隣に住むものは……

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 怪訝な顔しながら野菜などを切る手を休め、時折振り返ってくる大聖を、秀真は座ったままじろりと睨み上げる。だがひとまずは一旦自分を落ち着かせた。先に大聖が持ってきた茶を時折飲んではゆっくり深呼吸する。

「ほんとどうしたの」

 後は煮込むだけだからと言いながら大聖がやって来て、秀真の側に座る。

「今日、仕事じゃなかったの?」
「休み」
「あ、そうなのか。最近休み増えてない? 人気なくなってきたとか?」
「ちっげぇわ……! じゃなくて少しずつ減らしてんだよ。来年は就職だしな」
「え、そのままホストの世界に入るんじゃ……?」
「あ? 入らねーけど? 何でだよ」
「何でって、何となく、かな。似合ってるし」
「は。まぁ確かに俺もすげぇ俺向きの仕事だって思ったりしたわ」
「うん、だらしない感じとか不規則な感じとかそういうのが」
「はぁ? 待てそれどう聞いてもマイナスじゃねぇか!」

 思い切り突っ込んでから、舌打ちしてため息ついた。どうしてこう、毎回振り回されるのか。

「つかそんなことどうでもいいんだよ。お前、さっきあのヤベーヤツと一緒にいただろ」
「ヤベエヤツ? ああ、ヤバイはさておき、柄本さんのことだろうか」
「やっぱあいつがツカモトかよ。お前さぁ……あいつヤベェって……あまり一緒にいねぇほうがいい」

 今でも鮮明に思い出せる。パンを細かくちぎっていた、表情のない整った顔立ちの男のことを。
 別に大聖のことを心配してやる義理なんてないはずだ。ただあの男はやばい。絶対にどこかおかしい。
 これでも今のアルバイトをするようになって色んな人を見てきたつもりだ。どう考えても普通に犯罪者だろうと思えるはずの不法侵入者である大聖のことだって、本能的に危険を感じたことは正直なかった。
 だがあの男は違う。何がどうおかしいのかと聞かれても、実際に話したことすらない秀真には何も言えない。だがそれでも感じる違和感は絶対に勘違いじゃないと言える。

「それは、えっと、いわゆるヤキモチというやつか?」
「ちげぇわ……! 何でこの俺がテメェやあの男相手にヤキモチなんだよ……! ヤベェやつだって言ってんだろが!」
「でも何がヤバイ、のか俺には……」
「そ、れはちょっと上手く説明できねぇけど……」
「いい人だよ、柄本さん」
「だから嫌なんだ、テメェみたいな世間知らずは。もっと人を見る目を養えっつーんだよ」
「確かに人を見る目があるとは自負できないが、一応地元では色んな人と接してきたよ。あと周りの人と接する柄本さんを見ていてもやっぱりいい人そうだし、接した相手もすぐ柄本さんに好感を抱いている印象しかないけど」
「だったら二重人格とかなんかそんなんかもしんねぇだろ。少なくとも俺は好感抱いてねぇどころかドン引きしたわ」
「でも」
「お前、他人の男と彼氏どっち信じるんだよっ?」

 ちっとも秀真の焦燥感が伝わらない、とますますイライラとして思わず出た言葉に、発してから秀真は口元を引きつらせた。

 彼氏って何だよ俺……! 死ねよ俺……!

 一方大聖もぽかんとしていたようだが、すぐに照れたような顔で笑いかけてくる。それがまたとても忌々しい。

「そうだな、あんたは彼氏だもんな」
「照れながら言うな……あと即脳みそからその言葉を消し去れ!」
「無理だよ」
「なら俺がテメェの頭、叩き割ってやる……!」
「ええ? 柄本さんよりあんたのがよっぽどヤバイだろ。でもうん、彼氏の言葉を無視するのはよくないよな。心に留めておくから」
「彼氏じゃねぇぇぇぇ!」
「あんたが言ったんじゃないか」
「だから消せ! 即! 記憶を葬り去れ!」
「そんな無茶な。えっと、俺も多分あんたのこと好きだし、その、キスとか、その、こういう場合にすればいいんだろうか」
「だから照れながら言うな……! あとお前が責任取るとか言ってきたくせに多分って何だよっ?」
「ああ、そうだね。失礼だよなごめん。そうだよ、言い切っていればいいよね。言葉って言霊が宿ってるっていうし、言うたびに俺も実感するだろうし」
「いや、待て。言わなくていい」
「好きだよ」
「言わなくていい!」
「好きだ」
「クソ、言うなっつってんだよクソが!」

 ドン引きだ。とてつもなくドン引きだ。あの恐ろしく異様な男のことを注意したかっただけだというのに、なぜこんなことになっているのか。だいたい男からなぜ好きだなどと言われなければならないのか。ドン引きだ。
 ジロリと睨むと微笑まれた。

「何笑ってやがんだ」
「言うたびに顔、赤くしていくとこ、ちょっとかわいいなと思った」
「は……、はぁぁぁぁ? 赤くなってねぇんだよ……!」

 忌々しい。あまりにも忌々しすぎるし鬱陶しい。顔を合わせるのも忌々しくて、思い切り唇を噛みしめながら顔を逸らすと「唇は噛んじゃ駄目だよ」と手を伸ばされ、唇の歯に収まっていない部分に触れられた。途端にそこからゾクリとした痺れを感じ、秀真は慌てて引いたように大聖を睨む。

「また赤くなって、それもそんな顔して。俺、こういうのに耐性ないからちょっと反応に困る……」

 困る、と言いながらとうとう大聖まで少し顔を赤くしてきた。
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