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38話
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柊は目の前で困惑しつつも少し嬉しそうにしている灯を複雑な気持ちで眺めていた。
「どう思う?」
もちろんやるべきだ、と心の中では即答した。だがそれと同時に「梓め」という気持ちが沢山の風船のように次々湧き上がっては脳のどこかへ消えていく。
「シュウ?」
柊を見て灯が怪訝そうに顔を覗き込んできた。この間、家で梓が「灯ちゃんってさ……」と苦笑していた時のことを柊は思い出す。
「……何」
「あー、いや。やっぱいいや」
「はぁっ? 言いかけて止めるとかムッツリかよっ?」
「何で言いかけて止めたらムッツリになんだよ」
「煩い。アカリが何だよ!」
怪訝な顔で聞いてきた梓に対して柊はさらに聞き返した。梓が言いかけて止めたことで、灯にろくでもないことでもやらかしたのではないかと即、頭に浮かんだ自分の方がムッツリなのではという自問に対しては思い切り柊は流す。
「いや、何て言うか……無防備だよなって。本人わかってない分、余計にさ」
「……あぁ、それ……」
普段から柊が灯に対して思っていることだけに、さすがに「何かしたのかよ」とは思わなかった。
むしろわかりみしかない……。
今、灯に覗き込まれたことで改めて柊は思った。もちろん今も灯にはそんな意識ないし、そもそもわかっていないだろう。まさか柊が覗き込む灯に対して心臓をやたらめったら鼓動させているとは確かに思わないだろう。
それだけに本当に無防備だ。こちらの気持ちを軽率に乱してくる。その上、このまま少し顔を近づけるだけでキスしてしまえる。
「……はぁ」
「え、何でため息? 呆れてる? まあ俺がするっての、ちょっとアレだもんな。うん。止めとけってことだよな」
「ちげーよ、何わかった風に言ってんだよアカリ。わかってねえからな」
そして家で梓が苦笑しながらそんなことを言ってきたということは、梓に好きだと言われたにも関わらず灯はこういったことを梓にもやらかしているのだろう。もちろん、柊に対してよりは意識してはいるだろうが、それでもちょくちょく無防備なところを見せているのだろう。
「……梓め」
灯にではなく、梓にそしてムッとする。
「え、何?」
思わず呟いた柊に、灯がますます顔を近づけてきた。
わかっている。梓ならまだしも、柊は灯の親友だ。男同士の親友に対して顔を近づけたら無防備だなど、灯でなくとも普通思わないだろうことはわかっている。
……それでもやっぱアカリは無防備だよ。
またもやため息つきたくなりながら、柊はさりげなく体勢を変えた。そして灯を見る。
「やれって思う」
昨日も梓と灯はアルバイトの後、一緒にギターの練習していたらしい。前よりも回数が増えたような気がする。梓が遠慮しなくなったというのもあるし、灯が以前よりも前向きに音楽を楽しむようになったというのもあるだろう。どちらも柊にとってもいいことではある。
だが、家で決して梓と灯を二人きりにさせないよう柊が目を光らせていることに梓が気づいている気もする。気づいていて、だからこそ二人きりで会えるギターの練習を増やしているように思える。
クソ兄貴め。
忌々しく思いつつ、実はそんな梓が少々嬉しかったりもするので柊としては複雑だ。
そして今、柊と灯が何の話をしているかというと、その梓から「今度、外で弾き語りしてみよう」と灯は言われたらしい。梓に無茶振りされて弾き語りしたら褒めてもらい、それは凄く嬉しかったようだが、さらなる無茶振りがきたと灯は先ほどまで説明していた。
自分だけが、と言ってもこの学校の生徒は沢山聴いているがとりあえず、自分だけが灯の歌うところを見ていたという優越感を軽く砕かれた上に音楽をもっと楽しむよう何気に提案している梓が恨めしい。
俺だってな、アカリはもっと音楽に対して積極的になるべきだって思ってんだからな。
負け犬のように心の中で吠えてから、ひたすら「梓め」とまた思う。そして柊としてもやればいいと思う。
「やれって思うぞ、俺も」
柊はもう一度繰り返した。そして灯を見る。
「その時、お前は何て答えたんだよ」
「それはまだ無理って必死になって頭ぶんぶん振った」
ああ、想像がつく。
柊は微妙な顔になって思った。大方、真っ赤な顔をしてあわあわとしていたのだろう。それを見ていた梓の心情を思うと微妙にならざるを得ない。恐らく、ひたすらかわいいと思っただろう。そして「また無防備に」とも思っただろう。
「キスとかされた?」
「な、な、何でっ? どこからそーなんだよ、されてないよ!」
されてないのか、と柊はさらに微妙になる。
……まぁ、何だ。お疲れ、兄貴。
告白と同時にキスという、柊からしたら光の速さで手を出した印象しかなかったが、意外にも梓は堪えているのかもしれない。
柊にやたらと遠慮なんてつまらないことを無意識だろうがしてたくせに、梓は一見軽そうなところがある。過去にも何度か家に幾人かの彼女を連れ込んでた記憶はちゃんと柊の中に残っている。恐らく相手はいつも同じ歳だったような気がする。もっと昔だと年上っぽい人もいたかもしれない。
相手が自分と同性の男だというのもあるだろうが、今までや告白をした時のように息をするかの如くサラリと手を出さないのは、多分灯の性格が一番大きいだろうなとは思う。それもあって、柊も梓が速攻キスをしでかしたと聞いた時は昔の彼女たちのことを知っていても驚いた。
その上、梓は柊や灯と年齢にすれば三つしか変わらないが、年下というだけでなく大学生と高校生ではやはり少々勝手も違うのだろう。
少しばかり同情していると灯が「でも二人でいると何か……いじわ……あ、いや、やっぱ何でもない」と赤い顔を逸らしながら言いかけて止めてきた。
よし、クソ兄貴、とりあえずは暫くそのままひたすら我慢しやがれ。
同情していたはずの柊は笑顔を固まらせつつ心の中で思った。
「どう思う?」
もちろんやるべきだ、と心の中では即答した。だがそれと同時に「梓め」という気持ちが沢山の風船のように次々湧き上がっては脳のどこかへ消えていく。
「シュウ?」
柊を見て灯が怪訝そうに顔を覗き込んできた。この間、家で梓が「灯ちゃんってさ……」と苦笑していた時のことを柊は思い出す。
「……何」
「あー、いや。やっぱいいや」
「はぁっ? 言いかけて止めるとかムッツリかよっ?」
「何で言いかけて止めたらムッツリになんだよ」
「煩い。アカリが何だよ!」
怪訝な顔で聞いてきた梓に対して柊はさらに聞き返した。梓が言いかけて止めたことで、灯にろくでもないことでもやらかしたのではないかと即、頭に浮かんだ自分の方がムッツリなのではという自問に対しては思い切り柊は流す。
「いや、何て言うか……無防備だよなって。本人わかってない分、余計にさ」
「……あぁ、それ……」
普段から柊が灯に対して思っていることだけに、さすがに「何かしたのかよ」とは思わなかった。
むしろわかりみしかない……。
今、灯に覗き込まれたことで改めて柊は思った。もちろん今も灯にはそんな意識ないし、そもそもわかっていないだろう。まさか柊が覗き込む灯に対して心臓をやたらめったら鼓動させているとは確かに思わないだろう。
それだけに本当に無防備だ。こちらの気持ちを軽率に乱してくる。その上、このまま少し顔を近づけるだけでキスしてしまえる。
「……はぁ」
「え、何でため息? 呆れてる? まあ俺がするっての、ちょっとアレだもんな。うん。止めとけってことだよな」
「ちげーよ、何わかった風に言ってんだよアカリ。わかってねえからな」
そして家で梓が苦笑しながらそんなことを言ってきたということは、梓に好きだと言われたにも関わらず灯はこういったことを梓にもやらかしているのだろう。もちろん、柊に対してよりは意識してはいるだろうが、それでもちょくちょく無防備なところを見せているのだろう。
「……梓め」
灯にではなく、梓にそしてムッとする。
「え、何?」
思わず呟いた柊に、灯がますます顔を近づけてきた。
わかっている。梓ならまだしも、柊は灯の親友だ。男同士の親友に対して顔を近づけたら無防備だなど、灯でなくとも普通思わないだろうことはわかっている。
……それでもやっぱアカリは無防備だよ。
またもやため息つきたくなりながら、柊はさりげなく体勢を変えた。そして灯を見る。
「やれって思う」
昨日も梓と灯はアルバイトの後、一緒にギターの練習していたらしい。前よりも回数が増えたような気がする。梓が遠慮しなくなったというのもあるし、灯が以前よりも前向きに音楽を楽しむようになったというのもあるだろう。どちらも柊にとってもいいことではある。
だが、家で決して梓と灯を二人きりにさせないよう柊が目を光らせていることに梓が気づいている気もする。気づいていて、だからこそ二人きりで会えるギターの練習を増やしているように思える。
クソ兄貴め。
忌々しく思いつつ、実はそんな梓が少々嬉しかったりもするので柊としては複雑だ。
そして今、柊と灯が何の話をしているかというと、その梓から「今度、外で弾き語りしてみよう」と灯は言われたらしい。梓に無茶振りされて弾き語りしたら褒めてもらい、それは凄く嬉しかったようだが、さらなる無茶振りがきたと灯は先ほどまで説明していた。
自分だけが、と言ってもこの学校の生徒は沢山聴いているがとりあえず、自分だけが灯の歌うところを見ていたという優越感を軽く砕かれた上に音楽をもっと楽しむよう何気に提案している梓が恨めしい。
俺だってな、アカリはもっと音楽に対して積極的になるべきだって思ってんだからな。
負け犬のように心の中で吠えてから、ひたすら「梓め」とまた思う。そして柊としてもやればいいと思う。
「やれって思うぞ、俺も」
柊はもう一度繰り返した。そして灯を見る。
「その時、お前は何て答えたんだよ」
「それはまだ無理って必死になって頭ぶんぶん振った」
ああ、想像がつく。
柊は微妙な顔になって思った。大方、真っ赤な顔をしてあわあわとしていたのだろう。それを見ていた梓の心情を思うと微妙にならざるを得ない。恐らく、ひたすらかわいいと思っただろう。そして「また無防備に」とも思っただろう。
「キスとかされた?」
「な、な、何でっ? どこからそーなんだよ、されてないよ!」
されてないのか、と柊はさらに微妙になる。
……まぁ、何だ。お疲れ、兄貴。
告白と同時にキスという、柊からしたら光の速さで手を出した印象しかなかったが、意外にも梓は堪えているのかもしれない。
柊にやたらと遠慮なんてつまらないことを無意識だろうがしてたくせに、梓は一見軽そうなところがある。過去にも何度か家に幾人かの彼女を連れ込んでた記憶はちゃんと柊の中に残っている。恐らく相手はいつも同じ歳だったような気がする。もっと昔だと年上っぽい人もいたかもしれない。
相手が自分と同性の男だというのもあるだろうが、今までや告白をした時のように息をするかの如くサラリと手を出さないのは、多分灯の性格が一番大きいだろうなとは思う。それもあって、柊も梓が速攻キスをしでかしたと聞いた時は昔の彼女たちのことを知っていても驚いた。
その上、梓は柊や灯と年齢にすれば三つしか変わらないが、年下というだけでなく大学生と高校生ではやはり少々勝手も違うのだろう。
少しばかり同情していると灯が「でも二人でいると何か……いじわ……あ、いや、やっぱ何でもない」と赤い顔を逸らしながら言いかけて止めてきた。
よし、クソ兄貴、とりあえずは暫くそのままひたすら我慢しやがれ。
同情していたはずの柊は笑顔を固まらせつつ心の中で思った。
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