水泳部員とマネージャー

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17話

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 夜にゆっくり考えようと思っていた祥悟だが、結局まともに考える事なく眠りについた。基本的に色々気にするわりに、最終的には面倒くさくなったりで適当に終わらせてしまう性格がここで出てきたようだ。
 克雪の事も一応考えてはみたのだが考えれば考えるほど、一体何を考える必要があるのかわからなくなってくる。

 あいつはよくわからないし鬱陶しい。でも接してみると悪いヤツではないし楽しいところもある。それなら無駄に考えるよりあいつに直接聞けば向こうもちゃんと教えてくれるのでは?

 何故そういう態度を取るようになったのか、を。

「……そうだよな、それでいいよな」

 自分の中で一応納得したのか、祥悟の意識は深い底に沈んでいくようにゆっくりと落ちていった。
 そもそも話しかけてこなくなった事が何故そんなに気になるのか。

「だいたいお前、遊馬苦手なんだろ? じゃあそのままでいいだろ。俺の邪魔するなよ」

 秋薫がジロリと祥悟を睨んでくる。

「邪魔? 別に邪魔するつもりなんて無い。俺はただ……」
「ただ、何だ日坂。お前はこれで水泳に集中できるじゃないか。よかったな」

 部長の海原がニッコリと笑いかけてきた。確かにこれで水泳にも諸々にも集中できる、のだが……。

「それでも俺は落ち着かないので確認したいんです。気にする事ないはずなんですが、でも……それに隔週で教えている勉強だってどうするのか……」
「日坂くんは何故落ち着かないの……? 勉強だって遊馬くんが接触を避けてるなら別に構わないんじゃ……?」

 クラスメイトの周までもが怪訝そうな顔で聞いてくる。そういえばこの間周と妙に美形過ぎる年上の男性が一緒にいるところを見かけたと別のクラスメイトが言っていて朔が微妙な顔をしていたっけと祥悟は周を見た。
 もし友だちがそっちの人なのだとしても気持ち悪いとは思わないのだが。

「ていうか何で香坂が勉強の事とか知っているんだ? それに何故って言われても、落ち着かないのは……」
「落ち着かないのは俺の事、好きだからだよね、しょーごくん!」

 あの明るい声で克雪がギュッと抱きついてきた。

「っやめろよ!」

 ついそう答える。だがどこかでホッとしている自分を祥悟は感じた。

「でもしょーごくん、嬉しそうだよ? 俺も嬉しい」

ホッとしたのはなんとなくであって決して嬉しい訳ではない、と祥悟は克雪を引き剥がす。

「俺が嬉しそう? 何言ってんだよ……だいたいお前が俺を無視して……」
「ムシ? してないよ?」
「じゃあ何で……」
「……ごめんね、しょーごくん。しょーごくんの事、嫌いじゃないんだけど、ほら、雷に悪いから」

 ニッコリと笑うと克雪は祥悟から離れ、いつの間にかまたそこにいた秋薫に今度は抱きついた。秋薫も嬉しそうに更に克雪を引き寄せる。

「別に構わないよな? だってお前、遊馬の事苦手だったもんな? いつも避けてたろ? これでよかっただろ?」

 苦手……。確かに避けようとしていた……けれども俺は……。

「俺は……」

 ゆっくりと覚醒してくる自分を感じ、祥悟は目を開けた。朝の光が遮光カーテンの隙間から差し込んでくる。

「……俺は……?」

 なんとなく混乱しているようなぼんやりした頭の片隅に、タイマーをかけていたスマートフォンの目覚まし音が聞こえてきた。丁度起きる予定の時間まで眠っていた事になる。だが祥悟はあまり眠っていないような気分だった。体も頭も目も重い。おまけに妙な夢を見ていたのか気持ちまですっきりしない。
 起きて準備し、登校している間も少しぼんやりとしていた。あくびの後に大きくため息をついてから、祥悟は階段を上り自分の教室へ向かう。
 教室では相変わらず克雪は祥悟に話しかけてこない。

「しょーごくんの事、嫌いじゃないんだけど雷に悪いから」

 夢の中の克雪の言葉がふと思い出されて頭を過った。ニコニコと秋薫に抱きついていた克雪の姿を思い出すと違和感だろうか、胸が変にざわついた。
 調子が狂うのは好きじゃない。今日こそ克雪を捕まえて直接聞こうと祥悟は改めて思っていた。



 一方克雪も調子が相当狂っていた。何日祥悟に話しかけていないだろう、そして抱きついていないだろう。今週末はいつもの勉強会もあるというのに、自分はだいたいいつこれを止めればいいのだ、と思う。
「雷、俺もう無理。こんなの楽しくないし、しょーごくんだってちっとも振り向いてくれないどころか余計遠くなってる気がする。部活でもさあ、たまに部長とすっごい仲良いんだよっ? 部長にとられる! しょーごくんとられる!」
「いや、いくらなんでもそれはないだろ……つかうん、無いわ」

 長い訳ではない休み時間にまで秋薫のクラスに来ては時間をつぶしているせいで全くもって祥悟の反応すらわからない。かといって少しでも祥悟と同じ空間に居れば耐える事などできずに飛びついてしまうだろう事は克雪自身もわかっていた。

「もう、いい。俺を抱いてくれなくても振り向いてくれなくてもいい。しょーごくんと話すらできないの、もう耐えられない俺」

 しょんぼりしている克雪が可愛らしくて秋薫はつい抱き寄せたくなった。だがさすがに空気は読む。

「まあ、持った方だよな」
「俺、がんばった?」
「ああ、がんばったな」
「もうやめてもいいかなあ」

 勝手に始めた克雪が同意を求めてくる様は本当に馬鹿で可愛らしすぎて秋薫は思わず笑いそうになるが必死に堪える。

「そうだな、いいと思うぞ」
「じゃあ俺今か……」
「もう授業始まんぞ。こんだけがんばったんならもうちょい堪えろよ。昼休みにしとけ。美術室の横に画材部屋あんだろ、くそ狭い。そこ行けよ、俺が日坂に言ってやるから、そこに行くように。あーでもそこまでするのはやっぱムカつくな。美術室の前にして。それくらいなら連れてきてやる。後は自分でがんばれ」
「え! いいの? 雷だって……」

 一瞬嬉しそうな表情をした克雪はだが顔を曇らせる。

「あ? まあよくはない。日坂うぜぇし。でもお前好きだからな、やっぱ嬉しそうなとこ見てたいわ」
「雷……いい人だよねやっぱ」

 しみじみと言われて秋薫は、あわよくば利用してと考えていたんだけどなと苦笑する。だが克雪に言ったように、克雪が楽しそうなところを見てるほうが自分も楽しい。とは言え引きさがるつもりもないのだが。

「そこは人っつーよりいい男って言えよ。でも俺諦めた訳じゃないし、万が一お前らが付き合ってもお前にちょっかいかけるから」
「そうなのっ?」

 昼休み、克雪は秋薫に言われていた通り美術室へ向かった。休み時間の度に速攻で居なくなる克雪に今度こそはと気合いを入れていた祥悟は少々イライラしながら、またあっという間に居なくなった克雪を探そうと教室を出たところで秋薫に捕まった。

「どこ行くか知らんけど待て」
「何? 俺ちょっとする事あるんだけ……っていうかお前、アレと一緒じゃないのか?」

 てっきり克雪は秋薫と一緒にいると思っていた祥悟はポカンと秋薫を見た。

「今はな。普段はずっと一緒だけどな」

 秋薫がどこか挑むような表情で頷いてきた。なんとなくムッとしたように祥悟が秋薫を見ると「お前さぁ」と言いながら秋薫が歩き出す。
 克雪を探そうとしていた祥悟だが、真面目な性格のせいか話の途中かもしれないと思うと面倒くさいと思いつつも、ついその後についていってしまう。

「俺する事あるって言ってるだろ。用事あるなら改めてくれないか?」

 ついて行きながら言うと「遊馬か?」と秋薫が歩きながら振り向いてきた。

「……別にお前に関係ないだろ」
「ない訳ねーだろ。遊馬の事、俺好きだってお前にハッキリ言ったよな?」

 六組の教室と放送室を通り過ぎた辺りで秋薫は立ち止まって祥悟を睨んできた。

「……ああ」
「だったら関係なくねーんだよ、ほんとうぜぇ」
「お前、ほんと俺に対してだけめちゃくちゃ棘あるよな?」
「当たり前だろ。むしろ隠さず出してる俺はいいヤツだろうが。お前は最悪だよ」
「は? 何でだよ」

 最悪だと吐き捨てるように言われ、さすがにムッとして祥悟が聞き返すとまた睨まれた。

「俺が好きだとハッキリ言っている相手がちょっとお前に話しかけなくなった位で気になってんじゃねーよ」
「……うるさいな、普通気になるだろ」
「お前遊馬の事鬱陶しいんじゃなかったのかよ。何まんまとマニュアルみたいな反応してんだよ。おかげで予定外なんだよ。お前があいつに絡まなくなってせいせいしてくれたらこっちもな、心おきなくあいつ説得でもして自分のもんにするんだよ。なのになんだよ」

 妙に小さな声で言う秋薫はむしろ憤りを溜めているように見えた。祥悟は黙って続きを待った。

「お前、遊馬の事、実は好きだろ」
「……は?」

 そんな言葉が返ってくるとは思わず、祥悟は心底意味がわからないといった風に秋薫を見た。
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