絆の序曲

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27話

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 灯の部屋まで来ると、梓はドアをノックした。すると中から少しくぐもった声で「シュウ? 戻ってきたの? 入っていいよ」と返事が聞こえる。柊じゃなくてごめんねと苦笑しながら梓がドアを開けると、ベッドに横になっている灯がポカンと梓を見ていた。

「あ、アズさんっ?」
「勝手に入ってごめんね、灯ちゃん。一応柊から……」

 とりあえず鍵を預かったことを言おうとすると、灯がベッドから飛び起きてきた。

「ちょ、具合悪いんだろう? 寝てて」

 梓は慌てて駆け寄り、灯をベッドへ戻させる。

「あ、いえ……シュウが心配してくれるのはありがたいんですけど大げさなだけで、俺は横にならなきゃいけないほど悪くないですよ」

 苦笑する灯の顔色はだが、梓が記憶しているよりも青白く見える。

「柊も、ほぼよくなったって言ってたけど……久しぶりに見た俺からすると顔色、よくないよ。休んで」
「は、はい。その……シュウが連絡してくれたんですか? 大学、忙しいのに心配かけてすみません」

 素直にベッドの中へ入りながら灯が申し訳なさそうに俯いた。そんな灯に罪悪感が募る。
 改めてちゃんと説明しないと、と思いつつ今はまだ本調子ではなさそうな灯にはとりあえず違うことをまず伝えたいと梓はベッドに座っている灯の手をとった。

「……その、灯ちゃん。それはもういいんだ。また後日そのことは話させて欲しいんだけどね、とりあえずまた、君の時間、俺に割いて貰ってもいいかな」

 手をとられるがままポカンとしていた灯が驚いたように梓を見上げてくる。

「また、ギター……教えてくれるんですか?」

 そしてすぐに嬉しそうに微笑んできた。ああ、かわいいなと梓も微笑む。

「ギターもそうだけど、俺自身が灯ちゃんとの時間、欲しくて」
「……時間?」
「そう。君が好きなんだ」
「好き? あ、ああ! 俺もアズさん好きです、けど……」

 好きという意味を恐らく友好的なものとして捉えたのだろう。ピンときたような表情の後に灯は嬉しそうに同意してきた。そしてすぐに「それと時間とはどういう?」とでも思ったのだろう。またポカンとしている。豊かな表情はあまりに素直でわかりやすかった。そういう部分がまた愛しいと梓は思う。
 ただ、灯が恋愛関係に疎そうな感じがひしひしと伝わってくる。

 ……いきなりごめんね。

 内心謝りつつも躊躇することなく梓は灯に顔を近づけた。

「こういう意味の好き」

 囁くとそのまま灯の唇にキスした。

「……え」

 時間がどうやら停止してしまったらしい灯だったが、ようやくじわりと動き出したようで、それと共に青白かった顔色が赤く染まった。そっと触れるだけのキスだというのに梓までドキドキしてくる。とりあえずニコニコ微笑んだ。

「どんな好きか伝わったかな。もっとしっかり伝えたほうがいい?」
「え、あ……そ、その」

 灯の顔がさらに真っ赤になる。だがまだどこかポカンとしている様子に、まだまだ先は長そうだなと梓は内心苦笑した。少なくとも嫌がられてはいない気はすると勝手に解釈し、梓は灯を静かに抱きしめた。どうしても伝えたいと思ったのだ。 

「いきなりごめんね。でも灯。俺は君の持つ音楽の心を含めた、君の全部が好きなんだ。こんなに心が惹かれたのは初めてなんだよ」

 囁くように伝えた後、梓は一旦抱擁を解いた。灯はまだポカンとしている。一気に進め過ぎたのかなと梓が苦笑していると、ノックが聞こえた。

「は、いっ?」

 ハッとしたように灯が答えるが、少々うわずった声になっている。

「灯? やっぱりまだ具合悪いの……?」

 その声に勘違いしたのか、灯の母親が心配そうに入ってきた。

「お、お母さんっ? な、んで」
「柊くんが連絡くれたの。もう恋も迎えに行ったからあなたはそのまま寝てなさい。こんにちは、梓くん。お見舞いかしら。どうもありがとう」

 母親はてきぱきとした様子で話しながら、持ってきた紅茶のカップを二人分、トレーのままベッド横のサイドボードに置いた。

「わざわざすみません。ありがとうございます」
「いえいえ。玄関先で柊くんに会ったんだけど、ゆっくりしていってって言ったら用事があるみたいで。灯、ちゃんと 梓くんにお礼は言ったの? あと柊くんにも言いなさいね」
「えっ、あ、う、うん」
「……大丈夫? あら、でも顔色はいいわね、よかった。梓くんは時間大丈夫ならゆっくりしていってくださいね」
「はい」

 ホッとしたように灯を見てから、母親は梓に微笑んできた。

 顔色はいいというか、多分俺のせいです。息子さんに勝手してすみません。

 内心でそう思いつつも梓もニコニコ微笑んだ。
 灯の母親が部屋を出て行った後も灯はどこか呆然としたような顔で呆けている。

「灯? 大丈夫?」

 わざと顔を近づけて聞くと、ハッとしたように少し後退りしてきた。そして壁に頭をぶつけている。顔は少し赤みが治まってきていたのがまたぶり返していた。

「ひどいなあ。俺、もしかしたら嫌われたかな」

 嫌われている風には少なくとも感じないが、梓がニコニコしながら口にすると、灯はぶんぶん頭を振ってきた。そして少しクラクラしている。

「灯ちゃん、まだ本調子じゃないんだし、無理しないで」

 さすがにやり過ぎたかなと梓が慌てて灯を支えると、灯は身を少し強張らせながら「だ、大丈夫です」と答えてくる。

「それに、嫌いだなんて……そんなこと絶対……」
「ほんと? じゃあ好き? さっき灯ちゃんが言ってくれた好きはでも親愛の好きだよね」
「あ、はひ……」

 頭がちゃんと働いていないようなのに、健気にも嫌いじゃないと答えようとしてくる灯がかわいくて、梓はまた優しく抱きしめた。すると灯の返事が少々おかしなことになっている。一杯一杯なんだろうなぁと抱きしめながら思う。
 今すぐの返事は求めていない。この先のことを梓は元々考えていなかった。家を出ようくらいしか考えていなかった。
 でもこうしてちゃんと灯に伝えただけで未来が明るくなった。きっと楽しい、そう思えた。それだけでも十分過ぎるくらいだった。
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