たまらなく甘いキミ

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 そもそもケーキとして味わえないなら接点さえ持たないってどうよ。
 憤りさえ感じたが、元々が接点などほぼなかっただけにイラつくのは何だか違う気がする。とはいえ結弦もイラつこうとしてイラついているのではない。

 でも、さ。理由はどうあれ、ケーキだと知られる前と一緒じゃないだろ。あんなこと、まあそりゃ普通は友だちとはしないけど、でもとりあえず顔は知ってるかなって程度の同じバイト先の誰か、よりは親しいだろ。なのに味わえないなら口も利かないって、どうよ。俺、イラつくの間違ってなくない?

 だいたいどこまで我慢するというのか。全く味がわからない中、唯一味のする存在が結弦であり、同じアルバイト先で働いており、接点が基本なくとも近くにはいる。
 どうせすぐ我慢できなくなるだろうと思っていたが十日過ぎたあたりから「絶対我慢なんてできないに違いない」という妙な自信はほぼ砕けている。だが「本当は食べたいくせに」「いつまで我慢するんだ」などと本人に聞くのは何だか負けた気がして嫌だ。おかげで妙なジレンマに苛まれている。
 当然、食べて欲しいのではない。下手すればフォークとケーキの関係性は刑事事件にもなりかねない。時折ニュースにもなるくらいだ。詳しい内容は報道されないが、おそらく舐める程度で済まなくなり、物理的に食べられてしまわれかねないのではないだろうか。どう考えても近寄らないほうがいい存在ですらあるはずだ。だが悪いやつではないし、アルバイト仲間ではあるし、結弦としても親しくなったような気になっていただけに、無視されるのは気持ちよくない。
 とはいえ向こうとしても我慢するため近寄らないようにしているのかもしれない。それをこちらから近づくのはあまりに無防備だし我慢している拓にも悪いのではないだろうか。
 ではいつまでそんな状態でいるのかと気になるものの、それイコール「いつまで我慢するのか」になってしまう気がする。拓に言えば「本当は食って欲しい」と捉えられてしまってもおかしくない。

 クソ、何だよ。何か腹立つな。

 基本口を利くことすら元々あまりなかった。それでも顔が合えば向こうから「お疲れ」などと挨拶してくれていた。
 顔はやたらいいものの、無口そうで背も高いからか威圧感さえある拓を、おまけにいつも周りには明らかに陽キャタイプの誰かがいたのもあり何となく苦手だと思っていた。その上フォークであり、しかも結弦はケーキだと知る羽目にもなった。全くもって「苦手」から好感度が高まる要素など発生したとは思えない。
 それでもフォークとケーキの関係とはいえ、頻繁に同じ場所で同じ時を、それも濃度の高い時間を過ごした。

 そんなだったのに挨拶さえ交わさない顔見知り以下の存在扱いされてんのをさ、喜んで受け入れられるほど俺の感情は死んでないんだわ。

 だがケーキにしか味覚を感じられない相手に「食いすぎ」「俺はお前の何」などと言っておきながら、「我慢もたいがいにしろ」「無視するな」などと思うのはひどい身勝手ではないだろうか。
 ここのところそんなことばかり考えていた。そのせいだろうか、少々上の空で歩いていたのか大学の構内で人にぶつかり、バランスを崩して階段から落ちかけた。

「え、ちょっ」

 ぶつかった相手が青ざめながら慌てて手を出そうとしているのが何だかゆっくり見えた。だがそれは空を切ったようだ。一瞬で何も聞こえなくなり世界が静止し、自分の周りだけ重力が働いているように思えた。

 あ、これ俺ヤバいのでは。

 だが次の瞬間、下にいた誰かが支えてくれた。それでも勢いのせいでその誰かをも巻き込んで階段の途中で倒れこんでしまったが、もっと下まで落ちたり叩きつけられるのは免れた。

「い、っつ……」

 動揺と肝が冷えたせいで耳から心臓が出そうになっていたが、自分の下から聞こえてきた痛みから出たのであろう声に、結弦はかろうじて我に返った。

「すっ、すみましぇ、せ、ん! だい、だ、大丈夫、大丈夫ですか……!」

 上手く舌が回らなくて思い切りどもりながらも、結弦は慌ててその場から退いて助けてくれた相手を見た。

「ああ、うん。大丈夫。君は? 怪我ない?」
「俺は、はい。その、本当にすみません。あ、あと、あと、ありがとうございます」

 上でもぶつかった相手が「ごめん! 大丈夫か」と、明らかに動揺した声で聞いてくれていた。ぶつかったのはお互い様かもしれないが、結弦が上の空でなかったらそもそも簡単に階段から落ちたりしなかっただろう。ぶつかった相手に「こっちこそ悪い! あ……、えっと、大丈夫!」ととりあえず声をかけてから、結弦は助けてくれた相手をもう一度見た。

「あの、あ、あんたは大丈夫、ですか」

 体は大きくなくとも一応成人した大人の男だ。軽いわけがないし上から落ちるものを下から支えるのは重力などもあって簡単ではないはずだ。下手すれば結弦よりその人のほうが体に支障あるのではないだろうか。
 心配でつい手をその人に伸ばしながら聞けば、なぜか急に妙な顔された。

「あ、あの?」

 もしかしたら骨が折れているとかひどい捻挫がわかった、とかかもしれない。結弦は血の気が引く思いで伸ばしかけた手を下ろしながら相手を見た。
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