ヴェヒター

1Mandy

2

「まったく隙あらば何かしようとしてるよな」

　カップルなのだろう、必要以上に仲よさそうな、もちろん男同士二人に軽く注意した後で、拓実と同級生であり風紀委員である真栄平　雫（まえひら　しずく）が微妙な顔しながらぶつぶつ言っている。拓実は淡々と「取り締まり甲斐あるだろ」と返した。

「甲斐なんてねーよ……どうせ見るなら男同士の絡みより女の裸見てたいわ」

雫の言葉に、拓実はぼんやり雫を見た。

「何だよ」
「いや。硬派そうだなと思ってたけど、君でも女の裸とか言うんだ？　ていうかあれか。前から思ってたけど君は全くのノンケなのかな。だとしたら確かに見てられないだろうね、お疲れ」
「……何だろな、こう、何か淡々と言われると微妙な気分になるのはなんでだろな」
「それは知らん」

　風紀では数人で見回りを行っている。普通に違反している生徒がいないか見て回るのもあるが、それだけではなく広すぎる校舎や敷地内で不純行為をむりやり行おうとする輩を取り締まるためでもある。
　一応同意の元であってもその辺で行きすぎた行為をしていたら、軽くから厳重まで種類はあるが注意する。あまりにも目に余るようなら学年クラスと名前を確認し記録する。ちなみにそれが三度越えれば生徒会での対処、処分となる。ましてや無理なりならその場で即現行犯として捕まえる。
　捕まえた生徒はそのまま風紀室に連行する。但し最終的に教師と共にどうするかを話し合うのはやはり生徒会の仕事だ。罰としてはトイレ掃除や数日の停学から退学までさまざまである。
　この見回りは完全に風紀だけで行うこともあれば、生徒会の連中と一緒に回ることもある。それぞれチームは決まっており、拓実はどちらにしても雫と一緒だった。風紀だけで回る時は二人で、生徒会と一緒の時はあと一人の三人で回っている。
　風紀副委員長をしているので一緒に回れないこともある。その時雫は同じ二年の有馬　慧（ありま　けい）と回ることになっている。とはいえ雫と慧は顔を合わせば喧嘩をし出すので拓実的に面倒くさい。先ほども見回る前にばったり会ってお互いにらみ合っていた。

「君らって顔を合わせばにらみ合ったり喧嘩してるだろ」
「そう？」
「さっきもそうだったろ。何でなの」

　歩きつつ、今日は何も特になさそうだなと思いながら拓実は雫に聞いた。

「何でって。あー、何だろな、俺もアイツも負けず嫌いなんじゃねーかな。それにアイツがいちいち攻撃的なんだよな、俺に対して」

　確かに雫も慧も真面目で硬派なところや負けず嫌いなところが似ている気はするが、少なくとも慧は雫以外の相手に対してなら当たりは強くない。

「君が余計なこと言うからじゃないの」
「え、そんなことねえぞ」
「……別にいいけど、風紀委員なんだし、周りに迷惑かけないようにね」

　拓実がため息つくと雫はニコニコ頷いてきた。

「わかってるって。真面目だよなお前は。そういやさあ、俺、拓実って最初もっとアレな人かと思ってたっけな」
「あれってなに」
「拓実って見た目淡々としつつも美人だろ。俺でもそう思うし。んでさ、俺の友だちにすげー盛んなヤツがいるんだけどさ、ほら、アイツ。俊。あ、でも校内では大丈夫だぜアイツ。でもほんと盛んだからさー、基本男に興味ない俺でもわりと色んな相手とか見る機会あって……」
「君は回りくどいな。何が言いたいの」
「いやー、拓実が何つーか見た目、何となくエロいこと好きっつーか何でも知ってそうなお姉さん……いやお兄さんだけど、まあそーゆー風に見えてた。悪い。あ、でも今は真面目なヤツだってわかってるから！」

　明らかに言い過ぎたといったように焦って否定してくる雫を見て、拓実はむしろお前が真面目だなと思う。いいヤツだよなとそして改めてしみじみする。これが生徒会の連中だとむしろ「エロそうに見えるお前が悪いよね」などと言いそうだ。いや今のところ言われたことないが、特に会計辺りがろくでもない。

「……ああ、そういうことね……別に嫌いじゃないよ……？」

　真面目でいいヤツだけに拓実ですら少しだけからかいたくなる。わざと思わせ振りに返すと、ノンケだろうというのに雫は思わず黙ったまま顔を赤らめていた。
　ふとその時、校舎の片隅に違和感を感じた。

「いや、あ、あの、悪かっ……」

　雫が手をわたわたと振ってきたので拓実はその腕をそっとつかんだ。

「え、ちょ、あの、拓実？　俺はちょっと」
「しー。何勘違いしてんのか知らないけど静かに」

　唇に指を当てた後、拓実が向こう側を指し示すと雫もハッとなり黙った。皆、いざとなると優秀だから助かる、と拓実は雫と様子を伺いながらそっと近づいた。高等部側の校舎外れのそこは木々に隠れた場所も多々ある。
　それにしてもこんなところでやらかす辺り、まだまだ青いなと拓実は微妙な顔をそっとする。そこでは三人の生徒が一人の生徒に対して何やらろくでもないことをしようとしていた。

「はい、現行犯ね。風紀委員だから。ちょっと風紀室まで来てもらうよ」

　一気に近づくと腕に付けている腕章を見せながら言う。見回る時に風紀委員は腕章をつけることになっていた。
　さらにスマートフォンで写真を撮りつつ、拓実は淡々と言い切る。撮れなくとも風紀委員に見られた時点で連行する権限が発生するが、撮る余裕がある時は一応撮ることにしている。

「……っ」

　風紀委員に対して大抵の生徒は逆らわない。それほど馬鹿な生徒はさすがにあまりいないとも言う。だが、たまに馬鹿もいる。

「くそ、っんだよ……！　皆やってることだろが！」

　開き直ったようなことを叫びながら三人の内の一人が殴りかかってきた。雫より拓実に向かって来たのは、多分見た目判断だろう。雫は中身も一応そうだが、外見は男らしい風貌している。その雫よりも背は高い拓実だが、どこかぼんやりした顔つきが弱そうに見えたのだろう。拓実は襲ってきた男の拳を軽々と避けながら思っていた。
　ちらりと雫を見ると、すでに抵抗していない二人を手でつかんで逃がさないようにしている。その横で襲われかかっていた生徒は動揺した様子で拓実たちを見ていた。

「くそ、何よそ見してやがんだ」
「……だって」

　またイライラしながら相手が殴りかかってきた。

「そんなの、蚊すらやっつけられないんじゃない？」

　その攻撃もまた軽々と避けながら拓実は淡々と言い、その腕をつかんで軽く捻った。

「っいぎっ」
「はい、じゃあ今から風紀室行くからね。見つかったのが俺らでよかったとむしろ君たちは思うべきだよ」

　捻った腕をぎゅっとひっぱりながら拓実は表情を変えず呟いた。

　見つかってたのが生徒会の方だったとしたら、これくらいじゃ済まないだろうしね。

　そして被害にあっていた生徒を見ると「ごめんね、大丈夫？　もしできるなら後でで構わないんで風紀室に来てもらってもいいかな」と優しく声かけた。
　弱そうに見えようがこれでも風紀の副委員長をしているのだ。頭だけじゃなく腕にも自信は当然、ある。
　ちなみに雫と慧に役職はない。風紀には委員長、副委員長、書記という役職があり、それ以外は皆一般になる。役職はそれぞれ委員長三年、副委員長二年、そして書記は学年ごとに各一名のみである。
　ついでに言うと表向きは存在しない生徒会はその風紀委員一般の中にいる。彼らにも実際は役職はある。
　会長、副会長がそれぞれ三年と二年で一人ずつ。そして風紀としては存在していない、会計にそれぞれ学年ごとに一名ずつ。彼らが実際風紀委員全体、そして高等部の会計的仕事を行っているため、多分仕事はそれなりに大変なのだろうと思われる。

　……大変だろうがなんだろうが、ある意味一番ろくでもないヤツばかりが会計に揃ってるけどな。

　拓実は微妙な顔で思った。
　後は風紀の書記とはまた別に生徒会書記がいる。書記も各学年ごとに一人いるが、彼らが生徒会の中では一番マシかもしれない。

「お帰り」

　見回りを一旦終え、捕まえた生徒を連行してくると基久がニコニコ出迎えてくれた。

「……ただいま」

　笑顔の基久に対して拓実は淡々と言い返す。雫は「ただいまっす」と言いながら連れてきた三人を奥の「生徒会室」に引っ張っていった。多分あの部屋で、三人は大いに反省、とまではいかなくとも後悔するだろう。

「相変わらず拓実は何かそっけないよなー」

　自分の席に戻ってやりかけていた処理をまたやりつつ、基久が笑っている。
　そっけないというか淡々と返してしまうのは仕方ない。だが本当は、見回りから戻ってきた時に基久がいてくれて声かけてくれる瞬間は凄く好きだ。実際にはあり得ない「お帰り」「ただいま」が言い合える間柄が存在し得るから。