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21話
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「え」
梓は思わずポカンとしていた。柊が自分のクラスが文化祭でやったおでんを梓に持って帰ってきただけでも十分驚きに値したが、それよりもっと驚くことがあった。
「灯ちゃん、演奏して歌ったんだ」
「ああ」
めちゃくちゃ聞きたい。
とりあえず即思った。灯の演奏は何度も練習して聞いているが、歌っているところは見たことすらない。
「お前も聞いたことないんだろ」
柊がどこか得意そうな様子で言ってくる。一体何の対抗意識だと少しおかしく思いつつ、今はそれよりも柊に聞きたいことがあった。
「動画は」
「は?」
「動画。撮ってるんだろ?」
羨ましがる暇もなく速攻で聞けば、柊がポカンとした後に「まず悔しがれよ……」と呟いている。どうやら悔しがって欲しかったようだ。
こちとら、灯に会うどころかアルバイトですれ違うことすら控えているのだ。せめて歌っているところくらいは見たがっていいだろと、自分で勝手に控えているだけのくせに梓は思う。いや、本当なら柊から話を聞いても「そうなんだ」程度の反応にしておくべきなのだろうが、仕方ない。とても見てみたかった。
「……お前さ……」
渋々といった風に携帯電話を操作している柊がじろりと梓を見てくる。何だろうと梓も柊を見れば、言いたくないといった表情をした後に続けてきた。
「ギター教えてる時にアカリに頼めばあいつ、お前相手だったら歌ってくれそうだろ。何も俺に頼まなくても」
どうやら梓だったら灯は歌ってくれるだろうと口にするのが忌々しかったらしい。かわいいなと内心思いつつ、そんな風に自分の気持ちに向き合えている柊を羨ましく思う。
「どうかな……結構嫌がられるよ」
「……。ほら、これ」
物言いたげな目で梓を見てきた後に、柊が携帯電話を差し出してきた。
「スマホでも結構綺麗に撮れてんな」
呟きながら動画を見た。画面の中で灯が楽しそうに演奏している。最初の方は少し自信なさそうに弾いていたが、段々のびのびと演奏するようになっていく。周りに合わせて時折ハッとするような笑顔を見せていた。
次の動画では灯が椅子に座ってゆっくりとした曲を弾きながら歌っている。ギターだけ聴くとまだ少々拙さはあるものの、灯の歌声と共に聴くと拙ささえも温かい気持ちになるだけでなく、ほんのりと胸が締めつけられる。
ああ、これで灯ちゃんの作った曲と詞だったらもっと胸にくるものがあっただろうな。
梓は慈しむような気持ちを覚えつつ思った。そして、やはり灯はかわいいなと思う。柊に対して感じる親愛を込めたかわいさと全然違う感情だ。
「アカリを見る目がヤバい」
じっと観ていたら柊が微妙そうな様子で言ってきた。
「普通だろ」
「いや、ヤバい」
「だって俺、まだ本気になってないよ?」
柊には「本気になりそうだから」とは前に言っている。
「目、ヤバかった」
「酷いな」
苦笑するも柊は笑い返してこない。舌打ちしながら、再生の終わった携帯電話を梓の手から奪い取る。
「あ、なあそれ、俺にもくれない?」
「やらねーよ」
「意地悪だよなあ」
「見せてやっただけでもありがたく思え」
「まあ、な」
「……つか、聞きたいなら本人に言えよ」
少しだけ気まずそうな顔をした後にまた柊がじろりと梓を見てきた。
「えー。灯ちゃんに会ってイチャイチャしていいんか」
「は? 歌から何でそーなんだよっ? 馬鹿じゃねーのか死ね」
「俺のかわいい弟は口が悪いなあ」
柊に無視されるよりは罵倒されるのであってもまだ構わないとさえ少し思っている自分に梓は微妙になる。昔はなついてくれていたことを懐かしみ、今の関係を寂しく思いつつも相手をしてくれるだけでも嬉しいのだ。
「ウザい。つか、おでん食ったのか?」
「ああ、さっき食べた。高校生の文化祭レベルじゃないくらい美味かったんだけど。凄いな!」
「……そりゃあな。あれ、アカリが作ってっからな」
「ほんとに?」
「嘘ついても仕方ねーだろ。……アカリが何か食べてもらいたそうだったんだよ」
「灯ちゃんが?」
「……別にそうは言ってねーけど、そんな風だった」
「柊が勝手に思ってるだけだろ」
「知るかよ。どのみち寂しそうだったんだよ、クソ」
「……とりあえず凄く美味しかったよ。灯ちゃんにもそう言ってくれ」
「ぉう……」
柊がまた複雑そうな顔で頷いてきた。灯の作ったおでんを食べさせることすら微妙といった感じなのだろうが、純粋に灯の作ったものを褒められるのは嬉しいのだろう。そして言いたくない食べさせたくないといった気持ちを出しつつもちゃんと伝え、食べさせてくれる。
……ほんとかわいいやつだよな。
またそう思い、やはり柊と灯が上手くいけばいいなと思った。この気持ちは嘘じゃない。他に諸々絡む感情はあるものの、偽った気持ちではなかった。
それと同時に、灯の手作り料理を食べたということに自分の気持ちが高揚しているのを感じる。自分はこんなに単純でお手軽な奴だっただろうかと梓は内心でため息つく。そしてさらに思う。
本気になりそう? まだ自覚したて? いい加減、認めろよ。
ただ、認めてもどうしようもない。柊が部屋から出て行った後をぼんやりと見ながら思う。
認めても何も変わることはない。だって柊が灯を好きなのだから。
梓は思わずポカンとしていた。柊が自分のクラスが文化祭でやったおでんを梓に持って帰ってきただけでも十分驚きに値したが、それよりもっと驚くことがあった。
「灯ちゃん、演奏して歌ったんだ」
「ああ」
めちゃくちゃ聞きたい。
とりあえず即思った。灯の演奏は何度も練習して聞いているが、歌っているところは見たことすらない。
「お前も聞いたことないんだろ」
柊がどこか得意そうな様子で言ってくる。一体何の対抗意識だと少しおかしく思いつつ、今はそれよりも柊に聞きたいことがあった。
「動画は」
「は?」
「動画。撮ってるんだろ?」
羨ましがる暇もなく速攻で聞けば、柊がポカンとした後に「まず悔しがれよ……」と呟いている。どうやら悔しがって欲しかったようだ。
こちとら、灯に会うどころかアルバイトですれ違うことすら控えているのだ。せめて歌っているところくらいは見たがっていいだろと、自分で勝手に控えているだけのくせに梓は思う。いや、本当なら柊から話を聞いても「そうなんだ」程度の反応にしておくべきなのだろうが、仕方ない。とても見てみたかった。
「……お前さ……」
渋々といった風に携帯電話を操作している柊がじろりと梓を見てくる。何だろうと梓も柊を見れば、言いたくないといった表情をした後に続けてきた。
「ギター教えてる時にアカリに頼めばあいつ、お前相手だったら歌ってくれそうだろ。何も俺に頼まなくても」
どうやら梓だったら灯は歌ってくれるだろうと口にするのが忌々しかったらしい。かわいいなと内心思いつつ、そんな風に自分の気持ちに向き合えている柊を羨ましく思う。
「どうかな……結構嫌がられるよ」
「……。ほら、これ」
物言いたげな目で梓を見てきた後に、柊が携帯電話を差し出してきた。
「スマホでも結構綺麗に撮れてんな」
呟きながら動画を見た。画面の中で灯が楽しそうに演奏している。最初の方は少し自信なさそうに弾いていたが、段々のびのびと演奏するようになっていく。周りに合わせて時折ハッとするような笑顔を見せていた。
次の動画では灯が椅子に座ってゆっくりとした曲を弾きながら歌っている。ギターだけ聴くとまだ少々拙さはあるものの、灯の歌声と共に聴くと拙ささえも温かい気持ちになるだけでなく、ほんのりと胸が締めつけられる。
ああ、これで灯ちゃんの作った曲と詞だったらもっと胸にくるものがあっただろうな。
梓は慈しむような気持ちを覚えつつ思った。そして、やはり灯はかわいいなと思う。柊に対して感じる親愛を込めたかわいさと全然違う感情だ。
「アカリを見る目がヤバい」
じっと観ていたら柊が微妙そうな様子で言ってきた。
「普通だろ」
「いや、ヤバい」
「だって俺、まだ本気になってないよ?」
柊には「本気になりそうだから」とは前に言っている。
「目、ヤバかった」
「酷いな」
苦笑するも柊は笑い返してこない。舌打ちしながら、再生の終わった携帯電話を梓の手から奪い取る。
「あ、なあそれ、俺にもくれない?」
「やらねーよ」
「意地悪だよなあ」
「見せてやっただけでもありがたく思え」
「まあ、な」
「……つか、聞きたいなら本人に言えよ」
少しだけ気まずそうな顔をした後にまた柊がじろりと梓を見てきた。
「えー。灯ちゃんに会ってイチャイチャしていいんか」
「は? 歌から何でそーなんだよっ? 馬鹿じゃねーのか死ね」
「俺のかわいい弟は口が悪いなあ」
柊に無視されるよりは罵倒されるのであってもまだ構わないとさえ少し思っている自分に梓は微妙になる。昔はなついてくれていたことを懐かしみ、今の関係を寂しく思いつつも相手をしてくれるだけでも嬉しいのだ。
「ウザい。つか、おでん食ったのか?」
「ああ、さっき食べた。高校生の文化祭レベルじゃないくらい美味かったんだけど。凄いな!」
「……そりゃあな。あれ、アカリが作ってっからな」
「ほんとに?」
「嘘ついても仕方ねーだろ。……アカリが何か食べてもらいたそうだったんだよ」
「灯ちゃんが?」
「……別にそうは言ってねーけど、そんな風だった」
「柊が勝手に思ってるだけだろ」
「知るかよ。どのみち寂しそうだったんだよ、クソ」
「……とりあえず凄く美味しかったよ。灯ちゃんにもそう言ってくれ」
「ぉう……」
柊がまた複雑そうな顔で頷いてきた。灯の作ったおでんを食べさせることすら微妙といった感じなのだろうが、純粋に灯の作ったものを褒められるのは嬉しいのだろう。そして言いたくない食べさせたくないといった気持ちを出しつつもちゃんと伝え、食べさせてくれる。
……ほんとかわいいやつだよな。
またそう思い、やはり柊と灯が上手くいけばいいなと思った。この気持ちは嘘じゃない。他に諸々絡む感情はあるものの、偽った気持ちではなかった。
それと同時に、灯の手作り料理を食べたということに自分の気持ちが高揚しているのを感じる。自分はこんなに単純でお手軽な奴だっただろうかと梓は内心でため息つく。そしてさらに思う。
本気になりそう? まだ自覚したて? いい加減、認めろよ。
ただ、認めてもどうしようもない。柊が部屋から出て行った後をぼんやりと見ながら思う。
認めても何も変わることはない。だって柊が灯を好きなのだから。
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