……!
深夜、イルナはこっそりリフィルナの部屋を訪れた。真っ暗で見えなかったらどうしようと懸念していたが、深夜でも晴れているからか月明かりで部屋の中はよく見えた。雲っていたらあまり見えなかったかもしれない。
神は私を味方してる。
そう自らを勇気づけ、イルナはリフィルナのベッドへ近づいた。いつもは大抵肩にいるディルは、眠るリフィルナの足元でくるまっている。
さよなら、白蛇。
躊躇すると振りかざせなさそうで、イルナは思い切って手にしたナイフをディル目がけて突き立てた。間違えてリフィルナの足を刺さないよう、なんとかしっかり目を開けて実行した。
ところがナイフは勝手に跳ね返る。この間のフォルスの時ほどではないが、ほんのりディルの体が光ったのでおそらく反射魔法のようなものをかけてあったのだろう。イルナは顔を歪めた。
ふい、とディルが鎌首をもたげてきた。魔法が発動したことに気づき、目を覚ましたようだ。かなり強いはずの睡眠薬は効果がなかったことになるが、どうやら体は痺れているらしい。もしかしたら光が薄いのもそのせいだったのかもしれない。すっと体からの発光が消えた。
魔法が解除されたようだとイルナがほくそ笑んでいると、薬を盛られていないリフィルナが騒ぎに目覚めてしまったようだ。体を起こし、青ざめた顔でイルナを見ている。
「──」
何かを言いかけたリフィルナに、イルナは咄嗟に自分の持つ風魔法で魔封じを使った。リフィルナが水魔法を使えばディルを傷つけてもすぐに回復されてしまう。
「あんたが眠っている間に済ませようとしたのに。あんたが起きるから……」
焦りつつもイルナはもう一度ディルにナイフを突き立てようと襲いかかった。だが今度はリフィルナが庇うことによって妨害してきた。ナイフはリフィルナの脇腹に刺さってしまう。イルナは悲鳴を上げたくなるのを堪え、なんとかナイフを抜いた。そのせいでそこから血がどっと吹き出す。リフィルナの呻き声にイルナはますます焦った。
「あ、あんたのせいよ、この忌々しい蛇……!」
ディルは相当怒っているようでイルナに襲いかかろうとするが、まだ痺れているようだった。イルナはナイフを振り回し、今度こそディルをそれで突き刺すと、結果を確認することもなくこの場から逃げ出した。
後に残されたリフィルナは震えの止まらない体でディルを抱きしめる。魔封じがまだ解けていないため回復してあげることもできない。
ディルはディルで痺れたまま怪我を負ってしまい、身動きが取れない様子だった。
「このまま死んじゃうのかな……ディル……あなただけでも助かって、欲し……」
目の前が真っ白になっていく。
なんとかディルにせめて笑いかけようとして、リフィルナはディルを抱きしめたまま気を失った。
誰からの手紙かは中身を見なくともわかった。これまでもブルーが何度も窓へやって来ていたのを知っている。ブルーには本当に申し訳ないと思ったが、リフィルナは窓に近づくことすらできなかった。
否応なしに届けられた手紙も、何とか開封しようと何度も試みてみたが、怖くてできなかった。
友だちだと信じていた、そして本当に心から大好きな友だちだと思っていた相手に殺されかかったことは思っていた以上にリフィルナにトラウマを植え付けたらしい。しかもイルナが言うにはそれどころか王族から命を狙われているのかもしれないという。どうしたらいいのかすらわからない。
ディルが心配してくれているのか、度々リフィルナに頭を擦り寄せてくれる。その度に心が癒された。もしこのディルの存在のせいで命を狙われる羽目になったのだとしても、リフィルナにとってもはや大切な存在であるディルを憎んだり恨んだりすることは絶対にないだろう。リフィルナはそっとディルの頭を撫でた。
そんな様子を、イルナはそっと窺っていた。
数日は部屋からも出てこなかったリフィルナだったが、ようやく屋敷内は出歩くようになった。そしていつ見ても当然のように白い蛇がリフィルナの腕に巻き付いていたり肩に乗っていたりする。
イルナはまだ諦めていなかった。
リフィルナが何故か剣で襲われたあの事件に関しては、改めて国の使いの者から手紙にて公言を差し控えるよう「依頼」がきた。フォルスからは直接何か言ってきたわけではないが、手紙はおそらく口にすれば処罰が待っているという意味だとしか思えない。フォルスが何故ああいった行為に及んだのかわからない上にイルナとしても怖かったが、だからといって婚約は解消したくない。きっとあれも何か相当な理由があるのだろうと思うことにした。
だからこそ、やはり今の内にディルをどうにかするべきではないかとイルナは考えていた。あんなことがあったとしても、幻獣を眷属に持つリフィルナを将来の妃にしようと考えないとは断言できない。色々とわからないからこそ、心配の芽は摘んでおくに越したことはない。
何度目かの夕食時、イルナはようやくディルが好んで食べる果物の入った器をさりげなく手にし、こっそり薬を振りかけることに成功した。痺れと睡眠薬が調合された魔法薬だ。無味無臭だが効果は抜群のはずで、いくら幻獣といえどもあの小さな体では十二分に効くだろうと思われた。
何度か仕込もうとしては上手くいかずで歯がゆい思いをしていたけど……今夜こそ……!
深夜、イルナはこっそりリフィルナの部屋を訪れた。真っ暗で見えなかったらどうしようと懸念していたが、深夜でも晴れているからか月明かりで部屋の中はよく見えた。雲っていたらあまり見えなかったかもしれない。
神は私を味方してる。
そう自らを勇気づけ、イルナはリフィルナのベッドへ近づいた。いつもは大抵肩にいるディルは、眠るリフィルナの足元でくるまっている。
さよなら、白蛇。
躊躇すると振りかざせなさそうで、イルナは思い切って手にしたナイフをディル目がけて突き立てた。間違えてリフィルナの足を刺さないよう、なんとかしっかり目を開けて実行した。
ところがナイフは勝手に跳ね返る。この間のフォルスの時ほどではないが、ほんのりディルの体が光ったのでおそらく反射魔法のようなものをかけてあったのだろう。イルナは顔を歪めた。
ふい、とディルが鎌首をもたげてきた。魔法が発動したことに気づき、目を覚ましたようだ。かなり強いはずの睡眠薬は効果がなかったことになるが、どうやら体は痺れているらしい。もしかしたら光が薄いのもそのせいだったのかもしれない。すっと体からの発光が消えた。
魔法が解除されたようだとイルナがほくそ笑んでいると、薬を盛られていないリフィルナが騒ぎに目覚めてしまったようだ。体を起こし、青ざめた顔でイルナを見ている。
「──」
何かを言いかけたリフィルナに、イルナは咄嗟に自分の持つ風魔法で魔封じを使った。リフィルナが水魔法を使えばディルを傷つけてもすぐに回復されてしまう。
「あんたが眠っている間に済ませようとしたのに。あんたが起きるから……」
焦りつつもイルナはもう一度ディルにナイフを突き立てようと襲いかかった。だが今度はリフィルナが庇うことによって妨害してきた。ナイフはリフィルナの脇腹に刺さってしまう。イルナは悲鳴を上げたくなるのを堪え、なんとかナイフを抜いた。そのせいでそこから血がどっと吹き出す。リフィルナの呻き声にイルナはますます焦った。
「あ、あんたのせいよ、この忌々しい蛇……!」
ディルは相当怒っているようでイルナに襲いかかろうとするが、まだ痺れているようだった。イルナはナイフを振り回し、今度こそディルをそれで突き刺すと、結果を確認することもなくこの場から逃げ出した。
後に残されたリフィルナは震えの止まらない体でディルを抱きしめる。魔封じがまだ解けていないため回復してあげることもできない。
ディルはディルで痺れたまま怪我を負ってしまい、身動きが取れない様子だった。
「このまま死んじゃうのかな……ディル……あなただけでも助かって、欲し……」
目の前が真っ白になっていく。
なんとかディルにせめて笑いかけようとして、リフィルナはディルを抱きしめたまま気を失った。
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