絆の序曲

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29話

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 幼女相手に物凄く泣いてしまった。我に返った時、柊の落ち込み具合は二重の意味で半端なかった。
 小さな恋のことは本当の妹のようにかわいがっているし大好きだ。だからといって、いや、だからこそだろうか。声を上げてはいないものの大泣きしたとしか思えない自分が居たたまれない。
 あの後とりあえず落ち着いた柊はどうやって主に自分を誤魔化し、恋に「バイバイ」と別れの挨拶をしたのかすら定かではない。自宅へ戻ってからも、失恋が明確になったという事実や自分が大切な二人から置いていかれるように思えたことと、恋の前で泣いてしまった事実に挟まれ、色んな意味で泣きたくなった。
 ただ恥を忍びつつ、改めて恋がとてもしっかりとしたいい子だなと癒されたのも事実だ。

 ……スゲー頭撫でられて大丈夫大丈夫って慰められたぞ俺……。

 再度居たたまれなさに包まれながらも、妙に感動する。小学生にもなっていない恋のある意味男前っぷりにだろうか。

「はーぁ……」

 ベッドに雪崩れ込み、柊は深く息をはいた。しっかりしろ、とそして自分に言い聞かせる。

 恋ちゃんに慰められて情けねぇ情けねぇってばっか脳内連呼してんじゃねーぞ俺。大人になりたいんじゃねーのか。

 そう思うならもっと前見据えてしゃんとしろと自分を叱咤する。さすがに先ほどのこと過ぎて傷を癒すにはまだ全然時間が足りないが、せめて無理やりにでも建設的なことを考えるか、いっそ別のことを考えたい。
 とりあえず、もしあの二人がつき合うとして……と考えた途端に胸が痛む。

「っ進まねーな……!」

 自分にイラッとしながら続けた。つき合うとしても、決して自分が置いていかれるわけではないのだと言い聞かせる。
 ――少なくとも灯からは。
 灯はずっと柊を親友として親しんでくれている。例えつき合う相手ができたとしても、あの灯が親友としてそばにいてくれなくなることはない。

「とはいえあいつ、今まで誰ともつき合ったことねーしな……逆上せて俺のことそっちのけであのクソ梓に夢中になってとか……」

 失恋したては思考が基本マイナスになるよう脳がカスタマイズしているのだろうか。軽率に自分にとって痛いことばかり発想してくる。今、自分が思ったことだけでなく、前に灯が文化祭でギターを演奏しながら歌っていた時に感じた心許無さまで思い出しさらに打ちのめされ、柊は枕に顔を埋める。

「……クソ。とりあえずあれだ、俺だって灯のせいで今までまともにつき合ってねーけど溺れないぞ。絶対誰かとつき合っても灯は最重要とばかりに大事に……っていやいや、駄目だろそれはそれで何か……」

 最早、自分が何を考えたいのかもわからなくなりそうだ。いや、そもそも灯がつき合うとは限らない。確かに梓に対しては他の誰かに対してと違っていたようにしか柊からは見えなかったが、それは梓に対しても妙に意識をしていた柊がそう見えていただけなのかもしれない。
 もしくは実際灯が無自覚だろうが梓に対してそういう意識をしていても、あの恋愛音痴が梓とサラッとつき合ってイチャイチャするようには見えない。

「もしそうでも俺はこれ以上協力してやんねーからな、兄貴……」

 こちとら失恋の痛手を抱え中なのだ。

 ……兄貴、か……。

 置いていかれる気がとてもしてしまうのは多分梓のせいだ。ゆくゆくは家を出ようとしている梓に反発するようになったのも、そもそも不安から来ている。
 血が繋がらなくても兄は兄だ。柊はずっとそう思っている。だがどこか一歩引いたような梓に気づいてからは不安もずっと抱えている。家を出てしまうと、もしかしたら繋がりがなくなり、他人のようになってしまうのではないか、と。
 そんなことないと否定しても否定しても、どこかで「踏み込んでこない梓だから、もしかしたらこのまま……」と考えてしまうのだ。
 あんなヘタレ兄のせいで不安になるだけじゃなく、灯も恐らく取られ、その上恋の前で泣く羽目になった。落ち込むよりも梓に対して腹を立ててやろうかと柊は舌打ちした。悲しい気持ちよりも怒りのほうがまだ立ち直りやすそうな気がする。

「悪いけど初めて柊に譲らない。きっとお前が一番欲しいものだろうけど、譲らない」

 だが梓に言われた言葉が過った。譲らないと言われて嬉しいなど、マゾかと言いたくなる。なのに沢山悲しくて居たたまれなくてつらい中、この言葉だけはやはりどうしたって嬉しいのだ。

「馬鹿野郎……こういう時に思い出させんなよな……クソ兄貴……」

 お陰で思い切り腹を立てて感情をそちらへぶつけようと思ったのにまた泣けてきた。

「あーっもう畜生……!」

 これでせめて成人でもしていればヤケ酒なんて方法でもあっただろうに、高校生でしかない自分もまた何というか微妙だし忌々しいし成人している梓がますます腹立たしい。ヤケコーラやヤケサイダーは痛すぎるし、そもそもそれでは大したヤケになっていない感じしかしない。
 テニスでもして発散するにしても中途半端な時間過ぎて発散する場所がないし、こんな目を腫らしている状態を誰かに見られてこれ以上情けない姿を晒すのも嫌だ。
 これが梓や灯だったら一人でギター弾いたりして発散できるのだろうかとふと思ってまた胸が痛んだ。

「……クソ。俺、何もねーのかよ」

 後ろ向きになりたくないと何とか色々考えようとして、失恋の痛手と二人から置いて行かれるような寂しさ、そして幼女に慰められる情けなさだけでなく別途自己嫌悪までこのままだと加わりそうだ。
 ふとその時、文化祭でギターを演奏している灯ではなくおでんを作っている灯が浮かんだ。そういえばと柊はベッドから起き上がる。
 灯は料理を当たり前のようにするし実際美味い。梓は一人暮らしを考えているらしいくせに料理ができない。

「……これはあれじゃないか……? 俺、料理多少できるようになって、ちょいちょい灯に教えてもらえばギターやってる二人の時のような寂しさねーし、梓にも何かこう、やり返したった感湧くんじゃねーのか?」

 多分やはり傷心は思考をマイナスになるよう脳をカスタマイズしているのかもしれない。後ろ向きにならないよう、前向きになろうと考えた結果、何かをしようというのは前向きかもしれないがある意味とてつもなく後ろ向きな発想に、柊はようやく楽しげにニヤリと笑った。
 そうとなれば早速、と柊は部屋を出て台所へ向かった。灯に教えてもらう口実はまたおいおい考えるにしても、全く何もできないよりは多少できておいたほうがいいだろうと冷蔵庫を覗く。
 だが冷蔵庫の中にあるものから何をどうすればどうなるのかが全く頭に湧かない。一応野菜室を見た時に「野菜炒めだな」と適当にいくつかの野菜を取り出したはいいが、それらをどう切っていいかもよくわからなかった。
 とりあえずよかったことは母親が帰ってきて「何やってるの……」と驚かれた時に偶然玉ねぎを切っていたことだろうか。涙をボロボロ流しながら柊は「玉ねぎヤベー……」としか言えなかったが、お陰で散々泣いていたことはバレずに済んだ。
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