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第一章 銀髪の侯爵令嬢
16話
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あまりに突然だったため、リフィルナはアルが去って行った後を見ながらぽかんと立ち尽くしていた。もしかしたら用事があったのかもしれないが、何かあったのかもしれないと心配にもなる。
少しその場で佇んでいたが、とりあえずブルーを介しての手紙のやり取りでまた聞いてみようと自分も立ち去ろうとした時、アルが何故かこちらへ戻ってくるのに気付いた。忘れ物でもあったのだろうかと向き直り「アル」と声をかけようとしてリフィルナの体が少し固まった。
いつもの柔らかい笑みを浮かべた優しそうなアルと全然表情が違う。本人とは思えないとても冷たそうな顔に、リフィルナは後退りした。様子の違いに、固まっていた体に震えが走るほどだった。
それに気づいたアルは残忍そうな笑みを浮かべると、あろうことか剣を抜いてきた。リフィルナめがけてさらに近づいてくる。恐ろしくて逃げることもできないリフィルナにそしてその剣を振り上げた。もちろんリフィルナは剣など持っていない。避けることもできない。しかし目を閉じることもできずにただ瞬きも忘れて見上げていると、ずっとリフィルナの肩に乗っていたディルから不思議な光が溢れた。途端、振り下げてきた剣が弾き飛ぶ。どうやら魔法で防壁を張ってくれたのだとリフィルナの頭の片隅でわかった。だがやはり身動きすらできない。
アルは何やら呟くと今度はリフィルナにつかみかかろうとしてきた。このまま殺されてしまうのだろうかと恐れ戦いていると、いつの間にか駆けつけていた騎士たちが二人の間に入り、止めてくれた。アルは騎士たちによってどこかへ連れられていく。
「あ、あの人は大丈夫、なの、ですか……」
気絶することもなく、何とか声が出るようなのでリフィルナは恐る恐るそばにいる騎士に聞いた。
「こんな目に合われたというのにアルディス様のご心配をしてくださってありがとうございます。アルディス様は……大丈夫です。本当に申し訳ございません」
「アル……ディス?」
「これでも私たちはずっと近くに控えていたのですが……。いつもリフィルナ様が屋敷をお出になられる時から帰られるまでそばについておりました。だというのに……申し訳ありません」
「どう、いう……?」
「とにかくお送りいたします、こちらへ」
騎士がリフィルナをいざなうよう勧めてきたが、リフィルナは体をビクリと震わせた。理解が追いつかなくただただ怖い。
「失礼いたします。私、リフィルナの姉のイルナです」
ひたすら固まっていると背後から聞き覚えのある声と名前が聞こえてきた。
「イルナ、姉様?」
「イルナ様……。存じております。改めてこの度は正式なご婚約おめでとうございました」
「ありがとう。この子は私の妹。私が連れて帰ります」
「……そうですね、そうして頂けると我々も助かります。先ほどの件は……」
「何のこと? 私は見ていないわ。今たまたまこの妹がいることに気づいてやって来たの。何があったか聞いてもいいですが、妹は何故かかなり疲れている様子。このまま連れて帰りたいのですが」
「……助かります。このことは他言無用に願います」
「……もちろんです」
あれよあれよといううちに、気づけばリフィルナはイルナの馬車に乗って自宅へ向かっていた。
「勝手に抜け出すからよ」
「申し、訳、ありません……イルナ姉様」
まだ動揺が抜けない。何があったのかも全然把握できなかった。イルナが何故ここにいるのかもだが、何よりもアルのことだ。
「何が起きたかまだわからないの? 王子はね、あなたの命を狙ったの」
「お、うじ?」
「呆れた。王子だと知らなかったとでも言うの。ではあなたは素性も知らない男と過ごしていたというの? なんてはしたない。あれは王子です。我が国の王子。あなたは眷属を得た者として地位を与えられたけど、下手に力を持つものとして実は王家から命を狙われているということではないかしら。これではっきりしたでしょう。だからお父様たちもあなたを外へ出さないの。わかったでしょう、王子もあなたを殺したいほど憎んでるの。あの様子を見たでしょう。あなたは王子に二度と近づかないことね。まあ死にたければ好きにすれば?」
王子……?
命を、狙われている?
「あまり外に出ないからね、誰かと話すのもそんなにないんだ。でも今本当に楽しいって思う。よかったら友だちになってくれないかな」
友だちから、命を狙われて、いる?
『どんな幸せが届いた?』
『アルとお友だちになれました』
『嬉しいけど、それはブルーと会う前からだよ!』
『じゃあもっと仲のいいお友だちになれました』
『確かに。ブルーのおかげだったんだ』
本当に?
私は本当に命を狙われたの? 殺したいほど憎まれていたの?
屋敷についてからリフィルナはどうやって自室へ戻ったのかもわからなかった。イルナ自身大事にしたくないのかこっそりと指示を出したようだ。
「僕のことはアルと呼んでくれると嬉しいな」
アルではなかった。
王子? どういうことなのだろう。あなたは本当に王子なの?
「君はもっと疑ったり警戒したりすることも覚えておいたほうがいいかもしれない。それはけっして悪いものとは限らないよ。むやみやたらにそうしろってことじゃない。ただ、人を見る目は養ったほうがいい。お互い引きこもりの身だから難しいけどね」
それは──あなたと私のことを言っていたの?
侍女のマリーがおろおろとしていることすら目に入らず、リフィルナはベッドに崩れ落ちた。
少しその場で佇んでいたが、とりあえずブルーを介しての手紙のやり取りでまた聞いてみようと自分も立ち去ろうとした時、アルが何故かこちらへ戻ってくるのに気付いた。忘れ物でもあったのだろうかと向き直り「アル」と声をかけようとしてリフィルナの体が少し固まった。
いつもの柔らかい笑みを浮かべた優しそうなアルと全然表情が違う。本人とは思えないとても冷たそうな顔に、リフィルナは後退りした。様子の違いに、固まっていた体に震えが走るほどだった。
それに気づいたアルは残忍そうな笑みを浮かべると、あろうことか剣を抜いてきた。リフィルナめがけてさらに近づいてくる。恐ろしくて逃げることもできないリフィルナにそしてその剣を振り上げた。もちろんリフィルナは剣など持っていない。避けることもできない。しかし目を閉じることもできずにただ瞬きも忘れて見上げていると、ずっとリフィルナの肩に乗っていたディルから不思議な光が溢れた。途端、振り下げてきた剣が弾き飛ぶ。どうやら魔法で防壁を張ってくれたのだとリフィルナの頭の片隅でわかった。だがやはり身動きすらできない。
アルは何やら呟くと今度はリフィルナにつかみかかろうとしてきた。このまま殺されてしまうのだろうかと恐れ戦いていると、いつの間にか駆けつけていた騎士たちが二人の間に入り、止めてくれた。アルは騎士たちによってどこかへ連れられていく。
「あ、あの人は大丈夫、なの、ですか……」
気絶することもなく、何とか声が出るようなのでリフィルナは恐る恐るそばにいる騎士に聞いた。
「こんな目に合われたというのにアルディス様のご心配をしてくださってありがとうございます。アルディス様は……大丈夫です。本当に申し訳ございません」
「アル……ディス?」
「これでも私たちはずっと近くに控えていたのですが……。いつもリフィルナ様が屋敷をお出になられる時から帰られるまでそばについておりました。だというのに……申し訳ありません」
「どう、いう……?」
「とにかくお送りいたします、こちらへ」
騎士がリフィルナをいざなうよう勧めてきたが、リフィルナは体をビクリと震わせた。理解が追いつかなくただただ怖い。
「失礼いたします。私、リフィルナの姉のイルナです」
ひたすら固まっていると背後から聞き覚えのある声と名前が聞こえてきた。
「イルナ、姉様?」
「イルナ様……。存じております。改めてこの度は正式なご婚約おめでとうございました」
「ありがとう。この子は私の妹。私が連れて帰ります」
「……そうですね、そうして頂けると我々も助かります。先ほどの件は……」
「何のこと? 私は見ていないわ。今たまたまこの妹がいることに気づいてやって来たの。何があったか聞いてもいいですが、妹は何故かかなり疲れている様子。このまま連れて帰りたいのですが」
「……助かります。このことは他言無用に願います」
「……もちろんです」
あれよあれよといううちに、気づけばリフィルナはイルナの馬車に乗って自宅へ向かっていた。
「勝手に抜け出すからよ」
「申し、訳、ありません……イルナ姉様」
まだ動揺が抜けない。何があったのかも全然把握できなかった。イルナが何故ここにいるのかもだが、何よりもアルのことだ。
「何が起きたかまだわからないの? 王子はね、あなたの命を狙ったの」
「お、うじ?」
「呆れた。王子だと知らなかったとでも言うの。ではあなたは素性も知らない男と過ごしていたというの? なんてはしたない。あれは王子です。我が国の王子。あなたは眷属を得た者として地位を与えられたけど、下手に力を持つものとして実は王家から命を狙われているということではないかしら。これではっきりしたでしょう。だからお父様たちもあなたを外へ出さないの。わかったでしょう、王子もあなたを殺したいほど憎んでるの。あの様子を見たでしょう。あなたは王子に二度と近づかないことね。まあ死にたければ好きにすれば?」
王子……?
命を、狙われている?
「あまり外に出ないからね、誰かと話すのもそんなにないんだ。でも今本当に楽しいって思う。よかったら友だちになってくれないかな」
友だちから、命を狙われて、いる?
『どんな幸せが届いた?』
『アルとお友だちになれました』
『嬉しいけど、それはブルーと会う前からだよ!』
『じゃあもっと仲のいいお友だちになれました』
『確かに。ブルーのおかげだったんだ』
本当に?
私は本当に命を狙われたの? 殺したいほど憎まれていたの?
屋敷についてからリフィルナはどうやって自室へ戻ったのかもわからなかった。イルナ自身大事にしたくないのかこっそりと指示を出したようだ。
「僕のことはアルと呼んでくれると嬉しいな」
アルではなかった。
王子? どういうことなのだろう。あなたは本当に王子なの?
「君はもっと疑ったり警戒したりすることも覚えておいたほうがいいかもしれない。それはけっして悪いものとは限らないよ。むやみやたらにそうしろってことじゃない。ただ、人を見る目は養ったほうがいい。お互い引きこもりの身だから難しいけどね」
それは──あなたと私のことを言っていたの?
侍女のマリーがおろおろとしていることすら目に入らず、リフィルナはベッドに崩れ落ちた。
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