隣に住むものは……

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 学校は一つしか受ける授業がなく、秀真は仕事が休みなのもあり久しぶりに学校での友人と遊んで帰ってきた。とはいえまだ時間は早い。他の皆はそのまま飲みに行くと言っていたが、秀真だけ先に帰ってきていた。
 最近本当に飲む量が減った気がする。仕事ではやはり飲むことはあるのだが、もうすぐ辞める予定もあるしで、そんなに羽目を外さない。仕事を終えてからもたまに焼肉などにつき合ったりはするものの、せいぜい一杯か二杯飲む程度か、ソフトドリンクしか飲まないかだった。
 悠人からは「お前一人で勝手に健康になるつもりか」などと言われたが、別に健康目的でも何でもない。単にそんな気にならないだけだ。

「酒飲まなくても何しか飯がうめぇんだよな……あと体が軽い気がする」
「健康になってんだろ、それ多分。あーでもお前のケツは健康から遠ざかってそうだけどな」
「今何も入れてねぇわ……!」
「いや、まだ特に何も言ってねえだろ。即入れるに繋げる時点でもうお前アウトだって」

 そんな風に言ってくる悠人が、引いているのではなく楽しげに笑っているのがまだかろうじて救いなのだろうか。秀真は微妙な気持ちで思う。
 友人と別れて家へ帰る途中、そういえば大聖はアルバイトの日だっけかと何となく思った。帰っても特に予定があるわけでもないしなとスーパーへ足を向けたが、総菜コーナーで大聖の姿を見かけた途端に回れ右をした。自分はいったい何をやっているのだろうかと我に返った。これでは自分こそストーカーのようだ。だが仕方ない、仕方ないのだと、結局大聖に声をかけることなく立ち去りながら自分に言い聞かせた。
 この間の夜、秀真は例の男である昌氏にアパートでばったり遭遇してしまった。それだけでも戦慄が走るくらい、秀真は昌氏に対してわけがわからないくらいの怯えを抱いている。その上、昌氏は秀真を認識してきた。あの時は蒸し暑いというのに心臓が凍りつくかと思った。目を逸らしたくなるほどの無表情な様子から一変し、優しげな笑顔で秀真に「もしかして君、大聖くんの隣人かな」と話しかけてくる昌氏は、どう考えても秀真にとっては異質な存在だった。多分、知らない人や大聖みたいに気づいていない人からすれば本当に優しそうに見えるのだろう。だが秀真は無理だった。
 肯定ともただの挨拶とも取れるような頷きをそっとしてから、秀真は無言でその場から立ち去ろうとした。そんな秀真の背後から「君にはもったいないなあ」と昌氏は呟くように言ってきた。何を、とか何が、とか言い返すこともできず、秀真はただひたすら後ろを振り返らず自分の部屋へ向かうしかできなかった。どのみち大聖の隣人だと顔が割れているのなら、自宅がバレるかもしれないなどといった心配だけは不要だった。
 あれほど自分の家の中へ入って安心したことはない。速攻で鍵をかけ、秀真は部屋へ直進するとカーテンを閉める。昌氏は生身の人間だ。だからこの窓を覗き込むことなんてないと理性ではわかっているのだが、怖かった。そして座り込み、頭の中で勝手に繰り返される言葉を改めて心の中で復唱する。

「君にはもったいないなあ」

 大聖のことだ。間違いない。秀真にもったいないかどうかはさておき、その言葉の意味を考えた。
 どういうつもりで言ってきたのかは、ただでさえ秀真からすれば異常に思える上、知り合いでもない男のことだ、わからない。だが少なくとも、昌氏は大聖に対してかなり関心を抱いているのではないだろうか。どういった感情でかなどわからないが、間違いなく無関心ではない。
 あんな気持ちの悪い無表情な顔でパンを細かくちぎる男が、誰かに関心を持てるなど秀真には想像できない。だが大聖は昌氏が優しい人だと疑っていない。それだけでなく、仲よくしてくれる友人だと思っている節がある。ということはいくら大聖が鈍いのだとしても、昌氏も親しい友人へ向けるような振舞いを大聖にしているのだろう。

「……あのやべぇやつが? 仲よしこよし? 無理だろ……」

 やはりどう考えても友人と楽しく明るく過ごすやつに思えない。だが「もったいない」とわざわざ秀真に言ってきた。

 つか、考え逸れるけどあいつ、俺のこと昌氏に何て言ってやがんだ……? まさか恥ずかしげもなく「彼氏」だとほざいてんのか……?

 普通、とある男の友人はその男の別の友人に対し「君にはもったいない」などと言わない。少なくとも秀真にはそういった発想はないし理解できない。ということは、そういう意味だということではないのだろうか。その上であえて秀真に「もったいない」などと言ってくるということは、もしかして「だから奪うよ」とか「俺がもらう」とか、そういった言葉に繋がるのではないだろうか。

「……考えすぎ、か……? つか俺の隣人はホモばかりかよ」

 あえて軽口を口にしてみたが、気持ちは晴れなかった。どんよりと重苦しく、そしてうすら寒い。
 以前、アルバイト先へも来て、そして何だかんだで早上がりまでして昌氏の自宅にコーヒーを飲みに行ったことがあったと大聖は言っていた。世間話のつもりだろうが、その内容には違和感しかなかったし、大聖も自覚はなさそうだったが、多少なりとも違和感を覚えていそうな感じがほんのりした。
 それもあり、時間に余裕のできた秀真はつい、大聖のアルバイト先にまで足を向けていた。そして我に返り微妙な気持ちになったというわけだ。

「何で俺があのストーカー野郎の心配をしなきゃなんねえんだ……」

 そうだ、そうだと自分を納得させる。だがそろそろ大聖が帰ってくるであろう時間を半時間ほど過ぎた辺りから、一向に隣の家の物音が聞こえないことにまた胸の辺りがモヤモヤしてくるのを秀真は感じた。
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