絆の序曲

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2話

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 真っ赤になっている灯がじっとこちらを見てくる。その状況に柊は内心落ち着かなくて仕方なかった。その視線はヤバすぎるだろ、何でそんな無防備なんだと体を揺さぶりたくなる。
 普段、灯は周りから男前で頼れる兄のようだと思われている。実際大切にしている妹がいるからというのもあるし、ずっと家族のために頑張っているところが滲み出ているのだろう。
 そんな風に思われている灯のこうした様子をクラスメイトが見たら驚くに違いない。いや、見せる気などないのだが。
 柊に対して安心しきってくれているからこその、こうしたどこか油断しているような表情やしぐさを、柊は誰にも見せたくないなとそっと思っている。
 この気持ちが友人の域を越えているのは自分でもわかっている。いつからそういう風に思っていたのかはあまりわかっていないが、わかったところでどうしようもない。過去へ遡り「お前、気をつけろ」と自分に警告することはできないのだ。
 この気持ちを渋々自分の中で認めた時は、自分の性癖についても悩んだ。自分は男が好きなのかと。一応、過去に女の子を好きになったことはあったとは思う。だが幼稚園や小学生の時の思いは小さな恋心とも呼べないような、恋に恋するようなものだったように思うし、中学生の時も結局本当に好きだったのかよくわからない。ちゃんと好きだと断言できるのは灯に対してだけのような気がして、性癖に疑問が生じるのも無理はないなと自分で思った。
 ただ、これに関しては早々に解決している。ネットで見かけた男の裸にはドン引きしかしなかった。もちろん女の裸は興奮材料になる。
 とはいえ性癖の疑問が解決しても根本的なことは何も解決していない。仲がいい友人、しかも男を好きになってどうすると落ち込んだりもした。
 今はさほど悩んでいない。割り切ったというよりは、あまり考えないようにしているのかもしれない。自分の中で本当にどうしたいのかと考えた時、とりあえず今はただ灯のそばで見守りつつ楽しく過ごしたいと思った。何とかしてつき合いたいというより、そばにいて楽しく話したり遊んだり、そして支えてやれるのなら十分だと思った。
 だから今もこうして普通に接してはいるのだが、如何せん好きだという気持ちはあるので所々で意識してしまう。今朝も学校へ向かっている途中にクスリと笑ってきた表情に対し、柊がどう思ったのかなど灯は知らないだろうなと、内心苦笑した。そして手にしているノートをまたパラパラとめくる。
 黙り込んでノートを見ている柊を、灯が不安げに見てくるのがわかった。

 クソ、かわいいな……。

 まさか柊がそう考えているなど、灯には思いもよらないだろう。柊より十センチ近く小さい灯が必死な様子で見上げてくる様に、ドキリとしながらため息つきたくなった。
 もちろん灯がそんなつもりなど皆目ないとわかった上で、かわいく見えて仕方ない。
 見上げてくる灯の前髪が風に揺られてサラリと流れる。柊と違って何もセットしていないはずの髪はいつ見てもサラサラだった。以前「髪、何もつけたりしねーの?」と聞いたら「うん」と笑っていた。
「何もつけなくてもドライヤーしっかりしなくても何とかなるから無精な俺的にありがたいよ」
 今も多分一切何もしていないのであろう髪がとても柔らかそうで、思わず風を遮りつつ撫でたくなるのを柊は堪えた。

「あ、あのさ……」

 すると灯が不安そうな声を上げてきた。耐えきれないといった様子に柊はまたドキリとする。

「シュウ? 何か言ってくれよ」
「……これ、お前が書いたの?」

 ようやく柊がそう聞くと、灯はもういいだろ? といった風に柊からノートを奪ってきた。

「ま、まぁ……」

 ノートを抱えながら、灯は渋々認めてきた。
 ノートには詩が書かれてあり、所々に音符の羅列がある。高校一年の頃から灯といるが、こんな趣味があるとは知らなかった。

「音符の羅列も?」
「……楽譜って言うんだよ」
「そっか。んで、楽譜も自分で考えて?」
「……うん」

 柊は音符が読めないのでどんな曲なのかは見てもわからないが、灯の書いた詩は純粋にいいなと思っていた。するとまだ不安げな灯がおずおずと言ってくる。
  
「変だったら言えよ。黙られると凄く、何て言うか落ち着かないし嫌だ」
「ああ、悪い。変じゃないよ。俺、楽譜は読めないから何とも言えねーけど、いい詩だなって思ったし。俺は好き」

 思ったことを口にすると、灯は言葉を飲み込んだような顔してまた赤らめている。
 詩の言葉は灯らしく優しくて暖かい。本当にそう思った。

「……どんな曲なのか知りたい」
「いや、無理……」

 口で言いにくいというのもあるが、灯は恥ずかしさがピークに達したのか「ったく、駄目だって言ったのに勝手に見て!」と文句を言いながら校舎の中へ戻っていく。柊も苦笑しながら後へ続いた。
 授業が終わると、柊はすでに引退したテニス部へ顔を出しに行った。二年生たちが県大会へ出場するというので何度か練習につき合うことになっていた。
 練習を終えると、皆とコンビニエンスストアへ寄ってそれぞれジュースやアイスキャンディーを買う。そろそろ肌寒い時期のせいでアイス系を口にすると後で冷えるのだが、部活を終えたばかりの体には心地いいためやめられない。柊もソーダ味のアイスキャンディーを買い、店を出ると早速袋から出して口にした。ふと気づくと、部活仲間の一人が何やらアイスキャンディーを食べながら鼻歌を歌っている。

「何かご機嫌だな」

 他の友人が言うと「まーな。今度の休み、彼女とデート」と実際嬉しそうだ。

「デート、か……」

 俺にはこの先も今のところ関係ない話だな。

 柊がそう思っていると別の友人が「つかお前にいて永尾にいねーってのも変な話だよな」と嬉しそうな相手をからかった。

「るせー。だいたい永尾って彼女とか興味ねーの」
「俺? 別に、んなわけねーだろ。ただつき合いたい相手がいないだけ」
「真面目なんだからなー。お前ってばモテてるかビビられてるかのどっちかだよな」
「何だよ、その両極端みたいなのは!」

 そんな軽口を言い合いながら、アイスキャンディーを食べ終えると皆それぞれ適当に帰る。
 デートか、と一人になって柊は改めて思った。灯と遊びに出かけることはあるが、当然色気のあるやりとりなどない。

「……でもまあ、いっか。十分楽しいしな」

 色んな話したり色んな遊びしたり。そして時折柊にとって凄くかわいらしいところを見せてくれたり。今のところそんなやりとりが柊にとって大事だった。
 家へ帰ると、一旦リビングのソファーへドカリと座った。台所の方から母親が「またそんな乱暴に座って!」と文句を言っている。

「わりー」

 あまり悪いという気持ちがこもってないまま口にしつつ、柊はふと昼に知った灯の趣味を思い返した。

「……少しくらい音楽、勉強しとけばよかったな……」

 そうすればもっとあの音符を見て色々わかったかもしれないし、灯にもいい感じの言葉を伝えられたかもしれない。

「お? 何だ?」

 呟いた声を耳にしたのか、丁度部屋へ入ってこようとしていた兄の声が聞こえて柊は顔をしかめた。
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