月と太陽

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42話

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 自分の洗ってある部屋着を余分に用意しながら、那月のテンションは無駄に高かった。日陽になら、同情だろうが何だろうが、優しくしてもらうのはむしろ大歓迎だと思った。以前なら日陽だからこそ同情はして欲しくないと思ったかもしれない。
 ニコニコしながら那月は着替えを浴室の脱衣所に置いておく。一緒に入ろうと日陽から言われた時は、血を吹いて倒れなかったことを自分に褒めてやりたいくらいだったが断った。

「今日陽と一緒に入ったら俺、めっちゃ何かしないと収まらないだろーから、やめとく」

 苦笑しながら言うと日陽は困ったような顔をしながらも顔を赤らめていた。それを見ただけで押し倒したくなったから、やめておいてよかったと思う。
 日陽が風呂へ入ってる間に、那月は食べ終えた食器を洗った。以前一緒にオムライス作った時を思い出す。確かにあの時も幸せだった。なのに勝手にどんどん那月は一人で思いつめていた。
 今は違う。馬鹿で情けないプライドからセックスを怖がっていたことはつい隠してしまっていたが、思いつめることはない。
 もちろん今も、ともすれば日陽と誰かが仲よくしているところを見るとムッとなるし智充に対しては目の敵にしている。それでも気持ちはとても楽だ。
 日陽のおかげだ。どんな那月も受け入れてくれると言ってくれた。話を聞いても引くどころか熱烈な感情の告白だと言ってくれた。那月を大事だと、かけがえのない大好きな存在だと言ってくれた。
 那月は一人、微笑む。
 今日は前に日陽が言っていた煮込みハンバーグを作った。一緒にタネを捏ねている時は「冷たい」だの「変な感触」だの言い合いながら楽しかった。那月がハンバーグを焼き、煮込んでいる間、日陽は何故か卵を溶き始めていた。

「本当はオムライスリベンジしようと思ったんだけどさ、煮込みバーグの魅力に勝てなかった」
「何それ」

 那月が楽しげに笑うと「だからハンバーグに卵乗せる」と言いながらフライパンを貸してくれと頼んできた。
日陽が焼いてくれた卵は実際、那月の煮込みハンバーグを包んできた。ふんわりと全くしていない固そうな卵焼きだが、前のように炒り卵にはなっていない。練習してくれたんだろうかと、那月はもし尻尾が生えていたら引きちぎれるだろう勢いで喜んだ。

「那月のは俺特製卵つきな」
「すごい豪華」

 実際、とても美味しかった。いつもの味気ない晩御飯とは雲泥の差だった。思い出して鼻歌混じりに洗い物をそろそろ終えようとしていると「あー」っという声がする。振り返るとバスタオルを手に持った、那月の服を着た日陽が入ってきていた。

「後で一緒に洗おうっつってただろ」
「手持ち無沙汰だったんだ」
「何だよもう。でも、洗ってくれてありがとうな。んでバスタオル、どうしたらいい?」

 もう、と言いながらも日陽は穏やかに笑いかけてくる。那月もありがとうという言葉に嬉しさを噛み締める。

「洗濯機に入れるよ。俺も風呂入るし、貸して。日陽は適当に寛いでて。冷蔵庫に飲み物あるし……炭酸だってあるからね、好きにしてていいよ」
「ん、わかった」

 日陽のバスタオルを持ち、那月は浴室へ向かった。脱衣所にそのバスタオルを置くと浴室へ入る。今までも日陽はシャワーを使ったことがあるというのに、妙にドキドキした。とりあえず抜いておこうかと思ったが止めておく。

 どうせなら、日陽と抜きたい。日陽としたい。

 風呂を出ると、那月は日陽の使ったバスタオルで体を拭いた。バレたら変態だと言われるだろうかと苦笑する。
 洗濯物を減らすためだ、という言い訳は自分に対してもしない。日陽の使ったバスタオルを使いたかったから使った。しっとりしているバスタオルを押し当てるようにして濡れた体を拭った。
 脱衣所を出ると那月はキッチンへ向かう。予想していたが日陽はいないので、そのままリビングを素通りして自分の部屋へ向かった。

「お、出たのか」

 日陽は遠慮なく那月のベッドで寛ぎながら携帯を弄っていた。

「遠慮ない日陽が好きだよ」

 那月は笑いながら言う。実際、構わず部屋に入りベッドで横になっていることがまるで日陽が自分に甘えてくれているような感じすらして嬉しいと思う。

「何だよそれ。褒められてんだか貶されてんだか」

 日陽は笑いながらも体を起こしてきた。那月もベッドに上がってそばへ座る。

「スマホ、何してたの?」
「ああ。智充とやりとり。やく?」

 日陽は戸惑うことなく言ってきた。しかも悪戯でもしかけそうな目で見てくる。那月もさらに笑う。

「そりゃやくよ。言っただろ、独占欲すごいんだからさ、俺。今でも日陽、閉じ込めたいくらい」

 実際智充の名前が出ると案の定と思いつつも智充にとてつもなくやく。例えお互いそんな気が皆無な二人でも仕方ない。それでも、前のような黒い感情は湧き上がらない。
 日陽はおかしげに声を上げて笑いながら手を伸ばし、例の微妙な人形を手に取った。

「ツキくん、まだちゃんといるんだな」
「いるよ。ツキくんの微妙なツキを頼りに生きてる」
「マジでか。俺もじゃあ、欲しいな、微妙なツキ」

 今はさすがに狂気は感じられないが、相変わらず微妙な顔をした人形に日陽は笑いかけている。

「……そういえば前に一回、観たんだ、アニメ」
「那月が? 珍しいな。ツキくん気にいった?」
「……そこは流して。友だち欲しい小学生が凄い点数悪い答案用紙拾う話だった」
「あーそれ! 俺も観たよ。友だち欲しくても何もできなかった子がさ、答案用紙を持ち主に届ける勇気持てたとか、凄いよな」

 そういう発想はなかった。那月はポカンと日陽を見る。

「何?」
「あ、いや……。すごい微妙なとこで終わってて、びっくりした」
「そうそう。いつもあんな感じなんだよな。笑う」

 そこは笑うとこなのか。

 今度は違う意味でポカンとしながら那月は続けた。

「何ひたすら驚いてんだよ」
「エンディング曲あるのにもびっくりしたけど、そこで二人が友だちになってるのもびっくりしたし、よくわからなかった」
「あー、うん。あのアニメ、ぬるさと適当感半端ないけど、何かあったかいんだよな。多分そういうとこ」

 日陽こそ温かい笑顔を浮かべていた。

「単純だけど結構深かったりするんだよな。那月もまた気が向いたら観たらいいよ」

 微妙で適当な内容どころか、まるで人づき合いのように難しいアニメだと那月は思った。

「俺には難しいよ」

 笑うとぎゅっと抱きしめられた。
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