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9話
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どんな時でもそこにいれば目に入ってくる。背がさほどあるわけでもなく、目立つ格好をしているわけでもないのに、すぐに目に飛び込んでくる。
「アカリ!」
登校した柊は即、灯を見つけるなり名前を呼んでいた。すると灯は微妙な顔を向けてくる。
「何だよ? 声、でかいんだけど」
「あー……悪い。じゃなくて! 曲、聴いたぞ……!」
「……は?」
今度は微妙な表情が唖然としたそれに変わっていく。それはそうかもしれない。灯が柊に聴かせてくれたのではない。それを思うと正直癪に障る。
昨日、家へ帰ってきた梓が珍しく強引に部屋へ呼んできたのだ。いつもなら強引なことはしない梓に驚きつつ思わずそわそわして、柊は仕方ないといった表情を作りながら梓の部屋へ入った。
「灯ちゃんさあ、凄いよ」
凄い……っ? 何が……っ!
一瞬の内に色んな感情が柊の中を駆け巡った。
自分たちの話題ではないという落胆。
梓から聞く灯の名前の響き。
意味がわからないまま勝手に駄目な方向へ妄想してしまう自分の残念な脳。
「曲だよ」
「曲?」
「まあ聴いて」
怪訝な顔の柊に、梓はギターを取りだした。柊はギターに関して全然わからないのだが、アンプを繋げる方のギターだ。
「アコギのが合ってるんだけど、アコギだとイヤホンしてても音結構漏れるから」
「……俺はギターの種類もわかんねーからそんなこと聞いても、だから? って感じなんだけど」
「ごめんごめん。とりあえずこのヘッドホンだとアンプ内臓だから……」
ごめんと言いつつもまだギターのことに関して何か言っている梓を無視し、一旦ヘッドホンをつける。すると梓も弾きながら音を拾いたいから、完全につけるのではなく耳に当てるよう言われた。
そうして、聴いた。灯がノートに書いていた、曲と詩を。
「昨日、あいつが弾き語りみたいなのしてきた」
「……アズさんが」
灯が「アズさん」と親しげに梓の名前を言うことに少々苛立ちを覚えつつも、柊は灯に被りつくようにして力を込め、言った。
「お前自信持てよ! 凄くよかった。あんなにいい曲、もったいねぇよ」
柊の真剣な様子に、灯は少し顔を赤らめながらも戸惑ったように柊を見てきた。
灯が音楽に関して消極的なのは、家庭の事情にあるのは柊もわかっている。母子家庭で、母親も体が弱いらしい。それも気がかりだろうし、来年ようやく小学生となる恋のことをも思っているからこそ、安定した仕事につきたいと考えているのだろう。
「……でも、やっぱりもったいねぇよ」
放課後、アルバイトへ向かう灯を途中まで一緒に帰って見送った後、柊はボソリと呟いた。
あんなに心に響く曲など、滅多にないだろうにと思う。多少は個人的な肩入れもあるかもしれないが、純粋にいいなと思ったのだ。灯らしい、優しくて温かくて、だというのにどこか切なさすら感じる詩とメロディだった。
家へ帰るとまだ誰もいなかった。柊は着替えながらも曲のことを思う。梓から聴かされることは本当に癪だったが仕方ないのもわかっている。柊では音にできない。
改めて、何故自分は音楽の何かをやっていなかったのだろうという思いを噛みしめた。最初に灯が作詞作曲していたのを知ったのが自分なのだという、微々たる事実がせめてもの慰めだった。
着替え終わると部屋を出て台所へ向かった。冷蔵庫を漁り、とりあえず何もないことを確認する。
「くそ、何でなにもねーんだこの家は」
育ち盛りとしては帰りにコンビエンスストアにでも寄ってくるべきだった。仕方なくテーブルに出ている食パンをかじっていると、喉が渇いたのでまた冷蔵庫を開けた。牛乳を取り出すと、半分位しか入ってなさそうなのでパックのまま飲む。あっという間に飲み干すと、一応食欲は満たされた。観たいテレビは何もやっていない時間帯なのでまた部屋へ戻る。
ベッドへダイブした後、しばらくそのままでいた。灯の曲を脳内で反芻する。梓が弾いてくれたものを録音したいくらい気に入ったのだが、それを言うのも癪に障るため、梓には言っていない。
曲を浮かべていると、灯の顔も浮かんできた。今日、柊が曲の話をした時も戸惑った表情を浮かべながら赤い顔していた。それを思い出すだけでドキドキしてくる。
決して灯は女のようでないし、華奢だが女に見えたこともない。だが柊にとってどんな反応もひたすらかわいくて堪らなかった。
「……アカリもいつか、誰かを好きになんのかな」
高校になって知り合ってから、灯の口から誰かを好きになったと聞いたことがない。告白は二度ほどされたことがあるのは知っている。灯が教えてくれた。
「教えてくれた時もかわいかったな……」
とてつもなく言いにくそうに「告白……されちゃって……」と顔を赤らめていた。二回とも灯が率先して教えてきたのではなく、一緒にいるところを呼び出された灯が戻ってきた時に困ったように言ってきたパターンだ。自慢するようなタイプではないので、もしかしたら柊の知らないところでも言われたことはあるのかもしれない。
その二度とも、灯は断っていた。
「何で断ったんだ?」
内心、ガッツポーズを取りながらも聞くと「あまり知らない子だし……俺、絶対レン優先しちゃうから」と答えていた。
「俺ならお前がレンちゃん優先しても全然いいし、むしろ一緒になってレンちゃん構っちゃうぞ」
思わずそんなことを言いそうになり、柊は一旦グッと唇を噛みしめた後に「そっか」とだけ相づちを打っていた。
……家族優先なのはアイツらしいし、いいことなんだけど……。
告白の時はむしろ「よし!」と思っていたが、今は少々複雑だった。
「好きなことなのだとしたらたまにはそっち優先して欲しいな」
しょせんは第三者だからだろうか。そんな風に柊は思った。
「アカリ!」
登校した柊は即、灯を見つけるなり名前を呼んでいた。すると灯は微妙な顔を向けてくる。
「何だよ? 声、でかいんだけど」
「あー……悪い。じゃなくて! 曲、聴いたぞ……!」
「……は?」
今度は微妙な表情が唖然としたそれに変わっていく。それはそうかもしれない。灯が柊に聴かせてくれたのではない。それを思うと正直癪に障る。
昨日、家へ帰ってきた梓が珍しく強引に部屋へ呼んできたのだ。いつもなら強引なことはしない梓に驚きつつ思わずそわそわして、柊は仕方ないといった表情を作りながら梓の部屋へ入った。
「灯ちゃんさあ、凄いよ」
凄い……っ? 何が……っ!
一瞬の内に色んな感情が柊の中を駆け巡った。
自分たちの話題ではないという落胆。
梓から聞く灯の名前の響き。
意味がわからないまま勝手に駄目な方向へ妄想してしまう自分の残念な脳。
「曲だよ」
「曲?」
「まあ聴いて」
怪訝な顔の柊に、梓はギターを取りだした。柊はギターに関して全然わからないのだが、アンプを繋げる方のギターだ。
「アコギのが合ってるんだけど、アコギだとイヤホンしてても音結構漏れるから」
「……俺はギターの種類もわかんねーからそんなこと聞いても、だから? って感じなんだけど」
「ごめんごめん。とりあえずこのヘッドホンだとアンプ内臓だから……」
ごめんと言いつつもまだギターのことに関して何か言っている梓を無視し、一旦ヘッドホンをつける。すると梓も弾きながら音を拾いたいから、完全につけるのではなく耳に当てるよう言われた。
そうして、聴いた。灯がノートに書いていた、曲と詩を。
「昨日、あいつが弾き語りみたいなのしてきた」
「……アズさんが」
灯が「アズさん」と親しげに梓の名前を言うことに少々苛立ちを覚えつつも、柊は灯に被りつくようにして力を込め、言った。
「お前自信持てよ! 凄くよかった。あんなにいい曲、もったいねぇよ」
柊の真剣な様子に、灯は少し顔を赤らめながらも戸惑ったように柊を見てきた。
灯が音楽に関して消極的なのは、家庭の事情にあるのは柊もわかっている。母子家庭で、母親も体が弱いらしい。それも気がかりだろうし、来年ようやく小学生となる恋のことをも思っているからこそ、安定した仕事につきたいと考えているのだろう。
「……でも、やっぱりもったいねぇよ」
放課後、アルバイトへ向かう灯を途中まで一緒に帰って見送った後、柊はボソリと呟いた。
あんなに心に響く曲など、滅多にないだろうにと思う。多少は個人的な肩入れもあるかもしれないが、純粋にいいなと思ったのだ。灯らしい、優しくて温かくて、だというのにどこか切なさすら感じる詩とメロディだった。
家へ帰るとまだ誰もいなかった。柊は着替えながらも曲のことを思う。梓から聴かされることは本当に癪だったが仕方ないのもわかっている。柊では音にできない。
改めて、何故自分は音楽の何かをやっていなかったのだろうという思いを噛みしめた。最初に灯が作詞作曲していたのを知ったのが自分なのだという、微々たる事実がせめてもの慰めだった。
着替え終わると部屋を出て台所へ向かった。冷蔵庫を漁り、とりあえず何もないことを確認する。
「くそ、何でなにもねーんだこの家は」
育ち盛りとしては帰りにコンビエンスストアにでも寄ってくるべきだった。仕方なくテーブルに出ている食パンをかじっていると、喉が渇いたのでまた冷蔵庫を開けた。牛乳を取り出すと、半分位しか入ってなさそうなのでパックのまま飲む。あっという間に飲み干すと、一応食欲は満たされた。観たいテレビは何もやっていない時間帯なのでまた部屋へ戻る。
ベッドへダイブした後、しばらくそのままでいた。灯の曲を脳内で反芻する。梓が弾いてくれたものを録音したいくらい気に入ったのだが、それを言うのも癪に障るため、梓には言っていない。
曲を浮かべていると、灯の顔も浮かんできた。今日、柊が曲の話をした時も戸惑った表情を浮かべながら赤い顔していた。それを思い出すだけでドキドキしてくる。
決して灯は女のようでないし、華奢だが女に見えたこともない。だが柊にとってどんな反応もひたすらかわいくて堪らなかった。
「……アカリもいつか、誰かを好きになんのかな」
高校になって知り合ってから、灯の口から誰かを好きになったと聞いたことがない。告白は二度ほどされたことがあるのは知っている。灯が教えてくれた。
「教えてくれた時もかわいかったな……」
とてつもなく言いにくそうに「告白……されちゃって……」と顔を赤らめていた。二回とも灯が率先して教えてきたのではなく、一緒にいるところを呼び出された灯が戻ってきた時に困ったように言ってきたパターンだ。自慢するようなタイプではないので、もしかしたら柊の知らないところでも言われたことはあるのかもしれない。
その二度とも、灯は断っていた。
「何で断ったんだ?」
内心、ガッツポーズを取りながらも聞くと「あまり知らない子だし……俺、絶対レン優先しちゃうから」と答えていた。
「俺ならお前がレンちゃん優先しても全然いいし、むしろ一緒になってレンちゃん構っちゃうぞ」
思わずそんなことを言いそうになり、柊は一旦グッと唇を噛みしめた後に「そっか」とだけ相づちを打っていた。
……家族優先なのはアイツらしいし、いいことなんだけど……。
告白の時はむしろ「よし!」と思っていたが、今は少々複雑だった。
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しょせんは第三者だからだろうか。そんな風に柊は思った。
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