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あれ以来あの怖い男がどうしても気になる。だが昌氏をもう少し見てみたくとも、秀真がばったり会うことはない。元々生活習慣は一般的な人とずれている自覚はあるので仕方ないとは思うが、どうにもジレンマというのだろうか。せっかく見かけた時にもっとよく見ておくのだったと、後から後悔しても始まらないとわかっていてもしてしまう。
「何だよ、また悩みでも抱えてんのか」
仕事の後で悠人に言われ「悩みってわけじゃねえけど、どうしても気になる男がいてよ」と答えたら少し遠い目をされて一歩下がられた。
「ぁあ? んだよ」
「いや……てっきり尻にハマっただけかと思ってたら……まさかのとな。思わず後退ったが大丈夫だ。俺はお前の友だちだよ、問題ねぇ。安心しろ。だが俺はマジで相手になれねぇからな」
「問題しかねぇわ……!」
この野郎、と秀真は思い切り悠人を睨んだ。
「──ってわけなんだけどよ。聞いただけじゃわからねぇわな。でもとりあえずどう思う」
ろくでもない勘違いを正すためもあり、久しぶりに仕事の後で悠人とほどよく騒がしい店へ移動し、秀真は昌氏のことを話してみた。
「お前の話だけで考えると確かにやべえな、そいつ」
「だろ?」
「つってもそのタイセイって子はいい人だっつってんだろ? おまけにそいつのがツカモトってやつとよく会ったりしてるんだろ? つかタイセイって。クソ笑うわ、俺の源氏名と一緒かよ」
「字がちげぇけどな。俺も笑った。でも今それはどうでもいいんだよ。もし柄本がサイコパスってやつなら大聖、やべーんじゃねぇのか」
「……タイセイくんは前にお前が言ってた、なんかやべーやつ、じゃねぇのか?」
「そう、だけどよ」
「なのに何でお前、そんなにタイセイくん心配してんの? ガチなの? お前、ガチなの?」
「あ? 何がガチなんだよっ?」
「ガチで好きなんか、タイセイくんのこと」
淡々とした真顔で聞かれたせいだろうか。とはいっても基本悠人はそういう顔だが、ちょっと悠人が何言ったのかわからなく、脳へ浸透するのに時間がかかった。
「そっかーマジかよ。いやぁ、まあ、応援するわ、うんうん」
「棒読みで言うなや……! あとわけわかんねぇことも言うな。何でそうなんだよ馬鹿かよ、馬鹿なのか? 馬鹿なんだな?」
「何回俺のこと馬鹿って言うんだよ。確かに勉強は馬鹿かもしんねぇけど、ホストの成績はそんな負けてねぇぞ」
「それも今どうでもいいわ……クソ、だいたいそれを言うなら俺、彼女作りたい放題なんだぞ。その俺があのストーカー野郎を好きになる要素、なさすぎるだろうが。ちげぇわ。ちげぇからな? つか、マジどうでもいいんだよそれは! 柄本だよ、今俺が! 言いてぇのは!」
悠人とはずっと長らく友人をやっているし相性も合う親友位置だと思っていたが、なぜ今さら大聖とやり取りしている時のように勘違いされたりひたすら突っ込んだりしなくてはならないのか。秀真は思い切りため息ついた。
「お前、大聖と名前同じだからって大聖みたいにならなくていいんだよ!」
「いや、そうは言っても俺、タイセイくん知らないからな? 真似しようにもできねぇよ。お前だろ、最近変なの。悩み抱えてる様子かと思えばやたら突っ込みが冴えわたったり。前のお前はもっと投げやりだった気がすんぞ」
「あ?」
「まあ、投げやり担当は俺に任せてお前は突っ込み役でいいんじゃね?」
「何言ってんだ? 俺とお前は芸人じゃねぇんだよ」
「まあ会話を突っ込んでもちんこ突っ込まれるのはお前なんだろうけどな。ああ、俺は絶対突っ込まねえからな? 俺に親友以外を求めんなよ。つか芸人な。ゲイ人な、ゲイ……」
何がツボにはまったのか、滅多に笑わない悠人が笑い出し、むしろ心底イライラさせられた。あと、もはや何をどう突っ込めばいいか収拾がつかない。
「てめぇ……」
「はー、笑った。あとな、サイコパスとか俺わからねぇけどよ、お前案外見る目はあるから、そいつがやべぇって思うなら多分やっぱりやべぇんだと思うわ」
だから気になるとしてもあまり近寄らないほうがいいのではないかと、悠人は真顔になって言っていた。
アパートへ戻りながら、確かにやばいなら近寄るべきではないなと秀真も考えていた。だが秀真が近寄らなくても大聖は違う。危険な存在だとはこれっぽっちも思っていないし、憧れさえ抱いていそうな気がする。
秀真のことを人殺しであってもおかしくないなどと失礼な風に見ていたわりに不法侵入したりと、大聖は危機管理能力に絶対欠陥があるやつだ。例え秀真が「やべぇから近寄るな」と言っても逆に近寄っていきそうな気、しかしない。その上田舎者らしいというのだろうか、洗練された大人を無条件に憧れ信頼しているとなれば、問題しかないのではないだろうか。
歩きながら舌打ちしていると、ちょうどポストのところで反対側から帰ってきたらしい人と一緒になった。特に気にしていたわけではないが、何気に相手の顔を見ると昌氏だった。
「……っ」
思い切り息を飲んだのが相手に伝わったのだろうか。昌氏も秀真を見てきた。一瞬見えた表情は、やはりあの時見たような、ぽっかり穴が開いたような何もない無表情で、夜中とはいえ蒸し暑いというのに秀真に寒気が走る。
「……ああ、もしかして君、大聖くんの隣人かな」
昌氏はだが、次の瞬間には人好きのしそうな優しげな顔で秀真を見ていた。確かにこれなら誰もが騙されるだろう。秀真以外は。
「何だよ、また悩みでも抱えてんのか」
仕事の後で悠人に言われ「悩みってわけじゃねえけど、どうしても気になる男がいてよ」と答えたら少し遠い目をされて一歩下がられた。
「ぁあ? んだよ」
「いや……てっきり尻にハマっただけかと思ってたら……まさかのとな。思わず後退ったが大丈夫だ。俺はお前の友だちだよ、問題ねぇ。安心しろ。だが俺はマジで相手になれねぇからな」
「問題しかねぇわ……!」
この野郎、と秀真は思い切り悠人を睨んだ。
「──ってわけなんだけどよ。聞いただけじゃわからねぇわな。でもとりあえずどう思う」
ろくでもない勘違いを正すためもあり、久しぶりに仕事の後で悠人とほどよく騒がしい店へ移動し、秀真は昌氏のことを話してみた。
「お前の話だけで考えると確かにやべえな、そいつ」
「だろ?」
「つってもそのタイセイって子はいい人だっつってんだろ? おまけにそいつのがツカモトってやつとよく会ったりしてるんだろ? つかタイセイって。クソ笑うわ、俺の源氏名と一緒かよ」
「字がちげぇけどな。俺も笑った。でも今それはどうでもいいんだよ。もし柄本がサイコパスってやつなら大聖、やべーんじゃねぇのか」
「……タイセイくんは前にお前が言ってた、なんかやべーやつ、じゃねぇのか?」
「そう、だけどよ」
「なのに何でお前、そんなにタイセイくん心配してんの? ガチなの? お前、ガチなの?」
「あ? 何がガチなんだよっ?」
「ガチで好きなんか、タイセイくんのこと」
淡々とした真顔で聞かれたせいだろうか。とはいっても基本悠人はそういう顔だが、ちょっと悠人が何言ったのかわからなく、脳へ浸透するのに時間がかかった。
「そっかーマジかよ。いやぁ、まあ、応援するわ、うんうん」
「棒読みで言うなや……! あとわけわかんねぇことも言うな。何でそうなんだよ馬鹿かよ、馬鹿なのか? 馬鹿なんだな?」
「何回俺のこと馬鹿って言うんだよ。確かに勉強は馬鹿かもしんねぇけど、ホストの成績はそんな負けてねぇぞ」
「それも今どうでもいいわ……クソ、だいたいそれを言うなら俺、彼女作りたい放題なんだぞ。その俺があのストーカー野郎を好きになる要素、なさすぎるだろうが。ちげぇわ。ちげぇからな? つか、マジどうでもいいんだよそれは! 柄本だよ、今俺が! 言いてぇのは!」
悠人とはずっと長らく友人をやっているし相性も合う親友位置だと思っていたが、なぜ今さら大聖とやり取りしている時のように勘違いされたりひたすら突っ込んだりしなくてはならないのか。秀真は思い切りため息ついた。
「お前、大聖と名前同じだからって大聖みたいにならなくていいんだよ!」
「いや、そうは言っても俺、タイセイくん知らないからな? 真似しようにもできねぇよ。お前だろ、最近変なの。悩み抱えてる様子かと思えばやたら突っ込みが冴えわたったり。前のお前はもっと投げやりだった気がすんぞ」
「あ?」
「まあ、投げやり担当は俺に任せてお前は突っ込み役でいいんじゃね?」
「何言ってんだ? 俺とお前は芸人じゃねぇんだよ」
「まあ会話を突っ込んでもちんこ突っ込まれるのはお前なんだろうけどな。ああ、俺は絶対突っ込まねえからな? 俺に親友以外を求めんなよ。つか芸人な。ゲイ人な、ゲイ……」
何がツボにはまったのか、滅多に笑わない悠人が笑い出し、むしろ心底イライラさせられた。あと、もはや何をどう突っ込めばいいか収拾がつかない。
「てめぇ……」
「はー、笑った。あとな、サイコパスとか俺わからねぇけどよ、お前案外見る目はあるから、そいつがやべぇって思うなら多分やっぱりやべぇんだと思うわ」
だから気になるとしてもあまり近寄らないほうがいいのではないかと、悠人は真顔になって言っていた。
アパートへ戻りながら、確かにやばいなら近寄るべきではないなと秀真も考えていた。だが秀真が近寄らなくても大聖は違う。危険な存在だとはこれっぽっちも思っていないし、憧れさえ抱いていそうな気がする。
秀真のことを人殺しであってもおかしくないなどと失礼な風に見ていたわりに不法侵入したりと、大聖は危機管理能力に絶対欠陥があるやつだ。例え秀真が「やべぇから近寄るな」と言っても逆に近寄っていきそうな気、しかしない。その上田舎者らしいというのだろうか、洗練された大人を無条件に憧れ信頼しているとなれば、問題しかないのではないだろうか。
歩きながら舌打ちしていると、ちょうどポストのところで反対側から帰ってきたらしい人と一緒になった。特に気にしていたわけではないが、何気に相手の顔を見ると昌氏だった。
「……っ」
思い切り息を飲んだのが相手に伝わったのだろうか。昌氏も秀真を見てきた。一瞬見えた表情は、やはりあの時見たような、ぽっかり穴が開いたような何もない無表情で、夜中とはいえ蒸し暑いというのに秀真に寒気が走る。
「……ああ、もしかして君、大聖くんの隣人かな」
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