絆の序曲

Guidepost

文字の大きさ
上 下
34 / 45

34話

しおりを挟む
 指を見て「頑張ったんだね」と褒められたのがとても嬉しかった。だが梓に無防備だと言われたことに関して、灯としてはどうすればいいのかと少々困惑する。
 無防備、とは。いくら灯でも、梓が恋愛的な意味で言ったのであろうことはわかる。わからないのは、何を指してそう言ったのかだ。別に肌を露出したわけではないし、そもそも灯は男だ。露出もへったくれもない。梓にやたらベタベタとくっついた覚えもない。
 とはいえ「何がどう無防備なんですか?」とストレートに聞けるわけもない。
 ひたすら戸惑っていると、だが梓は困るというより楽しそうな顔をしてきて灯をさらに困惑させてきた。つい先ほどまでは「うーん」と困った様子だったというのに、一体何が梓を楽しくさせたのか。

「……アズさん?」
「あまり無防備になっちゃ駄目だよ」
「は、はい」

 でも、何が無防備なのかわからないんです。

 そんな気持ちが出ていたのだろうか、梓が「どうしたの?」と聞いてくる。やはりどこか楽しそうだ。

「いえ……」
「例えばね、もっと警戒心持ってもいいかも」
「え?」

 梓の言葉はまるで灯の心の声を聞いたかのように聞こえる。
「ほら、じゃないと……」

 ポカンとしている灯の手を、梓はニコニコしながらスッと自分の手で持ち上げる。

「簡単にこんな風に」

 そして口元へ近づけると、少しだけ硬くなってきた、水ぶくれを繰り返したみすぼらしい指先にキスしてきた。硬くなってきている指先は、だと言うのにとても敏感に唇の感触を灯に伝えてきた。と同時にぞくりとした何とも言えない感覚が灯の中を走る。くすぐったいとかではない。もちろん嫌悪感でもない。
 その妙な感覚と、梓に唇同士ではないといえまたキスをされたという事実に灯は一気にかあっと熱くなった。
 梓はニコニコして唇を離した後に灯を見ると、何故かまた困惑したような顔で苦笑してきた。

「ほら、言ってるそばからもうそんなだ」
「……え?」
「ほんと、無防備」

 梓は灯の頭を撫でてきた。
 結局どう無防備なのかわからないまま、もうしばらく練習すると帰ることにした。

「……そういえばアズさん」

 途中までは同じ方向なので一緒に歩いており、ふと思い出して灯は梓を見上げた。

「ん?」
「シュウとは仲よくなったんですか?」
「灯ちゃん、恋愛絡みのことじゃなければ結構ズバリと聞いてくるね」

 梓があはは、と笑ってくる。

「す、すみません……」
「謝らなくていいよ。むしろどんなことでも遠慮なく口にして欲しいし」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
「仲よく、ねぇ。どうだろうな。柊はツンデレだからなぁ」
「つんでれ?」
「まぁ、俺は柊のこと、大好きだよ」
「……はい!」

 梓の言葉にはどこかゆったりとした気持ちが感じられ、灯はなんとなくホッとするものがあった。柊も何だかんだ言って、梓のことを凄く好きなのだと灯は思っている。

 結局お互いが大好きなんじゃないか。

 そう思うとそっと嬉しくなった。だが顔に出ていたらしく「何か嬉しそうだね」と笑われてしまった。

「シュウはさ、実はアズさんのこと大好きだよな」

 週末、アルバイトを終えた午後に柊が遊びに来た時、灯はニコニコしながら口にした。途端、灯と一緒にリビングでテレビを観ていた柊がとてつもなくムッとしたような表情になる。

「な、っ誰があんな馬鹿。ヘラヘラしてるくせに肝心なこと家族に黙ってて言ってもくれないし、あんなのが俺の兄貴だと思うとムカつくわ!」

 むしろ饒舌かという勢いに、灯はさらに顔を綻ばせた。

「ほら、そんな風に文句言いつつも、兄だと思ってるみたいだし」

 兄貴、と柊が言った言葉を繰り返すと柊が「ぐっ……!」と声を詰まらせてくる。

「ほんっとかわいいな! お前!」

 何ともある意味わかりやすい柊を灯が微笑ましい気持ちで見ていると、突然梓が両手を広げながら楽しげに入ってきた。

「っ? 聞いてたのかよ! つかお前なんなの? 人ん家でもいきなり現れるとかなんなの? どこでも現れてゴキブリかよ!」

 一瞬ポカンとしていた柊がハッとなり、つける限りの悪態をついている。そんな柊は楽しいが、恋には聞かせたくないと苦笑しながら「おかえりなさい」と灯は梓を見る。

「恋ちゃんは今、手を洗ってるよ」

 梓は灯の様子に気づいて優しげに微笑んできた。

「どーなってんだよ」
「アズさん、恋とデートしてたんだよ」
「は?」

 母親が休日出勤することになってしまい、灯はアルバイトを休もうと思っていた。だがそれを知った梓が「予定何もないから」と恋の面倒を見ることを引き受けてくれたのだ。アルバイトは午前中だけだが、一応梓には家の鍵を預けておいた。

「は? 何だよそれ。それなら俺がレンちゃんの面倒見たのに!」
「シュウに言う前にアズさんからたまたま連絡あって」
「悪いな、柊。でも安心しろ。恋ちゃんはちゃんとエスコートしてきたぞ」
「お前の言い方はいちいち腹立たしいんだよ……!」

 ムッとしている柊に対して、梓はひたすら楽しそうだ。

 ……これは口喧嘩とでも言うんだろうかな。でも、やっぱり何か仲よく見える。

 苦笑しながらも灯がひたすら微笑ましく思っていると、手を洗い終えたらしい恋もリビングに入ってきた。

「あ! ひーちゃんだ!」

 そして目ざとく柊を見つけ、嬉しそうに駆けつけてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

それはきっと、気の迷い。

葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ? 主人公→睦実(ムツミ) 王道転入生→珠紀(タマキ) 全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

処理中です...