洋菓子店主の苦悩

Guidepost

文字の大きさ
上 下
2 / 20

2話

しおりを挟む
 袖をめくり上げるとけっこう深そうな傷に見えた。

「うわ……これ、切られたの?」
「さぁ、多分?」
「けっこうな傷なのに適当だね」

 少し呆れてため息を吐くと、相手はじっと柚斗を見てくる。今まで態度や口調に気がいってしまいすぐに気づかなかったが、男はとても綺麗な顔立ちをしていた。切れ長で二重瞼の目にすっと通った鼻筋、引き締まった口元、どれもとてもバランスよく配置されている。背も高い。

 どう見ても美形イケメンというやつだな。

「覚えてねーんで」

 口さえ利かなければ。

 柚斗はそのまま男を水道のところへ連れていった。そして腕をつかんで傷口を蛇口へ近づけ洗う。恐らくかなりしみるとは思ったが、男は大人しくされるがままだった。
 その後椅子に座らせ、清潔なタオルで周りを拭うと患部に創傷被覆材を貼った。

「はい」
「あ?」

 大人しくされるがままだった男が傷口に貼りつけられたものを見た後に柚斗を見てきた。綺麗な顔立ちだというのに目付きが悪いのか実際そうなのか、睨まれているように見える。

「……何」
「消毒っつったのに消毒してねぇから……」
「ああ。消毒液はいい菌も殺しちゃって治り遅くなるから。こうしてるのが一番治るの早いんだよ」
「へぇ。あんた、医者っスか」
「こういうエプロンしてる俺とこの店でよくそう思えたね。洋菓子店の店主だよ」
「あー……そっスか。とりま手数かけて、すんませんっス」
「あぁ、うん……」

 うーん……。

 柚斗はほんのり目を逸らしながら少々困惑していた。反応がいまいちよくわからないというか、ついていけない。これがジェネレーションギャップというものなのだろうか。相手の年齢を知らないが、少なくともアラサーの柚斗よりは間違いなくかなり下なのだけはわかる。
 とりあえず相手も柚斗と話していても楽しくもなんともないだろう。年齢だけでなくタイプも違いすぎる。服装もお兄系というのだろうか。渋谷と新宿を混ぜたような、安っぽくはないもののチャラいホストといった格好は若い女子にはウケるのかもしれないが、柚斗からしたらあまり関わりたくないタイプのファッションだ。
 退屈してこのまま出ていってくれないかと思ったが、男はむしろ「あんた、名前なんつーんスか。俺、おうたろーっス」と話しかけてきた。

 別にお前の名前に興味ないし、そもそも名前聞いても仕方なくないか?

 もう関わることのない相手だろうと思うのだが、「おうたろー」とやらはまたじっと柚斗と見てくる。

「……柚斗だ」

 名乗るとニヤリと笑われた。美形ではあるが目付きが悪いからか、どう見ても何か企んでいるような笑顔にしか見えない。

「何……」
「いや、俺に合わせて名前の方名乗ってくれたんスか。あんたみたいなの、堅苦しく名字名乗ってくるって思ってたっスね」

 名乗られるならそうしてたっすねと柚斗は微妙な顔で思う。
 クォーターである父親はハーフである祖父ともちろん同じ名字だ。そして祖父はフランス人の曾祖父のファーストネームを受け継いでいる。要は日本の名字じゃないということだ。
 どう見ても純粋で平凡な日本人だというのに「柚斗ルグラン」だとできるだけ名乗りたくない。正式に名乗らないといけないような場面ではなるべく名刺を渡すようにしてきた。
 名刺には「柚斗(YUTO)LEGRAND」と書かれている。口頭にするよりなんとなく自分が楽だ。相手もあまり突っ込んでこない。こういう時に日本人は楽だと思う。大抵の人は「ゆうと、さん?」と聞いてくるのでニコニコ「はい」とだけ答えている。聞いてこない場合も「柚斗と申します」とさっと名乗る。

「……お前は」
「おうたろーっス」
「O太郎……、って変な名前だな?」
「あ?」

 確かに変な、と言ってしまった柚斗も悪いのかもしれないが、何故いちいち凄むのだと微妙になる。

「いや……おうってアルファベットのOが浮かんで……」
「んな訳ねぇ。んだそら」

 口調は荒いが、口元は笑っている、ように辛うじて見える。凄まれているようにも見えるが。

「桜って書いておうっス。んで、太郎」
「あ、あー、ああ。さくらたろうな」
「んだ、その日本昔話みてぇなの」

 柚斗にすれば、忌々しげな様子で言われたようにしか思えない。だが桜太郎が立ち去る様子はない。

 ほんと、何なの……。

 拾ってしまったことを後悔しつつも、チャラそうな男が大人しく椅子に座っている様子は何となくかわいらしくも思えた。

 借りてきた野良猫か野良犬みたいだ。

「何スか」

 やはり禍々しささえ感じそうな風に言われ、自分がじっと桜太郎を見ていたことに気づく。さすがに「風変わりな動物を観察していた」とは言えない。

「コーヒー。飲むか」
「うス」

 誤魔化すようについ余計なことを言ってしまったが、頷かれて仕方なく柚斗はコーヒーの準備を始めた。カヌレはワインともとてもよく合うのだが、このよくわからない相手に酒は出したくない。

「……うめぇ」

 出したコーヒーを「さんきゅーっス」と一口飲むと、桜太郎はまじまじとコーヒーを見ながら口にしてきた。

「そ、うか。ありがとう」

 口や態度が基本的に悪いのもあるのだろうか、桜太郎の言葉は飾り気がなくとも真実味が感じられる。

「これもどうぞ」

 柚斗がカヌレを出すと、桜太郎はそれをぽかんと見た後で今度は引いたような顔で柚斗を見てきた。

「何スか、コレ。焦げたんスか」
「ちげぇわ……」

 本当に飾る気ないな……!

「カヌレって言うんだ。甘いものが大丈夫なら食べてみて」
「あー……」

 何とも読めない顔で桜太郎はカヌレを手で直接つかみ、かぶりついた。そして無言のまま咀嚼する。噛み終えるとべろりと自分の指を舐めた。
 そんな様子に何となくドキリとしていると桜太郎がまた柚斗を見てきた。

「うまかったっス」

 客もよくそう言ってくれる。もちろんとても嬉しい。だが態度の悪い見知らぬ男の素っ気ない言葉は妙に柚斗の心に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝ち組の定義

鳴海
BL
北村には大学時代から付き合いのある後輩がいる。 この後輩、石原は女にモテるくせに、なぜかいつも長く続かずフラれてしまう。 そして、フラれるたびに北村を呼び出し、愚痴や泣き言を聞かせてくるのだ。 そんな北村は今日もまた石原から呼び出され、女の愚痴を聞かされていたのだが、 これまで思っていても気を使って言ってこなかったことの数々について 疲れていたせいで我慢ができず、洗いざらい言ってやることにしたのだった。

オレたちってなんだろうね。

アキノナツ
BL
この微妙なセックスはなんなのでしょう。 恋人同士だと思ってたオレだけど、気づいてしまった。 この人、他にイイ人が出来たんだ。 近日中に別れ話があると思ったのに、無い! 週一回、義務のようにセックス。 何なのですか、コレ? プライド高いから「別れよう」の一言が言えないのか?  振られるのも嫌なんだろうな。 ーーー分かったよ! 言わせてやるよ! 振られてやろうと頑張る話。 R18です。冒頭から致しております。 なんでもありの人向けでお願いします。 「春の短編祭2022:嘘と告白」に参加した作品です。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

わるいこ

やなぎ怜
BL
Ωの譲(ゆずる)は両親亡きあと、ふたりの友人だったと言うα性のカメラマン・冬司(とうじ)と暮らしている。冬司のことは好きだが、彼の重荷にはなりたくない。そんな譲の思いと反比例するように冬司は彼を溺愛し、過剰なスキンシップをやめようとしない。それが異常なものだと徐々に気づき始めた譲は冬司から離れて行くことをおぼろげに考えるのだが……。 ※オメガバース。 ※性的表現あり。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

昔のオトコには負けません!老朽喫茶店ふたり暮らしの甘々な日々~マイ・ビューティフル・カフェーテラス2~

松本尚生
BL
(あ、貴広?俺)は?ウチにはそんな歳食った子供はいない。 オレオレ詐欺のような一本の電話が、二人の甘い暮らしを変える?気が気でない良平。貴広は「何も心配しなくていい」と言うが――。 前編「ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~」で恋人同士になったふたりの二年後です。 お楽しみいただければ幸いです。

悠遠の誓い

angel
BL
幼馴染の正太朗と海瑠(かいる)は高校1年生。 超絶ハーフイケメンの海瑠は初めて出会った幼稚園の頃からずっと平凡な正太朗のことを愛し続けている。 ほのぼの日常から運命に巻き込まれていく二人のラブラブで時にシリアスな日々をお楽しみください。 前作「転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった」を先に読んでいただいたほうがわかりやすいかもしれません。(読まなくても問題なく読んでいただけると思います)

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...