ヴェヒター

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 風紀委員の仕事がそれなりに忙しい上、授業に出られなくても考慮はある。だといえども、皆基本的にきちんと授業には出る。ただし見回り時間は公にも決めていないので、たまに授業中見回ることもある。その場合も、もちろん出席扱いになる。
 通常、公に活動しているのは昼休みと放課後くらいで、休日は基本的に風紀委員も一応休みだ。とはいえ週末は部活があるので学校は閉鎖していない。そのため、当番制で学校に出たり寮の部屋前にある簡易リビングのようなスペースで打ち合わせすることもある。
 夏休みなど長期休暇には学校も閉鎖される。部活からの申請があるとグラウンドや体育館、部室の一部使用許可を出す形になる。それぞれの部員たちも、それ以外は寮の自習室やジム、そして学校内ではないが寮を含めたこの学園全体の敷地内にある公園や歩道などで調べ物をしたり体を鍛えたりしているようだ。よって長期休暇には風紀委員たちも完全に休みになった。
 拓実は二年生だが基久は三年生であり、今年受験生でもある。それもあって夏休みはどうするのだろうと思いつつ、拓実は本人に何も言わないでいた。
 去年は休みの半分を、一緒に帰りお互い実家で過ごし、半分を寮で過ごした。色々もどかしかった。だからできればあまり近くにいたくないかもしれない。と、思いつつも側にいたいかもしれない。

「幼馴染って、面倒……」
「おやおや。でもここの学校にいる生徒って、基本皆幼馴染ともいえなくないですか? 拓実」

 ボソリと呟いていると、いつの間にいたのか生徒会書記三年の大河原 良紀(おおがわら よしき)が側でニコニコしていた。
 見た目も中身もチャラそうだが、年下に対しても敬語を使ってくる良紀を、拓実は基本信用できない。
 外見はチャラいながらも大人っぽくも見えるが、とりあえず中身も絶対間違いなくチャラいだろうし性格も黒そうだと拓実は踏んでいる。
 それでも会計たちよりはマシだとは思っている。

「……ああ、確かに小学部からいる生徒も多いですしね」
「……うーん、拓実のその視線はある意味くせになりそうですよね」

 何の……!

 微妙な顔で良紀を見るも、ただニコニコ笑顔を返されただけだ。とりあえずスルーしておこう、とやりかけの報告書資料に手をやると「考え過ぎても仕方ないことですし、むしろ貴重な時間を無駄に過ごすなんてもったいなくないです?」と呟いてきた。

「……どういう……」
「おや、俺のかわいい三里ちゃんが戻ってきたみたいです。じゃあね」

 拓実の問いかけの途中で、良紀はいきなり現れたようにいきなり離れて行った。
 三里というのは佐田 三里(さだ みこと)という名前の、良紀と同じ生徒会書記だ。二年生で拓実とは同級生になる。あまり生徒会のことは詳しいくないが、口の利き方が微妙だということと、皆にいたぶら……かわいがられているのは知っていて、拓実としては少々不憫にも思っている。
 基本的に生徒会役員は用事がある時以外、あまりこちら風紀委員の部屋には来ない。だからふらりと気づけば突然やってくる良紀は珍しいし、だからこそなおさら何を考えているかわからない。
 それでもまるで拓実の気持ちがバレているみたいなことを言われ、結局何だったのだと思いながらも少し落ち着かなかった。
 貴重な時間を無駄に。

 ……無駄に過ごしているつもりはない。

 けれども、じゃあどう過ごしているのだろうと拓実は考えてみる。
 別に恋愛が日々の全てではない。寮は風紀専用室なので基本他の風紀委員たちとの生活が長い。そのため自分の友人と言える相手が今はほぼ風紀になるが、皆ともそれなりに楽しく過ごしているし、風紀の仕事もやりがいある。
 授業も拓実はおざなりにしたことないし、間違いなく学生生活を充実している気がする。
 恋愛以外は。恋愛はおざなりにしているのかも、しれない。
 いつか基久への気持ちが色褪せるまで気持ちは秘めたまま言わないでいるとずっと決めて過ごしているが、それは言いかえればずっと恋愛を我慢して過ごすということになる。
 それでもいいとは一応思っている。中学の時に色々経験はした。そして誰かを抱いたり抱かれたりしても結局基久を求めている自分を実感するだけだったから、これでいいと思っているはずだ。
 だったら何故良紀の何気ない言葉がひっかかるのだろう。

「どうかしたのか?」

 別の風紀委員と話していたらしい基久が席に戻ってきた時も、拓実はぼんやり考えていたようだ。基久の言葉にハッとなり「何でもない」と返した。だがやはり何となく落ち着かないので立ち上がる。

「いや、ちょっと今日はあまり具合がよくないみたい。ごめん、ひさ。今日は俺、もう寮に帰っていいかな」
「え? じゃあ俺、送って……」
「いいよ。ひさに送られるほど弱ってないよ……。じゃあ、ごめん」

 優しい基久に心配そうに見られ、拓実は少しばつが悪くなりながら手を上げ、その場を離れた。本当は具合なんて悪くないし、自分の勝手な気持ちのせいだけに。
 珍しく一人で校内を歩いていると久しぶりにというか、知らない生徒に声をかけられそのまま告白される羽目になった。風紀委員をしていて一番助かることは変に知らない相手からちょっかいをかけられないことだ。それに拓実は大抵誰かといるからか、高校に入ってからはあまり告白されたりといった機会は少なかった。

「……ごめんね、気持ちは嬉しいけど、俺、好きな人いるから」

 誰とは絶対言わないが、断る時は隠さず「好きな人がいる」と言う。自分を好きだと言ってくれた相手への礼儀にもなるし、嘘がないからか相手も大抵素直に引きさがってくれる。今も告白してきた生徒は「わかった」と了解してくれた。
 基久のことをいずれ諦められるだろうと思いながら、こうして誰かに言われても基久を理由に断っている。悪循環のような気もするが、だからといって誰かとつき合ってみても毎回基久を思い結局別れている。
 それなら基久に言えばいいのだろうが、ノンケであろう基久が受け入れる可能性は多分ない上に今の関係を壊す気にもなれない。
 寮につくとすぐにエレベーターで六階に上がった。エレベーターを出るとラウンジフロアだ。部屋に向かう前に自販機でジュースを買う。

「あれ、芳木じゃないか。こんな時間に珍しいな。今日は風紀委員の活動は休みなのか」

 声がしたので見るとラウンジのソファーに寮長である白根がいた。寮長なのだが一階の事務室にいるより、二人用の部屋を一人で自室として使っている部屋にいることが多い。この部屋には各場所に備えつけられている監視カメラをチェックできるようになっている。風紀委員たちもそれを知っている。
 見れば白根も拓実が今買ったアップルスペシャルを飲んでいた。寮生たちからは二十代半ばと思われているらしいが、拓実は白根が三十代だとも知っている。本人も別に秘密にしているわけではないようだが、訂正する気もないようだ。

「ありますよ。俺は今日は先にあがらせてもらいました」

 大きめの声で話すのが面倒なので拓実はソファーへ近づいた。

「へえ、珍しいな。明日は雨かな。俺、明日洗濯しようと思ってたのにな」
「……乾燥機ついてる洗濯機しかなかったと思いますが。だいたいまるで俺が風紀しかしてないみたいじゃないですか」
「あはは。でも間違ってないだろ?」
「そうでもないです」
「そうか? 君の年齢だともっと友だちと遊びまわったり恋愛したりしてるものだろ」
「遊んだりしてますよ」

 薄ら笑いを浮かべながら言ってくる白根を淡々と見返すと「恋愛は?」とさらにニッコリされた。

「……そんなこと白根さんに関け……」
「拓実?」

 関係ないと言おうとしたところでエレベーターの方向から拓実の名前を呼ぶ声が聞こえた。この声は、と拓実が振り返るとやはり基久が立っていた。何でと思ったが、もしかしたらやはり心配だと思って様子を見に来てくれたのだろうか。もしそうだとしたら、そういうところが好きだし嫌いだ。

「では失礼します」

 白根に断りを入れると拓実は踵を返した。白根は「じゃあね」と言いながらもまた笑みを浮かべている。何となく白根にも見透かされているようで、拓実はあえて無視して歩き出した。そして基久の横をすり抜ける。

「大丈夫なのか?」

 基久に対しても無視をしようと思ったが、一旦目を瞑り小さくため息ついてから、ちらりと基久を見る。

「……具合悪いとは言ったけどひさに送られるほどじゃないとも言ったろ……」
「でもやっぱり心配じゃないか」
「大丈夫」

 拓実は言い切るとそのまま自室へ向かった。

「待てよ」

 部屋に戻ったらジュースを飲んで後はもう本当に寝てやろうと思っていたが、早々寮に戻ろうと思った原因の基久がついてきた。
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