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体が動かない。そして眩暈を通り越し意識を保てなくなりつつあった。
「まだ起きてるの? 大聖くんの体って薬、効きにくいのかな。あまり普段薬飲まなさそうだから、それこそ速攻落ちると思ってたんだけどね。まあいいよ。おかげで僕がしたことを楽しく話して聞かせられるしね。こういうことってさ、するのが楽しいんだけど残念ながらどれほど上手くやっても、誰にもそれを自慢できないことがつまらないんだよね。だからさ、僕は殺す相手にこうして話すことにしてるんだ。誰にも言えないよりまだましかなって思って。でも大抵ゆっくり語ること、できないんだけどね。君はそういう面でも素敵だね」
「な、んで……お、れ……」
呂律もあまり回らない。
「なぜ君を殺すのかって? そりゃあ君に関心があるからだよ。当たり前だろう?」
意味がわからない。
「最初はね、君がどうにも不審な動きをしていたから警戒してたんだ。何だろうなって」
不審?
大聖は朦朧とする頭で、何とか昌氏と出会った頃のことを思い出そうとした。そして浮かんだのは当時まだ秀真をむしろ不審者じゃないだろうかと疑っていて、部屋の片づけをこっそりしつつ何かついでに情報が入ればと思っていた頃、秀真の部屋から出てきたところを昌氏が見ていたことだ。怪訝そうに大聖を見ていた。
「この部屋の名義はね、今も君が前に聞いてきた女性のままだよ。前の住人、だっけ? 前じゃない。そのままなんだ。僕が契約し直すと足がついたら嫌だしさ。それもあってね、もしやあの子の知人か何かだろうかと最初は君に近づいたんだ。様子を窺うためにね。その内君に関心が湧いて。君のとても綺麗で上品な顔立ちや真面目な性格とかね。いいなって思った。僕をすごい人だと思ってくれるところも好みだしね」
大聖の意識はかろうじて何とか保っているところまで来ていた。今にも目が裏返りそうだった。そんな状態でも案外話が入ってくるのは、何とか意識を保とうと大聖の全身ががんばっているからかもしれない。
そして秀真に「ごめん」と心の中で謝った。都合を押しつけていたのかもしれないだけでなく、あれほど昌氏のことを注意してきてくれていたのに結局無駄になりそうだった。
……いや、無駄に、ならな、い……よう、に……がんばれ、よ……俺……!
責任を取って結婚するのではなかったのか。これではなおさら無責任だ。
それに義務、と言ってしまえばあまりに味気ないものの、責任を取るという気持ちに、わりとそういった義務感はあったかもしれない。だがその後秀真と何度もやり取りをしていていつの間にか、きっかけなど本当にわからないが、大聖は本気で秀真と一緒にいたいと思うようになっていたようだと今、こんな時に実感する。
一緒に……いたい、なら……眠る、な……俺……。
せめてちゃんと好きだと伝え、できることなら今度は自分の意志で秀真と体を重ねたいと思う。あんな流されてじゃなく、自分の意志で。
「好きだよ、大聖くん」
まるで大聖の考えを変に読んできたかのように昌氏が優しく口にしてきた。
ああ、それを俺は……彼に、伝え、たい。
「す、きな、ら……な、ぜ」
「まだ意識保ってるのか。本当に君はすごいね。ああ、爪を食い込ませてたんだね。駄目だよ、君ですら君を傷つけるなんて駄目だ」
思い切りぐっと手を握りこんで長くもない爪を皮膚に食い込ませていたことに気づかれた。優しい口調とは裏腹に容赦なく手首をつかみ上げられ、大聖は痛みに顔をしかめた。だが痛みは歓迎でもある。どこかを痛めつけていないと意識を失う。
「君を傷つけるのは僕だけだからね」
食い込み過ぎて血がにじんでいる手のひらに、昌氏が舌を這わせてきた。大聖に怖気が走る。
「好きならなぜって? 当たり前だろう。君に関心があり好きだからこそ、君を僕のものにするんだよ。ああでもセックスじゃないよ。して欲しいなら最後にしてあげてもいいけど、どうせ君ももうそれどころじゃないだろう? それにあんなものしなくても、もっと君の全てを僕のものにする方法があるからね。何か知りたい? 知りたいだろ? 特別に教えてあげるよ。それはね」
昌氏は大聖を優しく抱き寄せてきた。そして耳元で囁いてくる。
「君を食べることだ。文字通りね」
ああ、と大聖は驚くことすらもうできずに、さらに薄れゆく意識の中でそれがどこかでわかっていた自分を思う。恐ろしいはずなのに、その感覚を自覚することすら疎ましいくらい、意識を保つことが難しい。
「安心して。ちゃんと殺してから食べてあげるから。生きながらなんてそんな非人間的なことしないよ。僕は鬼じゃない。ちゃんと痛くないよう殺してから、君の骨と肉を切断していくからね。本当は君を向こうのマンションにしばらく閉じ込めて水と……せめて果物程度だけ与えて臭みを取ろうかと思ってたんだけどな。でも放っておいたらあのシュウマって子がどんどん邪魔しそうでね。取られる前に取らなくちゃでしょ。でもきっと君は美味しいと思うよ、このままでも。ねえ、どこから食べようかな。やっぱり脳を新鮮な内に頂こうか。それとも柔らかい頬の肉? 舌もいいなあ。肝臓は味付け次第でとても美味しくなるよね」
「……ぁ」
「もう喋ることもきつそうだね。ああ、本当に焦りたくはなかったんだけどね。予定外だ。もっとじっくり君とじわじわつき合って楽しみを引き延ばしたかったし、君という肉を美味しく熟成させたかった。愛してるよ、大聖くん」
本当にもう意識を保てなかった。おまけに何も考えられない。多分そしてもう何も聞こえない。
ごめん、父さん、母さん、兄さん、菜実さん……兄さんと幸せになって……、秀真、責任、取れな……本当にごめ──
どこかでガシャンという音が聞こえた気がしたが、昌氏が大聖を殺すために動いた時の音か何かだろうか。どのみちこれ以上は本当に何も考えられず、電源が切れたパソコンのようにプツリと遮断された。
「まだ起きてるの? 大聖くんの体って薬、効きにくいのかな。あまり普段薬飲まなさそうだから、それこそ速攻落ちると思ってたんだけどね。まあいいよ。おかげで僕がしたことを楽しく話して聞かせられるしね。こういうことってさ、するのが楽しいんだけど残念ながらどれほど上手くやっても、誰にもそれを自慢できないことがつまらないんだよね。だからさ、僕は殺す相手にこうして話すことにしてるんだ。誰にも言えないよりまだましかなって思って。でも大抵ゆっくり語ること、できないんだけどね。君はそういう面でも素敵だね」
「な、んで……お、れ……」
呂律もあまり回らない。
「なぜ君を殺すのかって? そりゃあ君に関心があるからだよ。当たり前だろう?」
意味がわからない。
「最初はね、君がどうにも不審な動きをしていたから警戒してたんだ。何だろうなって」
不審?
大聖は朦朧とする頭で、何とか昌氏と出会った頃のことを思い出そうとした。そして浮かんだのは当時まだ秀真をむしろ不審者じゃないだろうかと疑っていて、部屋の片づけをこっそりしつつ何かついでに情報が入ればと思っていた頃、秀真の部屋から出てきたところを昌氏が見ていたことだ。怪訝そうに大聖を見ていた。
「この部屋の名義はね、今も君が前に聞いてきた女性のままだよ。前の住人、だっけ? 前じゃない。そのままなんだ。僕が契約し直すと足がついたら嫌だしさ。それもあってね、もしやあの子の知人か何かだろうかと最初は君に近づいたんだ。様子を窺うためにね。その内君に関心が湧いて。君のとても綺麗で上品な顔立ちや真面目な性格とかね。いいなって思った。僕をすごい人だと思ってくれるところも好みだしね」
大聖の意識はかろうじて何とか保っているところまで来ていた。今にも目が裏返りそうだった。そんな状態でも案外話が入ってくるのは、何とか意識を保とうと大聖の全身ががんばっているからかもしれない。
そして秀真に「ごめん」と心の中で謝った。都合を押しつけていたのかもしれないだけでなく、あれほど昌氏のことを注意してきてくれていたのに結局無駄になりそうだった。
……いや、無駄に、ならな、い……よう、に……がんばれ、よ……俺……!
責任を取って結婚するのではなかったのか。これではなおさら無責任だ。
それに義務、と言ってしまえばあまりに味気ないものの、責任を取るという気持ちに、わりとそういった義務感はあったかもしれない。だがその後秀真と何度もやり取りをしていていつの間にか、きっかけなど本当にわからないが、大聖は本気で秀真と一緒にいたいと思うようになっていたようだと今、こんな時に実感する。
一緒に……いたい、なら……眠る、な……俺……。
せめてちゃんと好きだと伝え、できることなら今度は自分の意志で秀真と体を重ねたいと思う。あんな流されてじゃなく、自分の意志で。
「好きだよ、大聖くん」
まるで大聖の考えを変に読んできたかのように昌氏が優しく口にしてきた。
ああ、それを俺は……彼に、伝え、たい。
「す、きな、ら……な、ぜ」
「まだ意識保ってるのか。本当に君はすごいね。ああ、爪を食い込ませてたんだね。駄目だよ、君ですら君を傷つけるなんて駄目だ」
思い切りぐっと手を握りこんで長くもない爪を皮膚に食い込ませていたことに気づかれた。優しい口調とは裏腹に容赦なく手首をつかみ上げられ、大聖は痛みに顔をしかめた。だが痛みは歓迎でもある。どこかを痛めつけていないと意識を失う。
「君を傷つけるのは僕だけだからね」
食い込み過ぎて血がにじんでいる手のひらに、昌氏が舌を這わせてきた。大聖に怖気が走る。
「好きならなぜって? 当たり前だろう。君に関心があり好きだからこそ、君を僕のものにするんだよ。ああでもセックスじゃないよ。して欲しいなら最後にしてあげてもいいけど、どうせ君ももうそれどころじゃないだろう? それにあんなものしなくても、もっと君の全てを僕のものにする方法があるからね。何か知りたい? 知りたいだろ? 特別に教えてあげるよ。それはね」
昌氏は大聖を優しく抱き寄せてきた。そして耳元で囁いてくる。
「君を食べることだ。文字通りね」
ああ、と大聖は驚くことすらもうできずに、さらに薄れゆく意識の中でそれがどこかでわかっていた自分を思う。恐ろしいはずなのに、その感覚を自覚することすら疎ましいくらい、意識を保つことが難しい。
「安心して。ちゃんと殺してから食べてあげるから。生きながらなんてそんな非人間的なことしないよ。僕は鬼じゃない。ちゃんと痛くないよう殺してから、君の骨と肉を切断していくからね。本当は君を向こうのマンションにしばらく閉じ込めて水と……せめて果物程度だけ与えて臭みを取ろうかと思ってたんだけどな。でも放っておいたらあのシュウマって子がどんどん邪魔しそうでね。取られる前に取らなくちゃでしょ。でもきっと君は美味しいと思うよ、このままでも。ねえ、どこから食べようかな。やっぱり脳を新鮮な内に頂こうか。それとも柔らかい頬の肉? 舌もいいなあ。肝臓は味付け次第でとても美味しくなるよね」
「……ぁ」
「もう喋ることもきつそうだね。ああ、本当に焦りたくはなかったんだけどね。予定外だ。もっとじっくり君とじわじわつき合って楽しみを引き延ばしたかったし、君という肉を美味しく熟成させたかった。愛してるよ、大聖くん」
本当にもう意識を保てなかった。おまけに何も考えられない。多分そしてもう何も聞こえない。
ごめん、父さん、母さん、兄さん、菜実さん……兄さんと幸せになって……、秀真、責任、取れな……本当にごめ──
どこかでガシャンという音が聞こえた気がしたが、昌氏が大聖を殺すために動いた時の音か何かだろうか。どのみちこれ以上は本当に何も考えられず、電源が切れたパソコンのようにプツリと遮断された。
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