水泳部員とマネージャー

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9話

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 さっそく次の土曜に、祥悟は克雪の家へ行く羽目になった。

「部活させてください」
「許せ、日坂。お前と遊馬の家が近いなら平日にでもって思うがな。だってこいつ教室で教わる気、無かったんだろ?」

 青い顔色で祥悟が海原に言うも、どうしようもないんだという顔をされて却下された。実際教室で教えようにも克雪は煩いし周りもただ教えようとしているだけなのに「とうとう日坂が折れた」などと煩い。挙句の果てには「もう夫婦か」と、とんでもないことまで言われて祥悟の淡々とした顔つきを鬼の表情に変えさせてきた。
 クラスメイトの周が同情するかのように「大丈夫……?」と聞いてくれた時は相手が男ながらに祥悟は天使かと思ったものだった。

「……いいか? 勉強を! しに行くだけだからな……? 変な事言ったりしたりしたら俺即、帰るから」

 何度も言い聞かせたセリフを、克雪の家がある最寄り駅で待ち合わせした時も繰り返すように祥悟は言い聞かせる。

「安心して、しょーごくん。ちゃんと苦手な英語とか歴史とかの勉強道具準備してる! あとローションも」
「……は?」

 一体何の話だと思いつつ、克雪の口から出た言葉だけにろくでもないローションにしか思えなくて祥悟は引いたように克雪を見おろした。そんな祥悟を克雪はニッコリと嬉しそうに見返してくる。
 顔は男のくせに可愛いと確かに思う。背も高くないし足の形も綺麗だったし、これで女子なのだとしたら祥悟も正直嬉しかったかもしれない。

 いや、でも大人しい子が好きだからやっぱり無理だ。ていうか俺は何を考えてんだ……。

 一瞬でも自分が妙な事を考えてしまったのが気持ち悪くて祥悟はスタスタと歩きだす。

「あん、しょーごくん、そっちじゃないよ、こっち!」

 とてつもなく行きたくないと思いながら同級生の家に行くなんて初めてだと祥悟はため息をつきつつ着いた克雪の家に上がった。

「あら、いらっしゃい。あなたがしょうごくん?」
「え?」

 玄関で靴を脱いでいると克雪にどことなく似た顔のそして小柄の、だが正真正銘の女性がニッコリと声をかけてきた。祥悟がポカンとしている横で克雪が「ねーちゃんは見ちゃだめ! しょーごくん減っちゃう!」など訳のわからない事を言っている。

「減る訳ないでしょ。あ、初めましてしょうごくん。私、克雪の姉の雪美」
「は、初めまして……」

 可愛い笑顔でニッコリと祥悟に笑いかけてくる克雪の姉は小柄な体に割とぴったりとした服を着ていて祥悟を落ち着かなくさせてきた。

「ねーちゃんの部屋着ずるい! もー俺だってじゃあ短パン履くし上とかだってねーちゃんの服着て露出させてやるし!」
「……いや……むしろやめてくれ……」

 変に張り合っている克雪に祥悟は青い顔色をしながら呟く。
 その後、祥悟が「勉強はリビングでお願いします」と真顔で頼んだにも関わらず克雪の部屋に案内された。

「しょーごくんは俺のねーちゃんみたいなの、タイプ?」

 一応ちゃんと勉強をする気でいてくれたようで、克雪は妙な事をしてくる事なく大人しく教科書や参考書を出してきた。だが本を開きながらそんな事を聞いてくる。とりあえず「俺の事好き?」と聞かれた訳ではないので祥悟もため息をつきながらも答えた。

「いや、まあ可愛いなとは正直思ったけど……お前の姉さん、絶対お前に性格似てるだろ。なんかそんな気がした」
「えーどうかなー? ああ、親戚とかには言われた事あるかも」
「俺、大人しい子がタイプだから。服も清楚な感じのが好き」
「そっかー。じゃあ俺も清楚で大人しい子目指すね!」

 ノートを開くと克雪はニッコリと言ってきた。

「無理だろ。てゆーかお前はまず対象外だから」

 祥悟は呆れたようにまたため息をつく。そして問題集の内容と同じ内容の教科書のページを開いた。

「ええ? なんで? だってしょーごくん、ねーちゃんの顔は可愛いって思ったんでしょ?」
「ま、まあ……」
「俺、性格は似てるかどうかわかってないけど、顔は昔から周りにも似てるって言われるし自分でもねーちゃんに似てると思ってるよ! ってことはしょーごくん、俺の顔は好みってこ……」
「いいから勉強! 始めるぞ!」

 克雪が言いかけた事を遮って祥悟はバンと問題集を克雪の前に力いっぱい置いた。
 克雪だが、頭はいい。祥悟はいざ勉強を教えてみてすぐに実感した。本当に復習どころかちゃんと授業さえ聞いていなかったのか、いきなり問題と解こうとすると「えー、うーん」と困った様子を見せるのだが、一度祥悟が教科書に沿って説明するとすぐに理解し覚える。

「……お前……ほんっとまじめにやれよ……」
「だって! 授業中はしょーごくん見るのに忙しいし放課後は部活でしょーごくん見るのに忙しいし、家に帰ったらしょーごくん思い出して色々あれで忙しいから」
「ほんっと! まじめにやれよ……っ」

 ていうかアレって何だよ……!

 祥悟は思ったがもちろん聞くなんて愚劣な事はしない。

「お前のせいで俺まで部活休む羽目になったんだぞ……。俺が好きだってんなら責任感じろよ……」

 ため息をつきながら呟くと、克雪は珍しく落ち込んだ様子を見せてきた。

「そ、そっか……。そうだよね、しょーごくん泳ぐの、一人エッチするより好きそうだもんね……」
「落ち込むならとことん落ち込んでくれ。何だよその例え……やめてくれない……?」

 引いたように言うと今度は克雪はジッと祥悟を見てきた。

「え、だってしょーごくんてあまり一人でしなさそう。するの?」
「うるさい。勉強の話から何でそうなんだよ。だいたい男のそんな話聞いて何が楽しいんだ」
「俺は楽しいよ! ていうか堪らなくなるしもう絶対そんなの聞いたらネタにす……」
「ほんっと黙って!」

 目をキラキラさせながら頬を染めている表情は可愛いのかもしれないが息が荒くて怖い。祥悟はさらにドン引きした。

 帰りたい。とりあえずきりのいい所まで進んだら後はもう何かあれ。宿題とかそんな感じに……。

 そう思う心がつい教え方にも出る。教えるには少々早すぎる進み具合になっていた事にふと祥悟は気付いたが、それでも克雪は困った様子もなくついてきている。

 ……こいつ、本当に実際頭、いいんじゃないの?

 理解する速さが半端ない。

「なあ」
「っ何しょーごくん! 俺ならいつだって大丈夫だよ!」
「何が……っ? ……はぁ。お前さー、ほんとは頭、いいだろ」

 先程からじりじりと克雪から距離を取っている。だが克雪はニコニコと気を悪くした様子もなく、その距離をまた縮めてくる。そんな無言の攻防戦を余所に祥悟が聞くと「うん」と遠慮も何もないまま頷いてきた。

「……」
「俺、頭いいよ?」
「……お前の辞書に謙遜という文字は無いのか……? いや、いい。頭いいならほんとちゃんとやれよ」
「だってしょーごくんを……」
「いやもうほんっと勘弁して。だったら! 俺を思うならちゃんと授業聞いていい成績取ってくれない? 期末で結果、出してくれない?」
「しょーごくんのお願い……」
「はぁはぁしないで……」
「じゃ、じゃあね? 俺、がんばったらご褒美くれる?」
「無理」
「即答っ? だってほら、俺単純だから! ご褒美あるってわかったら凄いがんばれる! あれだよ簡単な事でもいいから! ね? 望まないからさ、しょーごくんが欲しいとかしょーごくんのアレをアレしたいとか、しょーごくんのアレを俺の……」
「わかった! わ、わかったから口にも出すなやめてほんっともう聞きたくないしやめて! あ、あれだ。か、簡単なやつで……」
「わーい! やったぁ俺絶対がんばる! じゃあえっと……デート! デートしてください!」

 頬を染めてとてつもなく嬉しそうにしている表情の克雪は、男のくせにやはり確かに可愛らしい。けれども相変わらずハァハァしてきて祥悟を微妙な顔にさせた。
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