隣に住むものは……

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「ごちそうさま」

 コーヒーを飲み終えた大聖は、昌氏に礼を言って帰ろうとした。だが「コーヒーを慌ただしく飲んでもリラックスしないでしょ」とカップにお代わりを注がれた。

「今度ゆっくり来るってさっきも言ったよ」
「でもほら、僕の都合が合わないかもだから」

 またふんわり違和感を覚えた。だが違和感だと思うほうが違うような気もする。

 俺も秀真と何か約束するとして、この日が自分にとって都合いいなら……いや、一緒に何かするなら俺の場合、お互いの都合を合わせるような……? もしくは秀真の都合に合わせる気が……いや、あえてそう考えてしまうだけで実際はわからないだろ、どうしてもしたいことがあったら……いや、どうなんだ──

 もし、とか例えばなどの仮定を考えても、それこそ自分をいい子にするような考えになりそうな気がして大聖は考えるのをやめた。

「柄本さん。俺、今日は秀真が休みだった気がするから、一緒に食事しようと思ってて」
「シュウマ? ってああ、隣人の。でも思ってたってことは約束していたんじゃないんだよね?」
「まぁ」
「それなのに勝手に押しかける気だった? シュウマくんにも予定はあるんじゃないの?」

 そう言われるとそうだ。大抵ホストの仕事をしているか家でダラダラしている印象だったため、それこそ自分の都合を押しつけていたのかもしれない。
 ああ、だからかと大聖はようやくわかった。いつも秀真が「勝手に開けるな」と怒っている理由だ。
 地元ではそもそも鍵をかける習慣があまりなく、知り合いは皆勝手に開けて玄関口で声をかけていた。年寄りも多いためか家には大抵誰かしらいることが多く、特に問題なかった。そんな感覚がずっと大聖の中にあった。もちろん当時秀真を不審者かもしれないと疑っていた上で合鍵を作り最初に勝手に入ったことは悪いと思ったし、それについては謝った気がする。だがその後は知り合いなのだから問題ないだろうと思っていた。
 秀真にとっては都合を押しつけられ迷惑だったのかもしれないと今、大聖は目から鱗だった。せっかく淹れてくれたコーヒーをまた口にしながら「そうかもだよな」と頷く。

「ね。だから今日はもうやめておくといい。お腹が空いてるとか? ならコーヒー豆を買った時についでに買ったパンがあるよ」

 パン、と聞いて大聖は秀真の話を思い出した。とはいえ何と聞けばいいのか。いきなり「前にその店でパンをめちゃくちゃ細かくちぎってなかった?」と目上の人に聞いてよいものなのか。地元ならそれもありかもしれないが、洗練された大人相手にはどうだろう。というか地元では確かにパンを細かくちぎるような者は小さな子どもくらいだろう。となるとますます聞きづらい。

「どうかした? パン食べる?」
「あ、えっと、柄本さんは?」
「僕? ふふ。僕は後で食べるよ。ちょっといい肉が入る予定なんだ。今はまだだから、ごめんね、大聖くんには食べてもらえないけど」
「いや、全然それは……」

 頭を振ると少しクラリとした。寝不足とか栄養不足などは大聖には当てはまらないし、そこまで強く振っていないのにと怪訝に思う。

「大丈夫?」
「あ、うん」

 何だろうか。少しぼんやりする。頭をハッキリさせるために大聖はコーヒーをもう一口飲んだ。

「やっぱり具合、悪そうだけど」
「大丈夫。その、柄本さんってさ、パンを細かくちぎったりする趣味とか、ある?」

 口にしてしまった後で大聖は珍しく自分に突っ込んだ。言ってしまうなんて。それもあろうことか趣味とは。
 だが昌氏はぽかんとするどころか笑みを浮かべてきた。

「……ああ、そういえばシュウマくんとばったり会った時があったね」
「え……じゃあやっぱりその時の人って柄本さん……」

 ますます目が回ってきた。さすがにおかしいと思う。

「ちょっと……俺、やっぱり具合、が……」

 言いかけていると昌氏が近くまできて大聖の頬をぺろりと舐めてきた。

「な、……?」

 目が回っている分、頭は回らない気がする。今されたことも脳の中に浸透してこない。
 だが次の瞬間には舐められたところに噛みつかれた。痛みで少しはっきりした気がしたが、すぐにまたクラクラしてくる。

「んー、即効性があるって言われてるわりに遅かったね」
「……は?」
「サイレース。フルニトラゼパムって言ったほうが知られてるかな。本当はロヒプノールを使いたかったんだけどさ、あれっていつの間にか製造中止になってたんだね。フルニトラゼパムにもロヒプノールが入っていたはずだけど今はサイレースのみみたい。何かって? 睡眠薬だよ。でも安心して? 普通に処方箋でもらえる合法的な薬。ただちょっと強いからきっともうこの後起きないね。とはいえそのほうが君にとっていいと思うよ」

 この人は何を言っている……?

「な……に」
「二杯目のコーヒーには入れてないよ。普通に注いだでしょ? 薬は一杯目だけだからよかったらこのコーヒー、もっと飲んでいいよ」

 何を言っているのだ。

「飲まないの? あ、ねえ。下に住んでたばあさんいるだろ。あれさ、本当は殺そうと思ってたんだよね。君に余計なことベラベラ喋るし。でもあんなの殺してもちっとも楽しくないじゃない。食べる気にもならないし。だから面倒になって、ばあさんの孫にさ、会って色々吹き込んでやったんだよね。この辺は危ないよって。一人暮らしの年寄りがよく狙われる事件が最近多発してるってね。嘘だけどさ。でも結果は知ってるだろ? ばあさんが大好きな孫は母親を説得して同居することを願い、ばあさんはいなくなって僕もすっきりってわけ。孫を知ってるのかって? そんなの調べたらすぐわかるだろ。ネット社会だとかさぁ、最近は皆無防備すぎるよね。情報が色んな所に転がり過ぎてて、むしろ面白味にかけるくらい。それに僕が近づいたら大抵の女性は同じく面白味にかける勢いで言いなりになってくれるしね。もっと楽しませてくれてもいいと思わない?」

 クラクラして話す余裕などない大聖に、昌氏は聞いてもいないことをさも勲章を見せるかのように楽しげにぺらぺら話してきた。ぼんやりしつつ聞き捨てならないことを沢山、口にしていることくらいわかる。そしてそれがどういうことかわからない大聖ではない。だが逃げようにも体が動かなかった。

「ああ、ばあさんの余計なことって何かって? ここに住んでいた女のことだよ」

 昌氏は相変わらず優しげな笑みで、大聖をニコニコ見てきた。
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