絆の序曲

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8話

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 次にアルバイト先で梓と顔を合わせた時、灯はどうしようかとある意味本気で困ってしまった。
 嫌な思いをしたとかではない。むしろ嬉しいことなのかもしれないが、正直恥ずかしいのだ。

「詩も書いてるなら弾いた時に言ってくれたらよかったのに」

 無理です。

 ニコニコ爽やかな笑みを梓から向けられ、灯は内心即答していた。

「柊から詩も書いてたって聞いてさ」

 柊の馬鹿!

 お門違いだとわかっているが、ノートを見てしまった柊を灯はそっと恨む。

「見せてよ」

 無理……!

 ニコニコしていた梓が怪訝そうな表情を今度は向けてきた。

「さっきから黙ったまま百面相みたいに変な顔してるけど、大丈夫?」
「へ、へ、変な顔っ?」

 どんな顔をしていたと言うのだと灯がつい聞き返すと笑われた。

「冗談だよ。大丈夫、ちょっと動揺したような表情、かわいかったから」
「かっ、かわ……? アズさん……からかうの、やめてください」
「ごめんね。ということで見せて。ノート、持ってるんだよね?」
「ぅ」

 からかわれるのも困るが、これを機に話を逸らそうと灯は思っていた。だが逸らすどころかさらに圧された気がする。これならまだ無言で動揺していた状態の方がましだった。そのまま流せたかもしれない。一度反応してしまった灯はもう、無視をすることも流すこともできそうになかった。

 ……わざと? わざとなのかなっ?

 この流れにされた感じすらして、思わずキッとした目で梓を見上げるも「そんな顔してきてもかわいいだけだよ」と笑われる。そもそも冗談ですら、男が男相手にかわいいと言うこと自体、どうかと思う。

「……詩は……その、勘弁してください」
「何で?」
「は、恥ずかしいんで」

 恥ずかしいと言うことすら恥ずかしい。つい顔が熱くなるのがわかる。そんな灯を梓はまた怪訝そうに見た後、今度はがっかりしたような表情になる。

「そうかぁ……。柊は見せてもらったのになぁ……」
「そ、それは不可抗力……」
「柊はよくて俺は駄目、かぁ……」

 だから柊には勝手に見られたのだ、とさらに言おうと梓をまた見上げると、とても悲しそうに見えた。

「わ、わかりました」

 そして結局見せることになった。上手く転がされた気がするのは何故だろう、と灯はそっと首を傾げる。

「でも今日は平日だし、アズさん終わるの夜もっと遅いですよね? 今は仕事中ですし、次の機会に……」

 見せると言った手前、もう流す気はない。ないが、平日は基本的にすれ違いか重なっても灯が先に上がるシフトが大半なのでゆっくりノートを見せる時間はない。かといってあのノートを預けるのは自分が落ち着かないから避けたい。

「うーん……」

 梓が考えていると客が入ってきたため、一旦会話は中断された。その後また手が空いた時に声かけられる。

「灯ちゃんって夜は出られないの?」

 アルバイトの後に灯が恋を迎えに行っていることは梓も知っている。以前に「いつも急いで帰るんだね」と言われて実は、と口にしたことがある。迎えに行く話の流れで母子家庭であることも告げている。別に隠さなくてはならないことでもない。今時片親は珍しくもないのかあまり気にする人は少ないが、さらに聞かれて「いえ、離婚じゃなくて父とは死別です」と言うと気を使われるので、なるべくあまり突っ込んでは話さない。

「夜、ですか? 何故……?」
「大変ならいいんだけどね。もし大丈夫っていうなら夜、会えないかなあと思って」

 そういえば夜に誰かと会う、何てことはしたことがなかった。灯はポカンとしながら思う。
 恋を迎えに行き、途中にかすでにか、帰っている母親と恋が風呂へ入っている間に夕食を作り終える。そうして三人でご飯を食べた後、母親が後片付けをしつつ恋と話をしている中、灯は風呂へ入る。その後は自分の時間というか、テレビを観たり曲や詩を考えたりして寝るまでの時間を過ごしていた。

「あ、えっと……夜なら大丈夫です」

 少しそわそわというかワクワクする気持ちが湧き起こり、灯はコクリと頷いていた。

「ほんと? よかった。じゃあ待ち合わせして、こないだの楽器屋へ行こう。そこで見せてもらう」
「え? でもお店、閉まってしまうんじゃ……」
「連絡入れるし大丈夫だよ。店主、あの店の二階に住んでるから」
「でも迷惑じゃ……」
「大丈夫。灯ちゃんさえ時間とか大丈夫なら問題ないよ」

 遠慮しつつも梓に何度も大丈夫と言われ、灯は「じゃあ……」と了承していた。ノートを見るのに何故わざわざ楽器屋なのかとは思っていたが、行けばすぐに分かった。

「……」

 灯は言葉を失う。

 まさか、まさか自分の詩が曲に乗って歌われるなんて。そして詩と曲がこうして再現してもらえるなんて。

「どう? どこか違うかな?」

 黙り込んだ灯に、梓は少し困ったように聞いてきた。

「あ、その、あんまり感動して言葉が」

 変に声、上ずりませんようにと願いながら灯は何とか声に出した。

「感動? なら嬉しいな。とりあえず違ってたらどうしようかと思ったよ。これ、本当にいい曲だな」
「そ、そんなことは……えっと、ありがとうございます」
「このまま埋もれさすなんて本当に勿体ないよ? こんないい曲なのに」

 店の中へ入れてくれた店主も別のところで聴いていたようで「本当にいい曲だ」と声をかけてくれた。かという灯は嬉しさの余り、恥ずかしがる暇もなかった。
 梓が自分の曲を形にしてくれたのだ。

 自分の……夢を……形に。
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