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18話
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講義が終わって梓がつい欠伸していると、友人の一人である瀬河 郭夜(せがわ かぐや)がジッと梓を見てきた。
「何?」
「永尾が眠そうにしてんの、珍しいなと思ってな」
「そうかな。バイトの時間ずらした分帰り少しだけ遅くてさ。その後に何だかんだしてたら寝るのも遅くなるんだよな」
あははと軽く笑うも郭夜はまだジッと見てくる。たまたまだろうとは思うが、淡々とした郭夜に見つめられると、口にしないことまで見透かされそうな気分になる。やたら変に勘のいい嵩音に比べたらまだマシだが、少々落ち着かない。こういう時は同じく友人である野滝 朝哉(のたき ともや)のようなあっけらかんとしたタイプが楽だなと梓は内心苦笑する。
「ちょっと郭夜さん? そんな美形なお顔で見つめられたら照れるから」
「気持ち悪いこと言ってると殴るぞ」
軽い口調でふざけると郭夜が微妙な顔してきた。
「えー、ほんと郭夜ってば手が早いんだからな」
「……違う意味にも聞こえる……」
「さすがに俺と郭夜ではないだろ? 朝哉に悪いし」
「何でそこで朝哉が出てくんだよ」
郭夜がムッとしたような顔をしているが、腹を立てているというより照れているのだろうなと梓は微笑んだ。
「やめろ、慈悲深そうな眼差しと笑み」
「別にそこまでのつもりはなかったよ?」
「……まだつき合ってるわけじゃない」
「そうなの?」
今度は少しポカンとした顔を梓は郭夜に向けた。
以前、郭夜から朝哉のことが好きなのだと打ち明けられたことがある。その時は驚いたが、男同士でというよりは郭夜が朝哉を好きになったことに驚いた。郭夜がそもそも失礼な話かもだが誰かを好きになるというイメージすらピンとこなかったくらいだ。
それほどにあまり浮わついたところのない性格だと思っていたが、打ち明けられてから何となく見ていると「ああ、好きなのだな」とわかる様子もたまに窺えて、ほのぼのした気持ちになった。
おまけに朝哉のほうも次第に意識している風に感じられたし告白したであろうその後もますます仲がいいように見えていたので、てっきりもうつき合っているものだと思っていた。
「セックスはしてるけど」
「……あからさまだね」
さすがに友人同士のそういった行為はできれば想像したくない。
「まぁ、多分アイツも俺のこと好きなんだと思うけど、認めたくないとか何だかんだアイツなりにあるんだろ」
「……郭夜はそれでいいのか?」
教室を出ながら話を続ける。梓より背の低い郭夜は恐らく柊位の身長だろうなと何となく頭に過った。
「そりゃはっきりつき合ってるって言い切れるほうがいいけどな。ヤることヤってるわけだしアイツからかうのも楽しいしな、悪くはない」
「そ、そういうもの?」
「そういうもん。どのみちいずれ明確につき合う状態にするし。で、お前は何か悩んでることでもあんのか」
珍しく笑みを浮かべてきた後で郭夜がまた梓をジッと見てきた。ほんと侮れないなと内心苦笑する。
「まあ、ないわけじゃないけどね。でも大丈夫」
「ならいいけど。永尾は何でもあっけらかんと口にしそうで溜め込みそうだからな」
「何か相反してないか?」
「お前そのものだ」
「何それ」
笑った後に「ありがとうな」と梓はそっと口にした。
二人でそのまま歩いていると「次、どこよ」とどこからかやったきた朝哉が二人の間に入ってきてニコニコしている。愛嬌のある顔からはそう感じられないが、郭夜の言うようにからかうのが楽しいのかなと梓は朝哉に笑いかけた。
「朝哉、やきもち?」
「……は?」
ポカンとしいてる朝哉に梓はニッコリ続けた。郭夜はただ黙って梓と朝哉を見ている。
「いや、だってわざわざ俺と郭夜の間に入ってくるからてっきり」
まだポカンとしていた朝哉だったが、梓が何を言っているのか把握した途端、面白いほど動揺してきた。ついでに顔も赤い。
「は、はぁ? 梓何言ってんのっ? わけわかんねーこと言ってくんなよな」
これは確かに楽しい、と梓が郭夜を見れば郭夜も「だろ?」とばかりに梓を見てきた。
今日もアルバイトは遅めの時間からだった。静かな音楽が流れる中、客の談笑が時折聞こえてくる。この雰囲気がいいなと思ってここでアルバイトをしようと思った。だというのに何故こんなに味気ないのだろう。
答えをわかっていて梓は心の中で呟く。わかっていて、考えたくないというのにそうやって自分に問いかけている。自分はこんなにヘタレだっただろうかと微妙に思った。
血が繋がっていないといつの間にか知っていた弟の態度から、自分のことを避けたがっているのだろうと、梓は柊に対して以前にも増してどこか遠慮気味になってしまう。そのため、灯のことも引いたほうがいいと判断していた。まだ好きになりそうだと自覚したばかりだし問題ない、と。
だというのにカフェでその姿が見えないだけで物足りなく感じている。楽しくないと思っている。いないとわかっているどころか自分がずらしたのだというのに、何となく目であの姿を探している。でも何もできない。これがヘタレでなくて何だと言うのだろう。
今日学校で話していた郭夜をふと思い出す。親友という関係性に怯えることもなく、男同士にも関わらず、むしろ男らしく告白したのであろう郭夜を本当に凄いと思う。
男同士もそうだが、何より様々な関係を壊す可能性に梓は多分怯えてしまうのだろうと思う。養子であろうが大切に育てて貰っておきながら、何とも情けない。
……そして逃げてばかりなのか、俺は。
コーヒーを持って行った際に「最近この時間によく入ってるんですね」と二人組の女性に言われて微笑みながら、梓は内心自分の微妙さにため息ついていた。
「何?」
「永尾が眠そうにしてんの、珍しいなと思ってな」
「そうかな。バイトの時間ずらした分帰り少しだけ遅くてさ。その後に何だかんだしてたら寝るのも遅くなるんだよな」
あははと軽く笑うも郭夜はまだジッと見てくる。たまたまだろうとは思うが、淡々とした郭夜に見つめられると、口にしないことまで見透かされそうな気分になる。やたら変に勘のいい嵩音に比べたらまだマシだが、少々落ち着かない。こういう時は同じく友人である野滝 朝哉(のたき ともや)のようなあっけらかんとしたタイプが楽だなと梓は内心苦笑する。
「ちょっと郭夜さん? そんな美形なお顔で見つめられたら照れるから」
「気持ち悪いこと言ってると殴るぞ」
軽い口調でふざけると郭夜が微妙な顔してきた。
「えー、ほんと郭夜ってば手が早いんだからな」
「……違う意味にも聞こえる……」
「さすがに俺と郭夜ではないだろ? 朝哉に悪いし」
「何でそこで朝哉が出てくんだよ」
郭夜がムッとしたような顔をしているが、腹を立てているというより照れているのだろうなと梓は微笑んだ。
「やめろ、慈悲深そうな眼差しと笑み」
「別にそこまでのつもりはなかったよ?」
「……まだつき合ってるわけじゃない」
「そうなの?」
今度は少しポカンとした顔を梓は郭夜に向けた。
以前、郭夜から朝哉のことが好きなのだと打ち明けられたことがある。その時は驚いたが、男同士でというよりは郭夜が朝哉を好きになったことに驚いた。郭夜がそもそも失礼な話かもだが誰かを好きになるというイメージすらピンとこなかったくらいだ。
それほどにあまり浮わついたところのない性格だと思っていたが、打ち明けられてから何となく見ていると「ああ、好きなのだな」とわかる様子もたまに窺えて、ほのぼのした気持ちになった。
おまけに朝哉のほうも次第に意識している風に感じられたし告白したであろうその後もますます仲がいいように見えていたので、てっきりもうつき合っているものだと思っていた。
「セックスはしてるけど」
「……あからさまだね」
さすがに友人同士のそういった行為はできれば想像したくない。
「まぁ、多分アイツも俺のこと好きなんだと思うけど、認めたくないとか何だかんだアイツなりにあるんだろ」
「……郭夜はそれでいいのか?」
教室を出ながら話を続ける。梓より背の低い郭夜は恐らく柊位の身長だろうなと何となく頭に過った。
「そりゃはっきりつき合ってるって言い切れるほうがいいけどな。ヤることヤってるわけだしアイツからかうのも楽しいしな、悪くはない」
「そ、そういうもの?」
「そういうもん。どのみちいずれ明確につき合う状態にするし。で、お前は何か悩んでることでもあんのか」
珍しく笑みを浮かべてきた後で郭夜がまた梓をジッと見てきた。ほんと侮れないなと内心苦笑する。
「まあ、ないわけじゃないけどね。でも大丈夫」
「ならいいけど。永尾は何でもあっけらかんと口にしそうで溜め込みそうだからな」
「何か相反してないか?」
「お前そのものだ」
「何それ」
笑った後に「ありがとうな」と梓はそっと口にした。
二人でそのまま歩いていると「次、どこよ」とどこからかやったきた朝哉が二人の間に入ってきてニコニコしている。愛嬌のある顔からはそう感じられないが、郭夜の言うようにからかうのが楽しいのかなと梓は朝哉に笑いかけた。
「朝哉、やきもち?」
「……は?」
ポカンとしいてる朝哉に梓はニッコリ続けた。郭夜はただ黙って梓と朝哉を見ている。
「いや、だってわざわざ俺と郭夜の間に入ってくるからてっきり」
まだポカンとしていた朝哉だったが、梓が何を言っているのか把握した途端、面白いほど動揺してきた。ついでに顔も赤い。
「は、はぁ? 梓何言ってんのっ? わけわかんねーこと言ってくんなよな」
これは確かに楽しい、と梓が郭夜を見れば郭夜も「だろ?」とばかりに梓を見てきた。
今日もアルバイトは遅めの時間からだった。静かな音楽が流れる中、客の談笑が時折聞こえてくる。この雰囲気がいいなと思ってここでアルバイトをしようと思った。だというのに何故こんなに味気ないのだろう。
答えをわかっていて梓は心の中で呟く。わかっていて、考えたくないというのにそうやって自分に問いかけている。自分はこんなにヘタレだっただろうかと微妙に思った。
血が繋がっていないといつの間にか知っていた弟の態度から、自分のことを避けたがっているのだろうと、梓は柊に対して以前にも増してどこか遠慮気味になってしまう。そのため、灯のことも引いたほうがいいと判断していた。まだ好きになりそうだと自覚したばかりだし問題ない、と。
だというのにカフェでその姿が見えないだけで物足りなく感じている。楽しくないと思っている。いないとわかっているどころか自分がずらしたのだというのに、何となく目であの姿を探している。でも何もできない。これがヘタレでなくて何だと言うのだろう。
今日学校で話していた郭夜をふと思い出す。親友という関係性に怯えることもなく、男同士にも関わらず、むしろ男らしく告白したのであろう郭夜を本当に凄いと思う。
男同士もそうだが、何より様々な関係を壊す可能性に梓は多分怯えてしまうのだろうと思う。養子であろうが大切に育てて貰っておきながら、何とも情けない。
……そして逃げてばかりなのか、俺は。
コーヒーを持って行った際に「最近この時間によく入ってるんですね」と二人組の女性に言われて微笑みながら、梓は内心自分の微妙さにため息ついていた。
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