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クリスマスが始まる前に

9 Rudolph(終)

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 二十四日は丸一日、トムテは無事死んでいた。それでも何とか業務はこなした。

「さすがトムテ。あんなに昨日は大活躍だったし疲れてるだろうにすごいね」
「俺が死んでるのはほぼお前のせいなんだよ能無しが……」

 じろりと睨むとトナカイが「それはほんと、ごめんなさい……」と素直に謝ってきた。
 一見トナカイはこうして素直だ。だがセックスの時毎回思うが、結構やりたいようにやっている感が半端ない。柚右に対してもあれほど色々言われても変わらず自分のしたいように崇め、仕えているのを思えば、絶対に素直の皮を被った放縦っぷりだとトムテは思う。
 夜中まで働き詰めでようやく今日の分の仕事が終わると、トムテは脇目もふらず一直線に自分の家へ帰ろうとした。

「あ、待って」
「待たない。帰って寝る」
「ええ。じゃあオレもトムテの家、行く」
「は? ふざけんな。今日もする気か? 殺すぞ」
「ち、違う違う! さすがに二日続けてしないよ、だって元々お休みの前日だけしか、しちゃいけないってトムテに言われてるし……。それに明日はサンタ様と一緒に仕事だし」

 またサンタ様だよ、この能無しが。

 トムテと翌日仕事だろうが気にせず突っ込むくせに、柚右と翌日仕事だとちゃんと配慮して備えようと思っているように感じる。思わず「お前は俺とサンタ様とどっちが」と言いかけそうになり、トムテは思いきり舌打ちした。

「何でそこで舌打ちしてくるの」
「煩い。とにかく引き留めんな。帰る」
「ほんとにちょっとだけ、待って。あの、ね。えっと、これ」

 これ、と言いながらトナカイが何か包みを差し出してきた。

「何これ」
「えっと、メリークリスマス。これクリスマスプレゼント」
「は?」

 自分たちがしている仕事だけに、トムテだけでなく柚右もトナカイもお互いクリスマスにプレゼントなどしたことない。お互いどうでもいいとかそういう云々ではなく、仕事の延長でしかない気がするのもあるからかもしれない。それもあり、余計にトムテはポカンとした。

「何で」
「前からたまに思ってたけど、最近特にトムテ、指気にしてるから……」
「指?」

 包みを開けると、中から手の指の形をした骨のようなものが二本出てきた。リボンがついている。

「何だ……?」
「このリボン結んでつけたら、トムテも一応五本指になれるでしょ。そしたらベファーナに頼んで大好きな、綺麗でかっこいいマニキュアを存分に楽しめるかなって」
「……は」

 ちゃんと見ると爪の形をした部分にはすでにマニキュアが施されていた。だがデフォルメされたトナカイなのかもしれないが、あまりに子どもの落書き以下で笑えてきた。

「おま……これ」
「絶対笑うと思った。仕方ないでしょ、オレこういうの向いてないもん。でもトムテにあげるから描いてみたかったの。明日仕事前にベファーナのとこ寄って、一旦落として綺麗にしてもらったらいいよ」

 とりあえずひとしきり笑った後、トムテはこの指のような骨のようなものが何かにようやく気づいた。

「これ、お前の大事な角じゃ……?」

 人間の姿になっても基本消さない自慢の角をよく見れば、一部欠損していることにも気づいた。

「うん」
「な、何てことしてんだよ。大事な角なんだろが」
「大丈夫だよ。トムテも知ってるでしょ。オレらの角は毎年生え変わる」

 確かに春になるとトナカイの角は付け根のところからぽろっと落ちる。そして二、三日もすれば落ちた角の部分から小さなコブのようなものがもう生えてきて、その後二、三か月もすれば結構な高さになっている。だがまだこの時点では袋角と呼ばれる柔らかい角であり、その後成長が終わると角化が始まって秋にようやく武器のように堅くなる。

「知ってるけどそういう問題じゃ……」

 トナカイのアイデンティティとも言えるものを壊してまで、トムテはどうしても五本指になってみたかったわけじゃない。そう思っているとトナカイがにっこり嬉しそうに笑ってきた。

「オレの角は大事だよ。この角で本来、子孫残すため雌をめぐって他の雄と突き合わせ戦うものだし。でもオレにとって角をかけても欲しい人はトムテだし、そのトムテになら角を折ってでも喜んでもらえることしたい。本音だよ」
「……能無しめ」
「もう。そんな真っ赤な顔して言うこと? それをね、つけてみて欲しくて。でもあまり引き留めても眠そうだし、トムテの家行けばいいかって思ったの」
「馬鹿トナカイ」
「ほんとトムテは」
「能無し」
「まだ言うの?」
「能無しに決まってんだろ。こんなことされたらこれつけたとこ俺だって見てもらいたいし、これつけてお前に触れたくなるし、何ならヤりたくなるだろうが、馬鹿トナカイ」

 思いきり睨むと、トナカイが破顔した。



「トムテ、大丈夫ですか? 昨日仕事はりきりすぎたのでは?」

 荷物を持った途端、少し足をがくがくさせてしまい、柚右に心配されてしまったトムテは思いきり首を振る。

「ちょっとバランスを崩しただけなので」
「ほんと? あ、もしくは僕がいない隙に二人でお楽しみだったのでしょうかね」
「……冗談じゃありません」
「ふふ。ほんとトムテは。よし、今日は僕が二倍働くと言ってましたしね。男に二言はありません。トムテの分までがんがん仕事、しますよ」
「そ、それこそ本当に冗談じゃありません……! 俺は俺の仕事を……!」
「それにあなたが大活躍してくれたおかげで倉庫が無事だったと聞いてますよ。昨日はゆっくりマサと甘い時間を過ごせただけじゃなく、本当に感謝しかありません。まさにハッピークリスマスですね」
「もったいないお言葉です」
「だからトムテはとりあえずソリで荷物の在庫チェックとかを今日はひたすらしてください。それも大事な仕事です」
「りょ、了解しました。ありがとうございます」
「いえいえ。そうそう。荷物運ぶには、そのかわいい指は向いてないでしょうしね。トナカイの絵、ほのぼのしますね。トナカイが描いたんでしょ? そのままにしてるんですね」
「これはたまたま時間がなく、て」
「トナカイもめずらしくマニキュアしてましたよ。僕とトムテの絵だった。あれはベファーナが描いたものですね」

 何もかも見透かしてますよと言われているようで、トムテは珍しく顔を作れないまま書類にひたすら顔を落とした。

「サンタ様ー! そろそろ出発しますね!」

 少し先で変わらず柚右を崇めてやまない、元気すぎるトナカイの声が聞こえてきた。
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