隣に住むものは……

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 アルバイトの帰り、アパート近くまできたところで大聖は「やあ」と声かけられた。

「柄本さん」

 声でわかったが、一応振り向いてから名前を呼ぶ。

「こんばんは。柄本さんも仕事帰り?」
「うん。大聖くんもアルバイト帰りかな?」
「はい。バイト帰りにばったりなんて初めてだよね。今日は遅かったほうなの? それともむしろ早く終わったほう?」
「さあ」
「え?」

 さあ、とは。怪訝に思い昌氏を見上げると、気づいた昌氏はむしろ笑いかけてきた。

「どっちでもあるってこと。今日より遅い場合もあるし早い場合もあるし。まちまちなんだ。だから大聖くんに会ったのも偶然だね」
「ああ、なるほど」
「夕食まだでしょ。よかったら一緒に食べない?」
「そう、だけど……」

 確かにまだだし、秀真も仕事でいないしで通常はいつも一人で自炊している。ただその際に秀真の分も作っていた。

「何か都合悪い?」
「いえ、そう、だね。大丈夫です」

 できれば断って自炊してついでに夜中と明日の昼に食べる秀真の分も作りたかったが、都合が悪いというほどでもない。ばったり会ったのも珍しいし、たまにはいいだろうと大聖は頷いた。

「そう? よかった。お腹すいたよね。僕におごらせて欲しいな。美味しいもの、食べよう」
「いや、それは申し訳ないから」
「気にしないで。いいから行こう」
「は、ぁ」

 昌氏は相変わらず物腰が柔らかいし優しげだ。少々強引な気がしないでもないが、好意からくる言動だろう。大聖は促されるままついていった。
 連れて行かれた店は大聖だけなら絶対に入ることはないであろう、落ち着いた雰囲気で、その上とても高そうな店だった。

「ここの肉が柔らかくて美味しいんだ」
「でも高そうで俺には」
「おごるって言っただろ。大丈夫だよ。美味しいから大聖くんにも楽しんでもらいたいしね」

 落ち着いた雰囲気であっても、高級感のせいで落ち着かない。とはいえ昌氏の好意を無下にするのもなと大聖は言われるがまま席へついた。注文は自分では選べそうにないので昌氏に任せた。すると昌氏は満足そうにあれこれと店員に告げていた。
 料理のメニューに関して、正直全然ついていけなかった。

「大聖くんはお酒、いけるんだっけ?」
「ううん、まだ未成年だから」
「そう。残念だな。でも外で飲ませる訳には確かにいかないね。今度家でゆっくり飲もうか」

 いやそれも駄目ではと思ったが、口にする前に飲み物が運ばれてきた。大聖の前に運ばれてきたものも昌氏のものと似た感じだが色が違った。ほんのり黄金色をした昌氏の細いグラスに対し、大聖のは同じくシュワシュワしていそうだが透明な色をしている。

「アペリティフとして大聖くんのはペリエにレモンを浮かべるだけにしてもらったよ。それにしても美味しそうなアミュズ・ブーシエだね」

 日本語でお願いしたく思いつつ、そんなことを願うのもこの場に合わないような気もして大聖はただ頷くくらいしかできない。その後もオードヴルとアントレだのポワソンだのヴィアンドだのグラニテだの言われたが、わかったのはオードヴルだけだ。

「僕はディジェスティフにワインを飲んでるし、フロマージュとフリュイをつけてもらってるけど、君は代わりにカフェとミニャルディーズにしてもらったよ。甘いものは大丈夫だよね?」

 全ての言葉に「何て?」と答えたいのを堪え、大聖は「甘いものは少しなら大丈夫かな」とだけ答えておいた。
 料理は確かにとても美味しかったと思う。普段絶対に口にできなさそうな味だし内容だったと思う。だがどうにも落ち着かなくて困ったし、味もすぐ頭から抜けていく。テーブルマナーに関してはフォークなどは外から取っていくという、親戚の結婚式の披露宴の際に覚えたマナーで何とか乗り切った。
 秀真にはよく「空気を読まない、人の話を聞かない」などと言われるが、大聖としては納得いかない。話はちゃんと聞いているし空気だってこのように、とてもがんばって読んでいるほうだと自負できる。

「美味しかったね」
「そう、だね」
「そういえば大聖くんって、恋人はいるのかな?」
「あ、はい。最近できたんだ」

 コーヒーを飲みながら、ようやく普通に答えられる話題だと大聖はホッとする。とはいえこれも秀真とああいったことがなければ未だに「ううん、いないんだ」で終わって会話になっていなかっただろう。
 ふと「そう」という返事がとても低い声に感じ、ミニャルディーズとやらが単にとても小さなケーキのことではないかなどと思いながら運ばれてきた皿を見ていた大聖は、ハッとなって顔をあげて昌氏を見た。だがいつものように穏やかでにこやかな顔をしている。

「どんな子?」

 隣の秀真ですよとこの場合答えていいのかどうか少々判断つきかね、大聖は濁すことにした。

「中々のイケメン、かな」
「あはは、イケメンって。カッコいい系の女性ってこと?」
「ううん、相手は男性なんだ」

 ただそこだけは正直に答えた後で、そういえば言わないほうがいいと修にも言われていたんだっけかと気づいた。

「あ、ごめんなさい……えっと、気持ち悪かった?」
「まさか。そうなんだね。大聖くんは同性愛者なのかな?」
「いや、多分異性だと思うんだけどね、たまたまそういうことになって」
「……へえ」

 そうなんだ、と昌氏が微笑んだ。
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