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17話
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教室を出た柊は早足で実際に一旦校門を目指した。学校が終わるまでに学校を抜け出すのは禁止だが、何も塀を飛び越えたり云々をしなくとも、校門から普通に出られる。校則も緩いのだが、あまり反抗するような生徒がいないからだろう。
柊も別に反抗したいわけではない。とはいえ今日に限らず、何度か抜け出してコンビニエンスストアでパンやおにぎりを買ったことはあった。今もとりあえずパンと紙パックのジュースを選んだ後、いらないと言われていたがついでに灯にも菓子パンを一つ買う。そしてまた普通に学校へ戻るが、さすがに授業が始まっているはずなので、そっと入って屋上へ向かう。
この屋上も、他の学校ならもっと立ち入りに厳しいだろうなと柊は思う。
「……さぶ。肉まんかホットコーヒー買えばよかった」
手頃な場所に座って食べ始めると、思わずブルリと体を震わせた後に呟く。
まだ秋ではあるが、そろそろ冬と言ってもいい気温になりつつある。柊は紙パックのジュースを微妙な顔で見てからため息ついた。そして思い切りストローで吸い込む。
「あークソ。さみぃ」
またブルリと体を震わせ、柊は空を見上げた。綺麗な青空ならよかっただろうが、あいにくどんよりした曇天で、柊はまたため息つく。
「俺と梓、そんなに似てんのか……」
灯のその言葉によって、たくさんの入り乱れた気持ちが柊の中でひしめいた。
とりあえず灯がかわいい。自分の緩んだ情けない顔を隠すのにも限界があり、つい教室を抜け出すためコンビニエンスストアへ行くなどと言っていた。
かわいいからこそ、つらくもある。自分のものにできないつらさとでも言うのだろうか。
もちろん、告白などしたこともない。手に入るもへったくれもないし、灯からはっきり断られたわけでもない。とはいえ灯にそんな感情が皆無なのは手に取るようにわかる。
いまさら男同士云々とうじうじ悩むつもりはないが、今の灯が一番気にしていることは日常のこと以外では多分梓だと思われた。
柊が灯を思うような感じで灯は梓を気にしているのではないとは思う。少なくとも今は。それでも関心が梓に行っているのだけでもつらい。恐らく梓が、灯に対して柊が持つ感情と同じ感情を持ち始めたから余計なのだろう。
いくら灯が自分と梓が似ていると思っていても、梓に敵うはずなどない。そう思えた。
だというのに、似ていると言われて嬉しくもあるのだ。
つらいのに嬉しい。自分の中がややこしい。そう思いつつ、柊はまた空を仰いだ。
「……ほら、血なんて関係ねーだろ」
そしてボソリと呟いた。
ちゃんと、兄弟なのだ。きっと一番わかってないのは梓だ。
とはいえ柊の態度もよくないことくらいはわかっている。
「あーあ」
何一つ上手くいかない気がして、さらに柊はため息ついた。
授業が終わったらしいと気づき、屋上から降りた頃には体が完全に冷えていた。柊は自分でも馬鹿だと思う。灯に、そう言っててと口にしたように途中からでも保健室へ行けばよかったのかもしれないが、正直なところ保健医が苦手なのでなるべく立ち寄りたくない。
「五月、絶対性格悪いもんな……」
教師だが普通に呼び捨てにしつつ、柊は自分の教室へ戻った。
「あ、ようやく戻ってきた」
灯が眉を上げて怒ったような顔を作りながら言ってくる。
あーあ、かわいいな……。
そんな風に思いながら「お土産」と菓子パンを渡した。差し出され、つい受け取った灯はそれを見た後に柊を見上げてくる。
「俺、いいって言った」
「せっかく買ったし、そこは後にでも食ってよ」
「……うん、ありがとーな」
困った顔をした後に灯が今度は嬉しそうに笑ってきた。自分の表情が誤魔化せなくなりそうで困るけど、それでもやはり灯には笑ってて欲しいなと改めて思う。
「でも、それとこれとは別だから。授業はちゃんと出ろよな」
「わかったわかった」
「適当に返事してるだろ」
「してないしてない」
「……もう。とりあえず今の授業のノート、いる?」
呆れたような顔をした後に灯がまた笑ってきた。
「いるいる! ありがとーな」
柊も笑みを浮かべる。すると灯がじっと柊を見てきた。
「な、何だよ」
少しドキドキしてしまう状態を誤魔化しつつ聞けば、今度は手を伸ばして柊の手をつかんでくる。即座に心臓が跳ねた。
「おい」
「やっぱり。めちゃくちゃ冷たい」
「……外にいたからな」
手をつかんできた理由としては確かに一番納得がいく。そうだろうなとは思う。それでも浅ましい自分の脳はつい一瞬ですら期待をしてしまうようだと、柊は微妙な気持ちになった。
「屋上?」
「ああ」
「何やってんだよ、まさか一時間まるまる?」
そして灯にまで微妙な顔された。
「コンビニから戻ってからは、まぁ……」
「馬鹿じゃないの……。今日は特に寒いのに、ほんと何やってんだよ。風邪ひくだろ」
さすがは妹愛する兄属性とでも言うのだろうか。灯は柊を見上げながら叱ってくる。
ただ、そんな様子すら柊にとってはかわいいので困る。思わず少し俯き加減になってしまうと灯が「え、俺、言い過ぎた?」と少し驚いた声を出してきた。おまけに顔を覗き込もうとしてくる。
本当に止めて欲しいと柊は心から思った。いや、嬉しいのだが嬉しさを全面に出せない身としてはキツい。
「いや……反省しただけ」
「……何だよ、また俺からかってただけ? 一瞬言い過ぎたのかと思っただろ」
「からかってないって」
「からかってる。シュウが俺の言葉聞いてそんな反省するとこなんて見たことない」
「だったら言い過ぎるってこともねーだろ」
「……それは……」
「何だよ」
「……なんかシュウ、ちょっと様子おかしかったような気がしてたから俺のせいで余計気分悪くなったんなら悪いなって」
様子おかしいというか落ち込んでるのはお前だろ……!
心の中でそう言い返しつつも、柊は改めて「ほんとある意味しんどい」と心臓を押さえたくなった。
柊も別に反抗したいわけではない。とはいえ今日に限らず、何度か抜け出してコンビニエンスストアでパンやおにぎりを買ったことはあった。今もとりあえずパンと紙パックのジュースを選んだ後、いらないと言われていたがついでに灯にも菓子パンを一つ買う。そしてまた普通に学校へ戻るが、さすがに授業が始まっているはずなので、そっと入って屋上へ向かう。
この屋上も、他の学校ならもっと立ち入りに厳しいだろうなと柊は思う。
「……さぶ。肉まんかホットコーヒー買えばよかった」
手頃な場所に座って食べ始めると、思わずブルリと体を震わせた後に呟く。
まだ秋ではあるが、そろそろ冬と言ってもいい気温になりつつある。柊は紙パックのジュースを微妙な顔で見てからため息ついた。そして思い切りストローで吸い込む。
「あークソ。さみぃ」
またブルリと体を震わせ、柊は空を見上げた。綺麗な青空ならよかっただろうが、あいにくどんよりした曇天で、柊はまたため息つく。
「俺と梓、そんなに似てんのか……」
灯のその言葉によって、たくさんの入り乱れた気持ちが柊の中でひしめいた。
とりあえず灯がかわいい。自分の緩んだ情けない顔を隠すのにも限界があり、つい教室を抜け出すためコンビニエンスストアへ行くなどと言っていた。
かわいいからこそ、つらくもある。自分のものにできないつらさとでも言うのだろうか。
もちろん、告白などしたこともない。手に入るもへったくれもないし、灯からはっきり断られたわけでもない。とはいえ灯にそんな感情が皆無なのは手に取るようにわかる。
いまさら男同士云々とうじうじ悩むつもりはないが、今の灯が一番気にしていることは日常のこと以外では多分梓だと思われた。
柊が灯を思うような感じで灯は梓を気にしているのではないとは思う。少なくとも今は。それでも関心が梓に行っているのだけでもつらい。恐らく梓が、灯に対して柊が持つ感情と同じ感情を持ち始めたから余計なのだろう。
いくら灯が自分と梓が似ていると思っていても、梓に敵うはずなどない。そう思えた。
だというのに、似ていると言われて嬉しくもあるのだ。
つらいのに嬉しい。自分の中がややこしい。そう思いつつ、柊はまた空を仰いだ。
「……ほら、血なんて関係ねーだろ」
そしてボソリと呟いた。
ちゃんと、兄弟なのだ。きっと一番わかってないのは梓だ。
とはいえ柊の態度もよくないことくらいはわかっている。
「あーあ」
何一つ上手くいかない気がして、さらに柊はため息ついた。
授業が終わったらしいと気づき、屋上から降りた頃には体が完全に冷えていた。柊は自分でも馬鹿だと思う。灯に、そう言っててと口にしたように途中からでも保健室へ行けばよかったのかもしれないが、正直なところ保健医が苦手なのでなるべく立ち寄りたくない。
「五月、絶対性格悪いもんな……」
教師だが普通に呼び捨てにしつつ、柊は自分の教室へ戻った。
「あ、ようやく戻ってきた」
灯が眉を上げて怒ったような顔を作りながら言ってくる。
あーあ、かわいいな……。
そんな風に思いながら「お土産」と菓子パンを渡した。差し出され、つい受け取った灯はそれを見た後に柊を見上げてくる。
「俺、いいって言った」
「せっかく買ったし、そこは後にでも食ってよ」
「……うん、ありがとーな」
困った顔をした後に灯が今度は嬉しそうに笑ってきた。自分の表情が誤魔化せなくなりそうで困るけど、それでもやはり灯には笑ってて欲しいなと改めて思う。
「でも、それとこれとは別だから。授業はちゃんと出ろよな」
「わかったわかった」
「適当に返事してるだろ」
「してないしてない」
「……もう。とりあえず今の授業のノート、いる?」
呆れたような顔をした後に灯がまた笑ってきた。
「いるいる! ありがとーな」
柊も笑みを浮かべる。すると灯がじっと柊を見てきた。
「な、何だよ」
少しドキドキしてしまう状態を誤魔化しつつ聞けば、今度は手を伸ばして柊の手をつかんでくる。即座に心臓が跳ねた。
「おい」
「やっぱり。めちゃくちゃ冷たい」
「……外にいたからな」
手をつかんできた理由としては確かに一番納得がいく。そうだろうなとは思う。それでも浅ましい自分の脳はつい一瞬ですら期待をしてしまうようだと、柊は微妙な気持ちになった。
「屋上?」
「ああ」
「何やってんだよ、まさか一時間まるまる?」
そして灯にまで微妙な顔された。
「コンビニから戻ってからは、まぁ……」
「馬鹿じゃないの……。今日は特に寒いのに、ほんと何やってんだよ。風邪ひくだろ」
さすがは妹愛する兄属性とでも言うのだろうか。灯は柊を見上げながら叱ってくる。
ただ、そんな様子すら柊にとってはかわいいので困る。思わず少し俯き加減になってしまうと灯が「え、俺、言い過ぎた?」と少し驚いた声を出してきた。おまけに顔を覗き込もうとしてくる。
本当に止めて欲しいと柊は心から思った。いや、嬉しいのだが嬉しさを全面に出せない身としてはキツい。
「いや……反省しただけ」
「……何だよ、また俺からかってただけ? 一瞬言い過ぎたのかと思っただろ」
「からかってないって」
「からかってる。シュウが俺の言葉聞いてそんな反省するとこなんて見たことない」
「だったら言い過ぎるってこともねーだろ」
「……それは……」
「何だよ」
「……なんかシュウ、ちょっと様子おかしかったような気がしてたから俺のせいで余計気分悪くなったんなら悪いなって」
様子おかしいというか落ち込んでるのはお前だろ……!
心の中でそう言い返しつつも、柊は改めて「ほんとある意味しんどい」と心臓を押さえたくなった。
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