水泳部員とマネージャー

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2話

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 克雪の朝はテレビでやっている占いを見ながらの髪を整えるところから始まる。ふわりとした髪質は一見可愛らしさを増長させてくれるものの朝起きた時は切ないほどぼさぼさになる。なのでテレビを見ながら丁寧にブローをし、そして可愛らしい髪留めで前と横の髪の一部を留めたり結ったりして完成する。

「んふ、俺、今日も可愛い」

 つるつるの頬をなぞりながら鏡を見て克雪はニッコリとする。体毛は腕や足も薄い方なので多分髭も、もしそれらしく生えるならもっと大人になってから生えるような気がしている。
 中学の時はこの可愛い顔自体は嫌じゃなかったけれども髭に憧れてもいた。だがクラスメイトの祥悟を好きな今、むしろつるつるでありがとうございますと日々感謝している。自分も女の子が好きなので、多分祥悟もできるなら可愛い方が好きだろうと思っているからだ。祥悟の為なら女装だって厭わない。いや、学校に行くのでさすがにしないけれども。

「あ、でも俺だって可愛い女の子好きな筈なのにしょーごくんは全然可愛くない……!なのに好き!」

 好き、と一人で照れたように言ってから、もし祥悟がカッコいい方が好きなのだったらどうしようと克雪は無駄な事に思いを馳せる。
 祥悟の身長は高い。それに中学の時も多分水泳部だっただけあって元々細身なのだろうが中々いい体をしている。それは克雪が溺れた際に助けてくれた後に着替えていた時にも思ったし、日々抱きつきながらも感じている。
 そんな風に祥悟は全然可愛いという定義から外れているのに、克雪は好きだ。祥悟の顔は実際地味な方で目立つ訳ではないけれども、あっさりとしていてそれも克雪的には全然素敵だと思っている。

「どうしよう、しょーごくんも可愛い子よりも髭もじゃのもっさいのが好きだったりしたら……俺、対処できない」

 その前に祥悟がまず男に興味がないという事実は、元々男に興味がなかった筈なのにあっさり男を好きになった克雪にとってはこれっぽっちも気になる部分ではなかった。
 ふとその時テレビからは自分の星座の運勢が流れる。

『今日の恋愛運勢を上げてくれるカラーは赤!』
「赤! よぉし、じゃあ今日はこのピンクのふさふさちゃんの気分だったけど、リボン! 赤いリボンにする!」

 先に透明のゴムで前髪を結っていた克雪はその上から赤いリボンを巻きつけ形を整えた。

「……あんた高校生になってからちょっと方向性間違えてない……?」

 可愛く整えた姿を母親は生ぬるい顔で見てきたが、止める気は無いようだ。姉の雪美もおかしそうにニヤニヤと克雪を見てくるだけである。

「ネクタイもそんな風に結んで。学校で怒られないの? だいたい外見ばっか可愛くしても、中身伴ってないと意味ないんだからね」

 克雪が「全然間違ってないよ」と答えるとそんな事を言いながら母親は弁当を差し出してきていた。

「おはよう、しょーごくん! 今日も素敵、抱いて!」

 学校に着き教室に入ると、克雪の目に真っ先に入ってきた祥悟に抱きつきに行く。背後からギュッと抱きしめると、今日もそこに細身なのに確かな筋肉の感触が伝わってきて克雪は息を荒げた。

「……なんか息が荒い……! ていうか離れてくれ……」

 そんな克雪に対し、祥悟がドン引きしたように引きはがしてきた。そして微妙な顔で克雪の髪を結んでいる赤いリボンを見る。

「あ、これ? 可愛い? 今日の運勢で赤いものを身に付けると恋愛アップって言ってて! これで俺としょーごくんの間はとっても縮まるよね? きっと今日にでも二人は熱い抱擁を交わして……」
「ない! あり得ない……! そして息荒げんの、ホントやめてくれ……」

 祥悟は更に青くなりながら克雪から逃げるようにして席についていた。
 高校に入学してこのクラスに初めて入った際に克雪が祥悟を見つけた時は心底神に感謝をしていた。早速「しょーごくん!」と声をかけにいくと、祥悟は忘れていたようではあったが「溺れた時に」と克雪が言うとすぐに思い出してくれていた。

「そういやお前、何て名前だっけ」

 再会してようやく名前を聞いてくれ、克雪は嬉しさにキラキラ目を輝かせながら自己紹介をして、その場ですぐに告白していた。

「あの時から俺、しょーごくんが好き! 凄く好き、だから俺と付き合って」
「…………え?」

 祥悟は唖然としたように克雪を見てきた。そして周りもシンとしつつ「一体どうした」といった風に二人を見てきたのだがそんな雰囲気に怯む克雪では無かった。

「あれ? 皆どうしたの? あ、そうだ、俺ね、このしょーごくん好きだから、皆応援してね!」

 ニッコリ笑ってそう宣言すると、それでも少しの間が合った後で誰かが「マジでか、よし、応援する」と言ってきた。そこから周りも次々に「がんばれ」「可愛い」「応援してる」と声があがる。そうして一瞬の内に克雪が祥悟を好きなのだと広まりそして受け入れられた。

「……いや、何で。おかしいだろ……」

 言われた張本人である祥悟だけが顔を引きつらせていた。

「え? あ、そんで返事は……」
「ノー……!」
「ええっ?」

 そうして今に至る。



「しょーごくん照れ屋さんだもんね、ごめんね皆の前で聞いちゃって。でも俺はそんなしょーごくんも好き」

 懲りた様子もなくそう言って日々克雪はニコニコと祥悟に積極的に絡んでくる。祥悟はその度にドン引きしつつもはっきりお断りをしているのだが何故か皆の目はまるで二人を暖かく見守っているようにしか見えないので切なかった。
 ちなみに克雪は部活にまで祥悟を追いかけてきた。

「お前、泳げないんじゃないのか?」

 祥悟が部活の入部届けを出しに行こうとした時は「俺も! 待ってしょーごくん」と駆けつけてきた克雪を困ったように見た。

「んー。そーなんだけどしょーごくんと同じクラブに入りたいから」
「何言ってんの……何しに行くんだよ。周りにも迷惑かけるだけだろ。来るな」

 呆れたように祥悟が言うと「そっかー迷惑は駄目だね」と返ってくる。あんなにやたらめったらガンガンくるので迷惑云々を気にするタイプではないだろうなと勝手に思っていた祥悟は少し意外に思いながら克雪を見た。

 案外もの分かりはいいのか?

 そう怪訝に思いつつ克雪を見ていると、その視線に気づいた克雪が頬を赤らめながら「しょーごくんが俺を見てくれた!」などと言ってくる。

「……そういう風に持ってくのやめてくれ」
「え? しょーごくん、俺ね、部員は無理だけどあれだ、マネージャーやる!」
「は?」

 ポカンと祥悟がしていると克雪は「ほら、早く出しに行こうよー」と今度は率先して走り出した。
 あの克雪が部活にまで付きまとい、しかもマネージャーをしてくるとか何それ怖いと祥悟は青くなる。そして克雪を阻止すべく同じように走り出したが、泳げないらしい克雪の足は速かった。何とか息を切らしつつ追いついて腕をつかむも既に職員室であり、しかも「しょ、しょーごくんに追いかけられて腕つかまれた! ハァハァ」と違う意味で息を切られた。おまけに丁度職員室を出ようとしていた鬼崎先生に微妙な顔で見られた。
 祥悟が落ち込んでいる間に既に克雪はマネージャー希望として入部届けを提出しており、あんなに必死になって走った意味がまるでなくなってしまった。結局部活にまで追いかけてこられた克雪は、今日もこうして朝から赤いリボンをつけて可愛らしく祥悟に迫って来る。
 実際、納得したくはないが克雪は祥悟の目から見ても男の癖にどこか可愛らしい様子はしていた。髪留めをつけていても男だと知っているから微妙な顔で見るだけであり、見た目に違和感はない。背も高くないせいでその辺の女子と並んでいても違和感はないかもしれない。
 それでも克雪はまごうことなき男子であり、そして祥悟は男に興味はないし、そういう意味で好かれて引きはすれども嬉しくもなんともない。

「ほんと近寄らないでくれ。頼む」
「しょーごくん、ほんと照れ屋さん……可愛い。俺も可愛いけどしょーごくんのそんなところも可愛くて好き!」
「……」

 そして何を言っても前向き過ぎるくらい前向きにとらえてくる上にいちいち好きだの抱いてだの言ってくるので、これからはできる限り無視をしようと祥悟は心に誓った。

「しょーごくん」
「……」
「しょーごくん」
「……」
「寡黙なところも好き! 抱いて!」

休み時間に声を掛けられたので黙っていると背後からまたぎゅっと抱きしめられた。

 ……黙っていても駄目なのか……!

 祥悟は唖然としつつ、心なしか腹を撫でてきている気がする克雪の回してきた手を無言のまま必死になってはがそうとしていた。
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