水泳部員とマネージャー

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13話

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 映画は面白かった。だが、と祥悟はため息をついた。
 学校の帰りだと部活がある為どうしても遅くなるため、祥悟は渋々休日に克雪と映画を観に行く約束をした。克雪は純粋に映画を楽しみにしていたようだし祥悟自身も映画は楽しみだった。だから朝、行く予定の映画館がある最寄駅で待ち合わせをしていた時も思っていた程憂鬱ではなかった。
 入学して最初の頃は本当に困った相手を助けてしまったとしみじみ思っていたものだが、気付けば祥悟はそれなりに普通に克雪に接しているような気がする。慣れてしまったのだろうか。だとしたら慣れとは恐ろしいものだな等と思っていると「しょーごくん!」と声をかけられた。

「おー……って、誰……っ」

 声がした方を見た途端最初は克雪の姉の雪美かと思った。だが声は克雪だったと思うし漂うアレな雰囲気も克雪だ。だが克雪らしき物体はスカートを履いていた。多分少し化粧もしている。髪はピンで留めているのだがそれに関しては微妙な事だがむしろいつもよりも地味に見えた。

「誰とか酷い! あ、そっか! ねーねーしょーごくん、可愛い? 俺可愛い?」
「いやキモい」
「そんな……!」

 そっぽを向いて少々青ざめた顔で言うと克雪は本気でショックを受けたかのようにびっくりした顔をしてきた。

 びっくりしてショックを受けたいのはこちらだ。

 祥悟はジロリと克雪を睨むとまたすぐに目を反らした。

「お前ほんっと何考えてんだ?」
「だって! テレビの占いではひらひらしたものがラッキーだって言ってたし、ねーちゃんが絶対しょーごくんこっちのが喜ぶとか言うから! だから俺、ねーちゃんに任せたのにぃ!」
「待て。俺はお前の姉さんにどんな立ち位置で認識されてるんだ……?」

 どれ一つとっても微妙な答えを聞きつつ、祥悟は唖然として聞き返した。

「俺の愛しい人?」
「……俺もう、お前の家行きたくない……」
「えええ!」

 実際克雪は男にあるまじき似合い具合ではあった。だが祥悟は女装男子に一ミリたりとも興味はない上にその相手が自分をそういう目で見てくるならなおさらドン引きである。しかもその姉にまで変な風に思われてるんだとしたら本当に居たたまれない。

「じゃ、じゃあ着替えてくる……」
「……はぁ。良いよ。もう時間ないし」

 観るだけだから。映画観終えたらもうどうせ帰るから。というか外でこいつをうろうろさせる気はないから最悪送りつける羽目になっても帰す。

「さすがしょーごくん、優しい!」

 とらえ違いでもしたのか克雪は嬉しそうに祥悟に抱きついてきた。傍から見たら違和感はないのかもしれない。むしろカップルが普通にいちゃついているようにしか見えないかもしれない。それでも俺が駄目だ、と祥悟は青くなってギュッと抱きついてくる克雪を引き剥がした。
 そして映画を観終えた後、祥悟は改めてため息をついたのである。

「しょーごくんどーしたの? 映画、いまいちだった?」
「いや、映画はよかった。映画はな」
「? とりあえずお腹すかない? 何か食べながら感想とか話そうよ!」

 映画を観終えたら直ぐに帰ろうと祥悟は思っていた。だが実際克雪が言うように腹は減っているし、好きな映画の話をするのは楽しそうに思えた。多分目の前の男が女以外には見えないだろうという事もわかっている。それでも何というか微妙に抵抗がある。

「いや……帰る」
「ええ! 何で? お腹すいてない?」
「すいてるけど女装のお前と公共の場で過ごし辛い。いや趣味でやっているとかそういう性癖だとかまでも否定するつもりはないが、お前のはただの遊びだとわかっているし、コスプレもどきの恰好で公共の場にいるのが居たたまれない」

 ぼかして言っても伝わらないだろうと祥悟はきっぱりと告げた。克雪はポカンとしている。言い過ぎたのだろうか。自分が嫌だと……いやまあ本気で嫌だというだけであって、別に克雪自体を憎んでいる訳でもないし酷い事を言って傷をつけたい訳ではないんだがと祥悟が思っていると「しょーごくんカッコいい!」と克雪にまた抱きつかれた。映画館のロビーで何してくれやがると祥悟は速攻で引き剥がす。

「お前いいかげんにしろよ……」
「あんまりしょーごくんが素敵なんだもん! 真面目でかっこいい」
「意味わからない。とりあえずそういう事だから。帰るぞ」
「えー」
「えーじゃねえよ。お前俺の話聞いてた? ……くそ。あれだ、ちゃんとお前ん家まで送るから」

 でないと帰ってくれなさそうで祥悟はしぶしぶ付け足した。

「ほんと? じゃあ帰る!」
「……はぁ」

 もちろん克雪が断ってくるはずがなかった。一緒にご飯が食べられないとわかるとしょげていたようだが今はまた嬉しそうにしている。

「あ、ねーしょーごくん。でも俺ねー外で食べるかなーって思って家になんもないんだ! かーさんもねーちゃんもいないからコンビニだけは寄っていい?」
「……わかった。俺も何か買う」

 祥悟が頷くと克雪は頬を赤らめながらニコニコと祥悟を見てきた。

「じゃあ俺ん家で食おうよ! 一緒に! それだといいでしょ?」
「……女装してそんな顔赤らめてハァハァしてるヤツと二人きりとか嫌だ」
「酷い! でもほら、俺ちゃんと言いつけいつも守ってるよ? 部屋で二人になっても変な事してないでしょ?」
「変な事っていう意識はあんのかよ……! ったく」
「だからー! ねー? いいでしょー?」
「ああもう煩い! わかった。わかったからほんともう俺の腕から離れて黙って」
「わーい!」

 祥悟の腕をつかんで離さない勢いでお願いをしてきた克雪は嬉しそうに祥悟から離れてくれた。相変わらず一応周りからは女と見られているのか、たまに男からの祥悟への視線が痛い。複雑な気持ちになりながらコンビニエンスストアに寄り、適当に何か買うと祥悟は渋々克雪の家へ向かった。とりあえず電車では空いているにも関わらず離れさせてもらった。そして部屋では祥悟は顔をひきつらせ体を固まらせていた。

「……なんか……増えてる……」
「え? 何が?」

 家に帰った途端とりあえず食べるよりも何よりも女装をやめさせられた克雪がタオルで顔を拭きながら、自分の部屋を見て固まっている祥悟を怪訝そうに見てくる。いつもの克雪に戻っているのを見た祥悟はホッとしつつも青ざめた顔で呟いた。

「このぬいぐるみ……何」

 前に気付いた時はあえて無視をしていたが無視できる量ではなくなっている。それもどれを見ても多分同じキャラクターというか……人物。至るところに嫌な予感しかしない様子の男の子のぬいぐるみが飾られている。

「ああ! しょーごくんだよ! ちなみにぬいぐるみじゃなくてあみぐるみ!」
「それはどっちでもいいんだよ! 何なのお前ほんっと怖いしキモいんだけど……!」

 やはり自分なのか、と祥悟は更に微妙な顔をしながら克雪を見た。

「酷い! だってしょーごくんが足りないなーって。そんでね、作り始めたらおもしろいし、愛しいしょーごくんは増えてくれるし可愛いし! あ、これがね、一番最初に作ったしょーごくん。ちょっとぶさいくになっちゃったね、ごめんね。そんでこれが最初に俺を思い出してくれた時のしょーごくんを想像して作ったやつで、そんでこれがこの間映画に行くって言ってくれた記念のしょーごくんで、そんで……」
「記念って、何! お前ほんとヤバいって、もうほんと引く……!」
「ええ? でも可愛く編めてるでしょ? しょーごくんにもあげるよ?」
「いらない……ほんとにいらない……」

 祥悟は先程からドン引きしかしていない。

「じゃあ俺の人形作るから、それを俺と思って持ってて! 夜に好きな事してくれてもいいよ!」

 泣きたい。

 祥悟は更に青ざめた。

「何をしろと……」
「ああ、物足りないよね! でも大丈夫、ちゃんと俺自身を好きにしてくれてもいいからね!」
「お前や人形で好きにしたい事など何一つない……!」

 先程まで感じていた空腹感ですら祥悟はもうどこかに行ってしまっていた。


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