隣に住むものは……

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 だが秀真の話す内容はどこか支離滅裂とした印象を与えてきた。
 いわく、昌氏らしき人物をカフェのようなところで見かけたが、闇を感じたからヤバい、とのことだ。あまり都会のことがわからない大聖でなく他の人が聞いても首を傾げたくなると思うのだが、どうなのだろうか。

「闇って、何」
「闇は闇だろが!」
「暗闇とかの意味じゃないよね? あー、右手や片目が疼く的な?」
「お前何言ってんだ?」

 逆に秀真のほうが心底意味のわからないやつといった顔で見てきた。少々納得いかない。

「闇っつったら闇金とか闇稼業とかあんだろ、それに使ってる言葉だろが」

 例えがあまりに荒んでいてほの暗い。秀真は大丈夫なのかと少し思い「ああ、これが闇を感じるということか」などと内心少し納得した。

「何となくわかったけど、でもそれと柄本さんが結びつかないんだけど」
「つけろ」
「と言われても」

 今も昌氏を思い浮かべると、穏やかに笑いかけてくれている姿しか浮かばない。

「あいつヤベェぞ」
「それは本当にやきもちとかじゃなく……」
「んなわけあるかよ馬鹿かよ、いいからちゃんと結びつけとけ」

 照れ隠しが今日も激しいなと思いつつ、ふと前に一瞬感じた違和感を思い出した。昌氏に対して、ほんの一瞬だけ感じた違和感だ。とはいえ何かおかしかっただろうかと思い起そうとしても特に浮かばない。大聖がアルバイトを休む羽目になったとはいえ、それは職場の社員から提案してきてくれたことだ。昌氏は別に強要もしていないし無理も言っていなかったはずだ。

「そう言われても……、……にしても何であんたは俺にそんなこと言ってくんの? もしかして俺のこと、心配してくれてるの?」
「ちげぇわ! ただ単にだな、あいつがヤベェな、とだな」

 思いもよらずといった顔をしてきたが、その後で唖然とした表情になっている。唖然としたいのはこちらなのだけどと大聖は戸惑った。秀真はどうにも語彙力に問題があるように思える。

「そう何度もヤバいヤバい言われてもなあ」
「なら聞くけどお前、店でわざわざ食うために買ったパンをよ、食いもせずひたすら細かくちぎってるやつ見たらどう思うよ」
「勿体ないなとか?」
「そんだけか……?」
「そんな特殊な質問されても、実際見てみないと……、ああ、そういえば実家の近所にいた凛太って子が母親に抗議するのにそういえばやたらパン小さくちぎってた気がする」
「そ、そいつ! そいつはどういうやつなんだよ。つか母親に抗議っていったいどんな問題抱えてんだよ」
「外に遊びに行きたいのに食べ終えるまで駄目だと言われて、だったかな? 確か」
「……待て。そいついくつだよ」
「えー、っと……確かあの時は……三歳だったかな」
「クソが……! そうじゃねぇだろ、そうじゃねぇだろ……!」
「何を怒っているんだ」
「てめぇが……っ、いや、ちょ、待て」

 切れたかと思うと何やら考え出した。大聖が(どうやら俺の恋人は少々情緒不安定らしい)などと考えていると「そうだよ、おい」と秀真が大聖の胸倉をつかんでくる。珍しく顔を近くで見ると、男というのに綺麗な肌をしているなどとふと思った。どう見てもいい加減で適当にしか見えないが、もしかしたらホストといった仕事をしているのもあって肌の手入れなどもしているのだろうか。

「考え方によればそうだよ」
「手入れしてるってこと?」
「あ? 何言ってんだお前。相変わらずわけわかんねぇな。じゃなくてそんな三歳児が拗ねて馬鹿やらかすようなことを、大の大人が無表情で淡々とやっててみろよ。それもわざわざ入った店でよ。どう考えても普通じゃねぇだろ」

 胸倉をつかんだまま揺さぶってくる。秀真は大聖よりしっかりした体つきだからだろうか、しっかりつかまれていて結構苦しい。

「そう言われると確かにそうだけど……あとあの、苦しいんだけど」
「そうだろうが! やっぱあいつヤベーって」
「とはいえ俺が見たわけじゃないから……あんたの言葉を疑ってるとかじゃなくて、もしかしたらその人は柄本さんじゃないかもしれないだろ。もしくは何か理由があるのかもしれないし。一概に何とも……あと苦しいんだけど」
「あぁっ? 一概に何とも言えねぇって、てめぇはのらりくらり交わしてくるろくでなしの政治家かよ。そりゃまぁそいつが絶対その柄本やらだとは確かに断言できねぇのはわかる。でもどんな理由があってパン粉みてぇにぼろぼろにするっつーんだよ?」
「それは、まぁ、わからない、けど、あとほんと苦しいんだってば」
「わからないだと? 何でわからねぇんか教えてやるよ、クズみてぇにぼろぼろにするのに真っ当な理由なんかねぇからわからねぇんだよ!」
「ちょ、ほんと苦しいって、ああもう」

 これ以上胸倉を揺さぶられていては秀真に傷害事件を犯させてしまうことになりかねない。もちろん被害者は大聖だ。そんなろくでもないことになるならと秀真の腕を何とかつかみ、大聖はそのままもう片方の手で秀真を引き寄せた。
 唇が合わさる。はっきり言ってキスなんてしたのは初めてだ。秀真に襲われた時もキスは避けたままだった。結局それよりすごいことをしてしまったわけだが。
 触れたことで思っていたより柔らかい、明らかに自分のものではない唇の感触を実感した。他人の唇が触れるという感触に、そしてとても不思議な気分になった。違和感というのだろうか。自分のではない感覚に、だが嫌悪感はない。むしろもう少しその違和感について知りたいとさえ思えた。その上胸ぐらをつかまれていて苦しさもあり、そのまま秀真の口の中の酸素を吸い込もうとした。
 だがさらに追及しようとすると押し退けられた。

「ってめ、何しやがんだよ……っ?」
「何って……つかんでる手を全然放してくれないから驚かせたのと、あとどのみち俺とあんたは恋人だからこういうことも普通に発生することかな、と」
「ざっけんなよ、恋人じゃねぇっつってんだろ!」

 また照れている。いつこういった羞恥心はなくなるのだろうかと大聖は微笑ましく秀真を見た。

「だからなんでそんな顔されなきゃなんだよ……! ああクソ」

 舌打ちをすると、ずいぶん前に食べ終えていた夕食の食器を秀真は立ち上がってシンクへと持って行く。大聖もそれにならって食器を運んだ。
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