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第一章 銀髪の侯爵令嬢

3話

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 リフィルナが戸惑っていると、その足元にどこから現れたのか白い小さな蛇がひょっこりと顔を出してきた。それに気づいたメイドの一人が小さく叫び声を上げる。

「え、どうしたの? って、わ、ぁ。どこから……、あれ?」

驚きながらも凝視すると、見覚えのある蛇だった。

「お昼に見かけた子」

 怪我をしていた蛇だと気づいてリフィルナが嬉しげに手を差し伸べると、蛇はその手からするするとリフィルナの腕に体を這わせ巻きつけてきた。蛇も小さいがリフィルナも小さいため、辛うじて巻きつけられている様子をメイドは微笑ましくどころか青ざめながら見ている。

「リ、リフィルナ様……」

 蛇に対して怖がりながらも、なんとかリフィルナから蛇を引き離そうと涙目になっているメイドを、アレットが止める。

「やめなさい。……多分、この蛇がリフィルナ様の眷属なのだと思います」
「えぇ……」

 メイドたちがまたさらに少し青ざめたように蛇を見た。リフィルナはアレットに対して首を傾げる。

「アレット、どういうこと? えっと、けんぞくってさっきアレットが聞いてきた、お仕えしますよといった契約のこと、でいいんだよね?」
「それは……そうですね、契約を指すのではなく、お仕えしますよという関係性といいますか……。眷属という言葉自体は家族や一族、という意味の他に従者や配下という意味もあります。この蛇がリフィルナ様に仕える存在を言います。わかります?」
「う……、ん。多分。でも、私、この蛇さんと何かの契約をした記憶なんてないよ。傷を治してあげただけで。だいたい契約ってどうやってするの?」
「そ、れは……申し訳ございませんが私にもあまり……。ですがリフィルナ様の胸元にあるのはとても不思議な模様の紋章です。あとその蛇の様子からして、おそらく幻獣かと。白い蛇なんてとても珍しいですし」
「珍しいんだ」

 そういえばどこかの大公が所有する動物園では大きな蛇やワニなどの見せ物用の動物だけでなくライオンもいるらしい。以前母親と姉が父親に連れて行ってもらっていた。そういったところにいる蛇も白くはないのだろうかとリフィルナは首を傾げた。外そのものが珍しいため、何が珍しくて何が珍しくないかあまりよくわからない。

「はい。そしてその蛇とリフィルナ様は何らかの方法で契約を結ばれたのだと」
「覚えがないんだけどなあ」

 腕に巻き付いている蛇を見ると、蛇はチロチロと舌を出して同じくリフィルナを見てきた。その様子にリフィルナは笑みを浮かべる。

「契約したら、どうなるの?」
「私もさほど詳しくはありませんが──」

 アレットの説明によると、契約して眷属にすると幻獣を従わせることができるようになるらしい。幻獣により、強い力を得ることになる。そして幻獣は主人に付き従い、守ってくれる。また国にとっても大きな力となるため、大切な存在として眷属を持った者は国から地位も保証される。

「……よくわからないけど、すごいことなの?」
「はい。それに幻獣を眷属にできるのはとても稀なことなんです。と、とにかくこれはご報告しなければ……」

 報告、と聞いてリフィルナはこの状況にわくわくとしていた気持ちが少し沈んだ。蛇のことを秘密にしたい訳ではないが、もしかしたらまた親から怒られるかもしれない。そう思うと落ち込んでしまう。

「お父様やお母様に言わないとダメ……?」

 俯くリフィルナに、アレットはほんの少し悲しげに微笑むと身を屈めてしゃがんできた。そして逆にリフィルナを見上げてくる。

「お二人は十一歳になられたばかりなリフィルナ様の……ご両親、保護者でいらっしゃいますので」

 嗜めるような言葉だが、声は優しかった。

「……うん。わかった」

 本当はあまりわからない。もっと昔なら「お父様やお母様が心配してくださるかも」「何か教えてくださるかも」「助けてくださるかも」などと思えたりしたかもしれないが、今浮かぶのは、どうやら何かをしでかしてしまったらしいリフィルナを叱りつけるか無視をする両親しか浮かばなかった。ただ、自分が何も一人ではできない子どもであることも、両親が保護者であることもわかってはいるし、アレットが両親に報告せざるを得ないこともわかっている。
 俯いていたらまた蛇と目が合った。蛇はまるでリフィルナをわかっていて、慰め甘えるかのように今度は手に巻き付き、舌をチロチロ出してくる。まんまるの黒目が綺麗で可愛くて、リフィルナはようやくまた笑みを浮かべた。

「アレット、わがまま言ってごめんなさい」
「わがままだなんて。むしろリフィルナ様はもっと私たちに色々言ってくださっていいんですよ」
「ほんと?」
「はい」
「じゃあね、あのね」

 まだ少し落ち込み気味だったリフィルナが目を輝かしてその場にいたメイドたちを見た。

「この子の名前、一緒に考えて」

 蛇に怯えていたメイドたちも、リフィルナの笑顔を見たら「嫌です」などと言えるはずもなかった。
 父親と母親はすぐに駆けつけてきた。いつもなら放っておかれるか、どちらかがやって来てくれても叱られるかだった。だが、リフィルナは何故か父親から初めての勢いで抱きしめられた。おまけに「よくやった」とまで言われる。母親はリフィルナの腕に蛇が巻き付いているからか少し離れたところにいるが、「本当ですこと」とリフィルナに笑いかけてきた。そんなことは少なくとも記憶の中では経験したことがなかったため、リフィルナは嬉しく思うどころか思わずポカンとしてしまった。何事かと様子を見に来た兄姉も戸惑っている。
 ふと、大好きな二番目の兄、コルドもいるのにリフィルナは気づいた。笑いかけようとしたが、コルドは何故か少し怖い顔をしてリフィルナたちを見ていた。
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