水泳部員とマネージャー

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6話

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 実際五月はプールで泳ぐには少々早い。

「マジ死ぬ」
「氷じゃね? なんの苦行?」
「ちょ、俺の唇紫になってねぇ? やべぇよ凍死するよ」
「……お前ら黙って練習始める事できねぇのか? ったく。おーい誰かマウス・トゥ・マウスでこいつらの唇暖めてやってくれ」
「すいませんでしたぁ!!!」

 部長の海原に言われ、もちろん誰もしてくるはずもないとは言え考えるのも気持ちが悪いのでその場にいた数名が速攻で謝っている。そしてバカみたいな事ばかり言っていた部員たちだが、実際練習が始まると皆ひたすら泳ぎ出す。
 最初にアップ、キック、プルでウォーミングアップをする。アップで筋肉や関節を動きやすくし、血液の循環を良くする。そして心拍数を上げて体に準備させるのだ。
 次にひたすら泳ぐ。25mダッシュを数本とか50m自己ベストプラス何秒等その時によって組合せは変わる。普通にフリーやブレスト等で泳ぐ場合もあればノーブレや潜水をさせられる時もある。また200や400mを何本といった耐久力の限界を計ってんのかと部員が聞きたくなるような練習もある。
 そして最後にクールダウンという名の追い打ちスイムがある。
 それでだいたい6千から8千メートル程泳ぐ程度だろうかと思われた。

「見てるだけで吐きそ」

 克雪はビート板の準備をしたりタイムを計ったりしながらげんなりと思っていた。実際限界に近い者は吐く場合もある。それでも泳いでいない時の部員達は総じてほぼバカな事ばかり言っている者達だったが、練習が始まると皆別人のように真剣に泳いでいた。
 もちろん全員が全員ずっと水泳をやってきた者ばかりではない。二年三年は経験者となるが、一年の中には初めて水泳部に入るという部員もいる。彼らには別メニューとして主に基礎トレーニングを中心とした練習が与えられていた。その場合は泳ぐ量も少ない。それでもかなり疲れるらしく、克雪が休憩のときに「どう?」と聞いたら「死ぬ」と返ってきた。
 そんなに辛いものを何でやるんだ、もしかして皆マゾか何かなのか、等とつい克雪は思ってしまう。

 もしかして中学の頃もやっていただろうしスイミングスクールにも通ってるしょーごくんって……まさか生粋のマゾ?

 克雪がまた飛躍した発想に頭を巡らせていると、一旦休憩に入りペットボトルから水を飲んでいる祥悟を見つけた。相変わらずいい体をしている。プール練習が始まったばかりなのに既にほんのり日に焼けたような肌なのは多分もう万年なのだろうと思われた。地黒にしてはなんて言うか顔立ちがあっさりしすぎているというか……等と勝手な事を思いつつ、克雪は祥悟の上半身をウットリと眺め続ける。
 本当ならば見つけた途端かけつけて飛びつきたい程の胸の高鳴りがあるのだが、さすがにあの練習量を見ていたら遠慮するくらいの気遣いは克雪にもある。だがその祥悟の方から克雪に近づいてきた。

 もしかして思いが届いて?

 そんな見当違いの事を思い顔を赤らめていると、傍に来た祥悟に「息荒いの、お前の具合が悪いからだと思っていいか……」等ととてつもなく嫌そうな顔をしながら言われた。

「わ、悪かったらしょーごくん介抱してくれるっ?」
「雷に頼む」
「なんでっ?」
「何でも」
「もうしょーごくんカッコいい!」
「それこそ何でっ?」
「なんでも! ねえねえしょーごくんってまさか生粋のマゾだったりする?」
「……お前といるとむしろサドになりそうだけど」
「ほんとに? ああんもう、俺、しょーごくんになら何されてもいいよ!」
「……。そんな事よりさっきの25の6本、タイム見せて」

 とてつもなく微妙な顔をした祥悟は、無視を決める事にしたのか完全にスルーして克雪の持っているノートを指さしてきた。

「え、そんな理由で俺に近づいてきたの? しょーごくん、俺を利用してるだけだったの?」
「あー遊馬が日坂に弄ばれたらしいぞ」

 克雪の発言を聞いた他の休憩中の部員がおかしげに笑いながら別の部員に言う。

「あーあ、可哀想にな、雪」
「やめてください……! お前もその言い方やめろよ!」

 ため息をつきながら祥悟はタオルで手を拭いてからニコニコしている克雪からノートを奪い、自分でチェックし始めた。そして見終わると「サンキュー」と一応礼を言ってノートを返してきた後ですぐに離れていってしまった。

 そっけない! でもそこがまたカッコいいよしょーごくん!

 克雪はそんな祥悟の後ろ姿をまた息を荒げながら見る。そして他の部員はそんな克雪を見ていた。
 克雪は水着を着ない。だがどうしてもプールサイドにいたりするので足元が濡れないよう、短パンを履いている。上着は学校体操着のTシャツの上にジャージを着ているのだが、自分は高校で飛躍的な背の伸びを見せると信じている克雪は一番大きなサイズを購入していた。なので上着は全然体に合っていない。

「遊馬のあの恰好ってなんつーか下、履いてないみたいに見えるよな」
「見える見える。おまけにあいつ男の癖に脛毛どうした。ログアウトしてんぞ」
「顔や身体つきもさ、あれだしな。くそ、俺ダメな世界開きそうでヤベえわ」

 そんな本気とも冗談ともつかないような事を何人かが話しているのを祥悟は聞いた。とてつもなく微妙な顔で、話している部員を見る。

 そんな目で見る事ができるヤツもヤツだが、だいたい何であいつ体操着のハーフパンツじゃなくて短パン履いてんだよ……。

 また、ため息をつくと一応注意しておこうと祥悟は練習に戻る前にもう一度克雪の元に近づいた。別に無視していればいいのになんでわざわざ自分は注意なんて、等と思いつつ。
 だが祥悟が傍に来て言う前に秋薫が克雪の元に向かっていた。

「遊馬、その恰好よくないぞ」
「何で?」
「足丸出しだろ」
「それを言うなら雷達は大事なとこ以外全部丸出しだと思うんだけど!」

 尤もだと思う事を克雪が言うのを少し離れたところから祥悟は聞いて少し驚く。

 あいつ、普通の事、言えんのか……。

 とてつもなく常識のない全くもって破天荒なヤツでしかないと思っているので、本来なら驚くほどの事でもない事でも驚いてしまう。

「バカだな遊馬」
「何でー!」
「お前だって基本女子好きなんだろ? そう言ってただろ?」
「うん、可愛いもんね、大好きだよ女の子!」
「じゃあ考えてもみろよ。綺麗な足した女子が水着姿でいるのもそりゃいいかもだけど、長い上着のせいでほぼ短パン見えない女子の姿。履いてないように見えんだぞ?」
「ああ、それはテンションあがるね!」
「だろ? だからお前はその恰好やめとけって」
「…………。……? 雷、ごめん、繋がりがわかんないよ!」

 周りでは「雷余計な事言うな」という雰囲気丸出しで秋薫のそれ以上の発言を止めにかかろうとしている部員がじりじり近づいている。男云々抜きにしてマネージャーも部員にも女子が居ない分、基本バカな事をするヤツという認識の克雪を目で楽しむ相手と周りは再認識したのかもしれない。

 なんて言うか……ほんとやっぱりバカばかりだ。

 祥悟は何度目か分からないため息をつくと大股で歩いていき、素早く克雪の腕をとるとそのまま更衣室まで一気に移動した。背後では「日坂ばかやろ……!」等とちょっとした罵倒が聞こえるがこの際無視だ。
 いや、別に克雪がどう見られようが放っておけばいいのにやはり自分は何してんだ……と更衣室に入ると我に返っていると腕をつかんでいた克雪が祥悟に抱きついて来た。

「しょーごくんったら部活中なのに! でも俺はいつでもいいよ!」
「っ何の話だ! 違う、やめろバカ離せバカ!」

 とりあえず説明も面倒くさい為、祥悟はただ「今後体操着のハーフパンツを履け」とだけ言い放ち、何とかまとわりつく克雪を振り解くとその後は他の部員のブーイングも何もかも無視をして練習を再開した。
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