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32話
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とりあえずは梓をひたすら殴りたい。柊は膨れっ面の顔を隠すように片手で頬杖をつきながら思った。いや灯を、言い方は悪いが譲った時点でそうなることも込みではあるのだろうが、それでも早速過ぎだろうと微妙になる。
とはいえ灯の様子から最初は行き着くところまでやらかしやがったのかと思ったことに比べれば、かわいいものなのだろう。
だろうけど、クソ。やっぱ手ぇ早すぎじゃね? 告白してすぐキスかよと羨まし……いや、呆れるわ……!
昼休み、多少人がどこかへ行っている自分たちの教室の片隅で、柊がさらに灯を追及したら、返事はしていないという。
「俺……何かもう一杯一杯で……情けないけどこういうの慣れてないのもあって……」
しどろもどろになりながら赤い顔で何とか口にしてくる灯は正直かわいかった。
確かに諦めた。だが灯に思わず「後遺症」などと口走ったように、さすがに諦めたからといって即気持ちがどこかへ消えてなくなるわけではない。ゆっくり風化していくものなのだろうが、昨日の今日くらいの早さでは柊もどうしようもない。
「好きとかもわかんねーか? いやまぁ男同士だもんな……」
そう、何よりもそこは重要だろう。柊自身が灯を好きだったのもあってついうっかり流しそうだが、世間では当たり前ではない。
「あ、それは俺、変かもだけど気にならなかった」
「マジでか」
だというのにそこはサラッと言われ、柊はむしろ真顔になる。これは自分も勇気出してたらいけたのではないのかと柊は思ってしまった。だがその後すぐに「いや、アカリは俺のことをただでさえ恋愛事に疎いだけでなく、完全に男女関係なくめちゃくちゃ対象外に見てる」と我に返る。
ありがたいことでもあるのだが、大事な親友枠しか柊は用意されていない。それだけは前からものすごく伝わってきていた。
「多分、俺は女の子が好きなんだと思うけど……」
つか、そんなかわいい様子で女の子が好きとか言うな、ギャップ萌えする。
ひたすら赤い顔で困ったように何とか説明しようとする灯に、柊の発想が少々変な方向へ行ってしまう。
「……シュウ?」
「え? ああ、何でもねーよ。続けて」
「そうか? えっと、思うってのはまぁシュウも知ってるだろけど俺、ちゃんと誰かを好きになったことなくてはっきり断言できないというか……でもいいなって昔思ったことある子って女の子だったから多分、俺が好きなのは女の子だろうなっていう……」
恐らく一杯一杯になり戸惑っているからこその発想なのだろうなと柊は思った。心当たりしかない。
柊も灯が好きなのだと気づいた時は自分の性癖について自分でかわいそうになるくらい考え込んだ。
「だから女の子が好きなんだと思うんだけど、でもアズさんに対しては不快とかそういうのは全然なくて。むしろアズさんみたいな人が何で俺なんかにとか思った」
「は? 待て。俺なんかにって何だよ。お前なぁ、ちょっと自分のこと低く見すぎだろ……」
むしろ梓なんかにだわ、と柊はムッとする。
「いや、別に俺、自分のこと低く見てないよ」
「見てんだろ」
「見てないってば。俺、そんな普段から卑屈なのか?」
「……いや、卑屈じゃないけど……」
音楽に関すること以外は前向きだし、しっかりしているので皆の兄貴分みたいなところすらある。
そう考えて一瞬柊的に嫌な発想が湧く。大好きな音楽に関してだけは、こちらがもどかしく感じる程後ろ向きというか控えめだ。
大好きな。
……いやいや、別にだからといって音楽と兄貴が一緒なわけねーだろ。
そもそも柊は諦めたのだ。むしろここは大人になりたいのなら、その発想に至って「やっぱり両思い決定じゃないか」と喜ぶところだろと自分に呆れる。
「……まぁこれから大人になるわけだから。これからだし。それにやっぱあいつムカつくし」
「え? 何?」
心の中で呟いていたつもりが口に出していたようだ。幸い小さな声だったのか灯には聞かれていない。
「何もねーよ。とりあえずあいつ相手にお前なんかっていう考え止めろ」
これから大人になるなどといった目標、いくら諦めるといえども灯には聞かれたくない。ついでに梓にも聞かれたくない。というか誰にも聞かれたくない。
「う、ん。わかった。……それでも俺、どうしていいかわからなくて」
「どうしてって?」
「……返事」
「あー……」
お互い好きなら上手くいって欲しいとは、一応辛うじてほんの少し、ミトコンドリア程度の大きさくらいには柊も思っている。一応。
ただ、これから大人になる予定のまだまだ未熟者である柊としては腹立たしさのほうがまだまだ大きい。第一、灯の気持ちがまだはっきりしていないなら梓に完全に委ねる気はないな、とものすごく思う。
もちろん諦めるし、いずれ灯が自分の気持ちに気づくならその時は応援する。だが今はまだそうではないし、柊も後遺症がある。
……ってことで兄貴は勝手にがんばれよ。
「お前がしたいようにすればいいんだよ。つき合いたいとか好きとかわからねーなら、今はまだそのままでいいんじゃないか」
「そ、そんなでいいのかな……」
「梓は返事、強要してきたか?」
「まさか! アズさんはそんな人じゃないし、返事は急がないからって……」
無自覚でも灯の梓への信望というのだろうか、尊敬の念は強いよなと柊は微妙な気持ちになる。
「だったらその通りでいいじゃないか」
「……でも……何か失礼じゃ……」
「気持ちがわかってないのに適当に返事するほうが駄目だろ」
「そ、そっか……」
「そうそう」
本来、柊はモテているし実際外見もいい。そして今はそれに相応しいようなとてもいい表情で灯に笑いかけた。
とはいえ灯の様子から最初は行き着くところまでやらかしやがったのかと思ったことに比べれば、かわいいものなのだろう。
だろうけど、クソ。やっぱ手ぇ早すぎじゃね? 告白してすぐキスかよと羨まし……いや、呆れるわ……!
昼休み、多少人がどこかへ行っている自分たちの教室の片隅で、柊がさらに灯を追及したら、返事はしていないという。
「俺……何かもう一杯一杯で……情けないけどこういうの慣れてないのもあって……」
しどろもどろになりながら赤い顔で何とか口にしてくる灯は正直かわいかった。
確かに諦めた。だが灯に思わず「後遺症」などと口走ったように、さすがに諦めたからといって即気持ちがどこかへ消えてなくなるわけではない。ゆっくり風化していくものなのだろうが、昨日の今日くらいの早さでは柊もどうしようもない。
「好きとかもわかんねーか? いやまぁ男同士だもんな……」
そう、何よりもそこは重要だろう。柊自身が灯を好きだったのもあってついうっかり流しそうだが、世間では当たり前ではない。
「あ、それは俺、変かもだけど気にならなかった」
「マジでか」
だというのにそこはサラッと言われ、柊はむしろ真顔になる。これは自分も勇気出してたらいけたのではないのかと柊は思ってしまった。だがその後すぐに「いや、アカリは俺のことをただでさえ恋愛事に疎いだけでなく、完全に男女関係なくめちゃくちゃ対象外に見てる」と我に返る。
ありがたいことでもあるのだが、大事な親友枠しか柊は用意されていない。それだけは前からものすごく伝わってきていた。
「多分、俺は女の子が好きなんだと思うけど……」
つか、そんなかわいい様子で女の子が好きとか言うな、ギャップ萌えする。
ひたすら赤い顔で困ったように何とか説明しようとする灯に、柊の発想が少々変な方向へ行ってしまう。
「……シュウ?」
「え? ああ、何でもねーよ。続けて」
「そうか? えっと、思うってのはまぁシュウも知ってるだろけど俺、ちゃんと誰かを好きになったことなくてはっきり断言できないというか……でもいいなって昔思ったことある子って女の子だったから多分、俺が好きなのは女の子だろうなっていう……」
恐らく一杯一杯になり戸惑っているからこその発想なのだろうなと柊は思った。心当たりしかない。
柊も灯が好きなのだと気づいた時は自分の性癖について自分でかわいそうになるくらい考え込んだ。
「だから女の子が好きなんだと思うんだけど、でもアズさんに対しては不快とかそういうのは全然なくて。むしろアズさんみたいな人が何で俺なんかにとか思った」
「は? 待て。俺なんかにって何だよ。お前なぁ、ちょっと自分のこと低く見すぎだろ……」
むしろ梓なんかにだわ、と柊はムッとする。
「いや、別に俺、自分のこと低く見てないよ」
「見てんだろ」
「見てないってば。俺、そんな普段から卑屈なのか?」
「……いや、卑屈じゃないけど……」
音楽に関すること以外は前向きだし、しっかりしているので皆の兄貴分みたいなところすらある。
そう考えて一瞬柊的に嫌な発想が湧く。大好きな音楽に関してだけは、こちらがもどかしく感じる程後ろ向きというか控えめだ。
大好きな。
……いやいや、別にだからといって音楽と兄貴が一緒なわけねーだろ。
そもそも柊は諦めたのだ。むしろここは大人になりたいのなら、その発想に至って「やっぱり両思い決定じゃないか」と喜ぶところだろと自分に呆れる。
「……まぁこれから大人になるわけだから。これからだし。それにやっぱあいつムカつくし」
「え? 何?」
心の中で呟いていたつもりが口に出していたようだ。幸い小さな声だったのか灯には聞かれていない。
「何もねーよ。とりあえずあいつ相手にお前なんかっていう考え止めろ」
これから大人になるなどといった目標、いくら諦めるといえども灯には聞かれたくない。ついでに梓にも聞かれたくない。というか誰にも聞かれたくない。
「う、ん。わかった。……それでも俺、どうしていいかわからなくて」
「どうしてって?」
「……返事」
「あー……」
お互い好きなら上手くいって欲しいとは、一応辛うじてほんの少し、ミトコンドリア程度の大きさくらいには柊も思っている。一応。
ただ、これから大人になる予定のまだまだ未熟者である柊としては腹立たしさのほうがまだまだ大きい。第一、灯の気持ちがまだはっきりしていないなら梓に完全に委ねる気はないな、とものすごく思う。
もちろん諦めるし、いずれ灯が自分の気持ちに気づくならその時は応援する。だが今はまだそうではないし、柊も後遺症がある。
……ってことで兄貴は勝手にがんばれよ。
「お前がしたいようにすればいいんだよ。つき合いたいとか好きとかわからねーなら、今はまだそのままでいいんじゃないか」
「そ、そんなでいいのかな……」
「梓は返事、強要してきたか?」
「まさか! アズさんはそんな人じゃないし、返事は急がないからって……」
無自覚でも灯の梓への信望というのだろうか、尊敬の念は強いよなと柊は微妙な気持ちになる。
「だったらその通りでいいじゃないか」
「……でも……何か失礼じゃ……」
「気持ちがわかってないのに適当に返事するほうが駄目だろ」
「そ、そっか……」
「そうそう」
本来、柊はモテているし実際外見もいい。そして今はそれに相応しいようなとてもいい表情で灯に笑いかけた。
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