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どこで見かけたのだろうと秀真は頭を捻る。仕事でない限り、人の名前や顔を基本的に覚えないが、見たことのある顔を忘れるほど記憶力に弊害はない。
……ああ、あれだ。多分大聖の隣の野郎だ。
正直なところ全く興味がないため、その人物をその人だと認識しているわけではなかった。だが辛うじて以前廊下で見かけたことあるので、何となく記憶の片隅に顔の印象が残っていたのだろう。それに大聖の話を一応聞いていて顔と人物が今頭の中で一致した感じだった。
つか、こんな時間にエリート様は何してんだ?
今日は普通に平日だ。サラリーマンが、こんな時間にそれもこんな場所でのんびりコーヒーなど飲んでいるものだろうか。とはいえ身なりはかなり上等だ。仕事柄趣味云々は抜きにして身につけるものの価値くらいわかる秀真は、コーヒーを飲んでいる男の恰好を見て思った。カジュアルなスーツだが、多分秀真たちなら気軽に買えるものではないはずだ。無職とは思えない。エリートともなると仕事をするのも自由が利くのだろうか。
店を出るのにあえてその男の側を通った秀真は、少しギョッとして息を飲んだ。その音でも聞こえたのか、男がチラリと秀真を見てくる。とても整っている顔立ちだというのに、その表情に秀真は大聖の隣人だというのは勘違いだったかと思ってしまった。
とりあえず何でもない振りし、そのまま店を出た。認識はないはずだ。たまたま以前秀真が見かけた時はちょうど男が下へ降りる時だったのと、確か死角からだった気がする。男が秀真を見かけたことは多分ないはずだ。
思わず息を飲んだのは、男の皿にあったパンがひたすら細かくちぎられていたからだ。食べるためではない。ただひたすら細かくちぎられていた。それらは食べられることなくさらに細かくちぎられていったのだろう。皿にはまだちぎられていないパンの一部と、細かいパンくずが乗っている状態だった。
食べるために買ったパンをあれほど細かくちぎるやつなど秀真からしたら想像もつかない。そんな意味のない行為をする必要性もわからない。はっきり言って不気味だった。
そしてチラリと秀真を見てきた時の男の目は虚ろだった。全然感情の読めないような表情をしていた。大聖から聞いた話だと優しそうで、にこやかなイメージがある。全然一致しない。
店を出てからも秀真は何となく落ち着かなかった。一見とても高そうなスーツを着て、男らしいながらも綺麗な顔立ちしていた。多分一般的に好印象を与えそうな外見だ。だというのに説明のできない闇を秀真は何となく感じ、やたら暑い太陽の熱に晒されているというのにうすら寒さすら覚えた。
人のたくさん溢れた場所へ行きたくなり、秀真は足早にスーパーマーケットへ向かった。店内に入った途端、聞こえてくる安っぽいメロディや人のざわめきに心底ホッとする。とはいえ特に買いたいものはない。どのみち何を買えば何が作れるかもわからない。とりあえず何となく買い物カゴを手に取ると、あまり入ったこともないため商品の配置もよくわからなく、うろうろした。途中見つけたペットボトルの茶と水をカゴへ入れている時、総菜コーナーが目に入る。
一応向かってみたものの大聖の姿はなかった。それもそうだろう。今はまだ大学にいる時間だと思われた。
置いてある品物を見て何となく大聖が作りそうなものをいくつか選ぶと、秀真はレジへ向かった。会計を済ませ、気持ちも落ち着いたので外へ出る。今度は太陽が恨めしく思えるほど暑さを感じた。
さきほどのベーカリーショップは避けて自宅であるアパートへ戻った。引っ越しのトラックはもういなくなっていた。おそらくもう引っ越し先へ向かったのだろう。
自宅へ戻ると、パンを食べたはずなのに空腹を感じ、秀真はペットボトルだけ冷蔵庫へ入れると、冷えているペットボトルを代わりに出し、買った総菜と一緒に運んだ。
「……これは大聖が作ったもんじゃねーな」
似たような内容だったので何となく大聖が作ったものだろうかと思って買ったのだが、味つけが違った。どこがどう違うといったことは全く説明できないが、とにかく違った。買った総菜も悪くはないが、大聖の味には及ばない。
……ってこれじゃあまるで俺がストーカーみてぇじゃねぇかよ。
ごそごそ冷蔵庫から大聖が作り置きしているタッパーを出すと、ついでに冷凍してくれている白米が包まれたラップも取り出した。白米はレンジで温め、タッパーはそのまま皿にも移し替えずだ。大聖には「口をつけた箸でタッパーの中身につけるのはよくない」と言われているが、面倒なので無視している。
つか、あいつオカンかよ。
微妙な顔をしながら作り置きを口に入れ、秀真はうんうん一人頷いた。やはりこの味だと思う。
食べ終えると満足し、秀真は映画を見る気になった。DVDをセットし、敷きっぱなしの布団へ転がる。最後辺りで映画に出てくる穏やかで教養のある紳士が、捕まえた男を椅子に座らせたまま頭を文字通り開き、脳みその一部を取り出すとフレンチスタイルのごとく目の前で軽くソテーしてそれを本人の口へ運ぶ。その後、紳士は飛行機の中で機内食を断り、自ら用意していた入れ物を取り出し、ソテーを楽しんでいた。それを興味深く見てくる子どもに優しく「食べてみたいかい」と勧める。
「……俺、多分しばらく白子食えねぇな」
途中よくわからない部分もあったが、中々に興味深った映画を見終え、秀真はぼそりと呟いた。そしてなぜかふと、ベーカリーショップで見かけた男を思い出してしまい、何となく気分が落ち込む。気分転換にと、扇情的な恰好した秘書の女性がパッケージのDVDを秀真は取り出した。
……ああ、あれだ。多分大聖の隣の野郎だ。
正直なところ全く興味がないため、その人物をその人だと認識しているわけではなかった。だが辛うじて以前廊下で見かけたことあるので、何となく記憶の片隅に顔の印象が残っていたのだろう。それに大聖の話を一応聞いていて顔と人物が今頭の中で一致した感じだった。
つか、こんな時間にエリート様は何してんだ?
今日は普通に平日だ。サラリーマンが、こんな時間にそれもこんな場所でのんびりコーヒーなど飲んでいるものだろうか。とはいえ身なりはかなり上等だ。仕事柄趣味云々は抜きにして身につけるものの価値くらいわかる秀真は、コーヒーを飲んでいる男の恰好を見て思った。カジュアルなスーツだが、多分秀真たちなら気軽に買えるものではないはずだ。無職とは思えない。エリートともなると仕事をするのも自由が利くのだろうか。
店を出るのにあえてその男の側を通った秀真は、少しギョッとして息を飲んだ。その音でも聞こえたのか、男がチラリと秀真を見てくる。とても整っている顔立ちだというのに、その表情に秀真は大聖の隣人だというのは勘違いだったかと思ってしまった。
とりあえず何でもない振りし、そのまま店を出た。認識はないはずだ。たまたま以前秀真が見かけた時はちょうど男が下へ降りる時だったのと、確か死角からだった気がする。男が秀真を見かけたことは多分ないはずだ。
思わず息を飲んだのは、男の皿にあったパンがひたすら細かくちぎられていたからだ。食べるためではない。ただひたすら細かくちぎられていた。それらは食べられることなくさらに細かくちぎられていったのだろう。皿にはまだちぎられていないパンの一部と、細かいパンくずが乗っている状態だった。
食べるために買ったパンをあれほど細かくちぎるやつなど秀真からしたら想像もつかない。そんな意味のない行為をする必要性もわからない。はっきり言って不気味だった。
そしてチラリと秀真を見てきた時の男の目は虚ろだった。全然感情の読めないような表情をしていた。大聖から聞いた話だと優しそうで、にこやかなイメージがある。全然一致しない。
店を出てからも秀真は何となく落ち着かなかった。一見とても高そうなスーツを着て、男らしいながらも綺麗な顔立ちしていた。多分一般的に好印象を与えそうな外見だ。だというのに説明のできない闇を秀真は何となく感じ、やたら暑い太陽の熱に晒されているというのにうすら寒さすら覚えた。
人のたくさん溢れた場所へ行きたくなり、秀真は足早にスーパーマーケットへ向かった。店内に入った途端、聞こえてくる安っぽいメロディや人のざわめきに心底ホッとする。とはいえ特に買いたいものはない。どのみち何を買えば何が作れるかもわからない。とりあえず何となく買い物カゴを手に取ると、あまり入ったこともないため商品の配置もよくわからなく、うろうろした。途中見つけたペットボトルの茶と水をカゴへ入れている時、総菜コーナーが目に入る。
一応向かってみたものの大聖の姿はなかった。それもそうだろう。今はまだ大学にいる時間だと思われた。
置いてある品物を見て何となく大聖が作りそうなものをいくつか選ぶと、秀真はレジへ向かった。会計を済ませ、気持ちも落ち着いたので外へ出る。今度は太陽が恨めしく思えるほど暑さを感じた。
さきほどのベーカリーショップは避けて自宅であるアパートへ戻った。引っ越しのトラックはもういなくなっていた。おそらくもう引っ越し先へ向かったのだろう。
自宅へ戻ると、パンを食べたはずなのに空腹を感じ、秀真はペットボトルだけ冷蔵庫へ入れると、冷えているペットボトルを代わりに出し、買った総菜と一緒に運んだ。
「……これは大聖が作ったもんじゃねーな」
似たような内容だったので何となく大聖が作ったものだろうかと思って買ったのだが、味つけが違った。どこがどう違うといったことは全く説明できないが、とにかく違った。買った総菜も悪くはないが、大聖の味には及ばない。
……ってこれじゃあまるで俺がストーカーみてぇじゃねぇかよ。
ごそごそ冷蔵庫から大聖が作り置きしているタッパーを出すと、ついでに冷凍してくれている白米が包まれたラップも取り出した。白米はレンジで温め、タッパーはそのまま皿にも移し替えずだ。大聖には「口をつけた箸でタッパーの中身につけるのはよくない」と言われているが、面倒なので無視している。
つか、あいつオカンかよ。
微妙な顔をしながら作り置きを口に入れ、秀真はうんうん一人頷いた。やはりこの味だと思う。
食べ終えると満足し、秀真は映画を見る気になった。DVDをセットし、敷きっぱなしの布団へ転がる。最後辺りで映画に出てくる穏やかで教養のある紳士が、捕まえた男を椅子に座らせたまま頭を文字通り開き、脳みその一部を取り出すとフレンチスタイルのごとく目の前で軽くソテーしてそれを本人の口へ運ぶ。その後、紳士は飛行機の中で機内食を断り、自ら用意していた入れ物を取り出し、ソテーを楽しんでいた。それを興味深く見てくる子どもに優しく「食べてみたいかい」と勧める。
「……俺、多分しばらく白子食えねぇな」
途中よくわからない部分もあったが、中々に興味深った映画を見終え、秀真はぼそりと呟いた。そしてなぜかふと、ベーカリーショップで見かけた男を思い出してしまい、何となく気分が落ち込む。気分転換にと、扇情的な恰好した秘書の女性がパッケージのDVDを秀真は取り出した。
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