銀の髪を持つ愛し子は外の世界に憧れる

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第一章 銀髪の侯爵令嬢

1話

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「ルナ、どれだけ嫌がろうがそなたは私の妃となるしかない。諦めろ」
「……嫌です」

 王が自分そのものを愛してくれているのならまた違ったのかもしれない。それでも無理やりどうこうされるのは耐え難いだろうが、ただこの身が精霊や幻獣全てから愛される愛し子だから、この身がまさに国宝級だから、国の繁栄をもたらすからという理由だけで思い通りにされるよりはマシだったのではないだろうか。

「ルナ、いい加減にしないか……!」
「嫌!」

 とはいえ自殺しようなどとは一切考えていなかった。何とか抵抗し逃げ延びることができないだろうかとそれだけを願っていた。

「っ、ルナ──」

 しかしその抵抗のせいでカッとなった王に突き飛ばされ、頭をぶつけた。その上、打ちどころが悪かったのだろう。
 目の前に広がるのは優しい精霊たちの光ではなく、何も見えないだけのただひたすら自分を覆い消し去るような真っ白な闇──



「怪我をしたの?」

 リフィルナは林の隅で見つけた蛇に話しかけた。視力や聴力があまりよくないと言われているはずの蛇はまるでリフィルナの言葉がわかるかのように見上げて舌をチロチロと出してきた。
 今日はリフィルナの十一歳の誕生日だ。夜には家族が集まって一応ケーキとご馳走で祝ってはくれるだろう。だがそれまでは相変わらずひとりぼっちだった。
 大好きな、そして家族の中では唯一リフィルナを本当に可愛がってくれる四つ上の兄、コルドはリフィルナに優しいだけでなく頭がよくて色んなことを教えてくれる。しかし来年成人するのもあってか最近中々忙しいようでゆっくり会えない。
 がたいがよく武術に長けているコットンは今年十六歳となり成人した長男で、そもそも末っ子であるリフィルナに全く関心がないのか、いてもいなくても同じといった態度しか見せてこない。他にリフィルナの三つ年上のイルナと二つ年上のラディアがいるが、二人の姉もリフィルナには素っ気なかった。お洒落が好きなイルナはプライドが高く気が強い。そして何故かわからないがリフィルナそのものを疎んじている気がする。ラディアは別にそういった感情はなさそうだが、何でもかんでもイルナの言いなりで、イルナが嫌っているから自分も妹に素っ気ないといった風だ。
 何より両親から、リフィルナはよく思われていなかった。
 侯爵であるフィールズ家は皆、茶色の髪に青い瞳をしている。嫁いできた母親もそうだ。だがリフィルナは間違いなくフィールズ家の血を引いている両親の正真正銘、娘であるにも関わらず一人だけ髪も瞳の色も違った。珍しい、白に近いシルバーの髪にイエローとゴールドが混ざったような琥珀色の瞳を持つ、当時産まれたばかりの娘を両親は堅い表情で見つめていた。父親は母親の不義を疑ったし、疑われているらしいと気づいた母親は憤慨した。おまけに地位や名誉を重んじる二人にとって、あからさまに外見の違うリフィルナはそれこそ世間から「妾腹の子ではないか」と疑われたり噂される格好の的だと嫌がった。妾腹の子が珍しいのではない。そこそこあることだがもちろん口外して回ることでもない。だがリフィルナの外見があまりに違いすぎるため、口外しているようなものだと嫌ったのだろう。
 外聞を気にするあまり、リフィルナは屋敷からほとんど外へ出られなかった。よほどのことがない限り両親はリフィルナを連れ出すことはなかったし、監禁することはないものの外出にいい顔をしなかった。
 幸い使用人たちはリフィルナに優しく、しっかり世話をしてくれるだけでなく屋敷内ならどこへ顔を出しても歓迎してくれたし、両親も教育に関しては怠ることはなかった。
 ただそんな環境のせいか、リフィルナは自分を出すのが得意ではなく、大抵いつも大人しく黙っていた。その反面好奇心だけは旺盛だったため、たまにこっそり屋敷を抜け出して外の林を散歩してはすぐに戻っていた。

「どこかにぶつけちゃったの? ね、おいで。私が治してあげる」

 誕生日である今日もたまにするようにこっそり抜け出して林を散歩しているところだった。屋敷内の庭も広いので、わざわざ手入れされているわけでもない林を散歩する必要など、普通に外出している人にとっては意味がないかもしれない。だがリフィルナにとっては庭の柵を超えるだけでも大冒険だった。
 蛇はチロチロと舌を出していたかと思うと警戒することもなく近づいてきた。

「いい子だね」

 微笑むと、リフィルナはしゃがんでそっと手を差し伸べる。蛇はさらにチロチロと舌を出してきた。姉や母親ならきっと蛇を怖がったり気持ち悪がったりしたかもしれない。だが普段ずっと屋敷に引きこもっているリフィルナにとっては蛇も犬猫と同じく珍しくてわくわくして可愛い生き物に思えた。

「大丈夫だからね」

 優しく言うと、リフィルナは一言程度の詠唱を呟いた。すると小さな青い光が手のひらと蛇との間を包み込む。

「ほら、治った」

 えへへ、と笑うとハッとしてリフィルナは立ち上がった。侍女がリフィルナを呼ぶ声が聞こえてきたからだ。蛇に「気を付けてね」と言いながら、リフィルナは急いで屋敷の方へ戻った。蛇はそっと後をついていく。そしてリフィルナが慌てて柵を潜るのをじっと見ていた。

「まあ、何て子」

 運悪くリフィルナが柵を潜っているところを、ちょうど外出から戻っていた母親と姉二人に見られてしまったようだ。母親が嫌悪感を隠そうともせずにリフィルナを咎めてくる。

「フィールズ家の令嬢ともあろう人がなんですか。情けない。おまけに外へ出ていいなどと誰が許可したというの」
「……ごめんなさい、お母様」
「お母様、この子、腕を怪我してる。血が垂れてるもの。馬鹿ね、そんなお転婆するからでしょ。姉として恥ずかしいじゃない」
「ほんと。イルナお姉様、近寄ったら血がその素敵なドレスについちゃうかも」
「全く。早く戻って綺麗になさい」
「……はい、お母様」

 日傘を差しながら母親と姉たちが屋敷のほうへ歩いていくのをリフィルナはちらりと見ては俯いていた。リフィルナの名前を呼んでいた侍女がその姿を見つけ、慌てて近づく。

「リフィルナ様、よかった、どちらに行かれたか、と……って、まあ、怪我をなさってるじゃないですか! 早く治療しないと」
「ありがとう、マリー。でも大丈夫だよ。これくらい自分で治せるから」
「……リフィルナ様」

 既に離れたところを歩いているリフィルナの母親と姉に気づき、侍女は元気がない様子に合点がいったのだろう。笑いかけながら「さすがリフィルナ様。では治したらお茶にしましょう。今日はコック見習いながらにパッツがすごく美味しいビスケットを作ったんですよ。きっとリフィルナ様も大好きだと思います」と屈みながら言ってきた。
 リフィルナや家族たちのやり取りをじっと見ていた蛇は、皆がいなくなってからそろりと動き出して柵に近づいた。おそらくリフィルナがひっかけたのであろう場所にはほんの少しではあるが血がついている。チロチロと出していた舌で、蛇はその部分を舐めとった。
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