29 / 46
28
しおりを挟む
「そ、れは……あれだ、健康グッズだ」
正直に答えるつもりは元々ないが、誤魔化すにも何も浮かばず気づけばそんなことを秀真は口走っていた。言った後で自分でも「健康グッズって何だよ馬鹿かよ」と思う。
「健康? え、何にどう使うの」
だが少なくとも大聖は言葉通りに受け止めたようで、映像になるなら絶対にモザイクかかるであろうピンク色の代物をかざしたり返す返す見たりしている。
「う、るせぇ。あれだ。肩叩いたりとかそういうやつだよ! いいから返せ馬鹿野郎。ひ、人に渡すもん勝手に開けて台無しにしやがって」
「あ、そうだったんだな。それは……すまなかった。俺、買って返すよ。どこで売ってるんだ?」
言えるかよ。
「いい!」
「だが……」
「いいっつってんだろがクソ野郎!」
「……わかった。本当にすまないことをした。だけど一つだけ言っていいか?」
まさかやはりいかがわしいものだとバレたのかと、秀真は動揺を隠せない顔で大聖を見た。
「? どうしたんだ」
「るせぇ。いいから言えよ何だよボケナス野郎」
「それ」
「ぁ?」
「俺は一体正しくはどれなんだ」
「は?」
「ストーカー野郎とか馬鹿野郎、クソ野郎にボケナス野郎。さっきから今の間だけでも四種類くらいで呼ばれてるよな。結局はどれなんだ俺は」
「ど」
「ど?」
「っどぉでもいいんだよこの粗チン野郎が……!」
本当にこいつは人を苛立たせる天才かよと、秀真は思い切り苛ついた顔で大聖を睨んだ。
「だが俺はストーカーなどしていないしクソでもないし馬鹿でもないぞ。ボケナスはちょっとよくわからないが、粗チンでもないと思うんだ。こればかりはあまり比べようがないけど、実家にいる頃たまにお風呂屋さんで……」
「いいから黙ってろ……!」
ああくそ、と叫ぶと大聖が黙った。驚いたことにこちらの話をそれなりに理解できるらしい。大聖から大人の玩具を奪い取ると紙袋の中へ乱暴に放り込み、秀真は疲れを感じ部屋の中まで行くとへたり込んだ。いつもなら「どうかしたのか」と煩い大聖は何も言わず、ただ台所でごそごそしていたかと思うと、用意していたらしい夜食を持ってきた。そして黙って小さなコーヒーテーブルに置いていく。
「あ、そ、の……わりぃな」
沈黙が何だか落ち着かず、礼の代わりにそう言うと秀真は食事を始めた。だが何も言わない大聖の辺りから妙に視線を感じて心底落ち着かない。
「……何見てやがる」
思わず絞り出すように言ったものの、返事はない。ただの屍ではないはずの大聖を怪訝な気持ちで見上げると少し困ったような顔して首を傾げていた。
「何だよ」
「……」
「だから何なんだよ」
「……」
もしかして黙っていろというのを律儀に守っているのだろうか。他のことなどちっとも聞かない大聖が、このある意味どうでもいい言葉を律儀に? と秀真は心底微妙な気持ちになった。
「お前、まさか俺が黙ってろっつったから黙ってるんじゃねえだろな」
「え、そうだけど」
「ってめ、他にもっと俺の言葉、聞くところ今までにあっただろ……! 何で今、あえてそれなんだよ……!」
「え? ごめん、ちょっとよくわからないけど……俺はあんたが言うことに対して普通に受け答えしてきたつもりだよ。聞いていないことなんてあっただろうか」
聞いてねぇとこだらけだろうが、と言いかけて秀真は黙った。そう言われると確かに一応大聖は秀真の言うことに対し受け答えしてはいる。一応。ただ、それが大抵ずれているだけだ。
「……お前とは多分一生合わねえな」
「とりあえず、もう喋っていいんだな」
「好きに喋ればいいだろが」
「うん、そうさせてもらう。先ほど食べる時に照れ臭そうに『悪いな』などと言っていたあんたは意外にもかわいかったと思うよ」
「やっぱ喋んのやめろ……」
「ええ、どっちなんだよ……」
大聖が少し困ったように言いながら、空いたタッパーをシンクに持っていっては洗ったりしている。皿へ移された大聖の料理は相変わらず素朴でいて美味い。
何だかよくわからないが、妙に気が抜けてきた。だいたいずっと怒っているのも気力が要り過ぎる。秀真はため息ついてから大聖を見た。
「……なあ。お前都会は合わねえんだろ。なら何でこっちの大学受けたんだ」
不法侵入のストーカー野郎である事実は揺らぎないが、それをひたすら非難しても結局どうしようもない。大聖は自分をそうだと思っていないし、秀真も今さら警察へ連絡するつもりもない。
ならもう普通にしていくしかない、と渋々思うことにした。微妙に納得いかない気持ちもあるし、結局こいつは何なんだと思う気持ちも拭えないが、そんなやつの料理を味わっている時点で自分も何なんだと秀真はまたため息つく。
「何でため息をつきながらそんなこと聞くの?」
「これは別に……いや、何でもねぇよ。いいから言えよ」
まともに答えてもまた話がずれていって噛み合わないだろうと、秀真は質問を繰り返した。別にどうしても聞きたいわけではないが、一応秀真なりの歩み寄りの一歩だ。どうせ大聖はそんなことすらわかっていないだろうが。
「将来、いい会社に入って稼ぐためだよ」
「お、ぅ、そ、うか」
秀真に対して「いずれ結婚しよう」とまで言っていた現実離れした頭の沸いた変態だと認識していただけに、思っていたより地に足のついたというか現実的過ぎる答えが返ってきて、秀真は思わず少し戸惑った。
正直に答えるつもりは元々ないが、誤魔化すにも何も浮かばず気づけばそんなことを秀真は口走っていた。言った後で自分でも「健康グッズって何だよ馬鹿かよ」と思う。
「健康? え、何にどう使うの」
だが少なくとも大聖は言葉通りに受け止めたようで、映像になるなら絶対にモザイクかかるであろうピンク色の代物をかざしたり返す返す見たりしている。
「う、るせぇ。あれだ。肩叩いたりとかそういうやつだよ! いいから返せ馬鹿野郎。ひ、人に渡すもん勝手に開けて台無しにしやがって」
「あ、そうだったんだな。それは……すまなかった。俺、買って返すよ。どこで売ってるんだ?」
言えるかよ。
「いい!」
「だが……」
「いいっつってんだろがクソ野郎!」
「……わかった。本当にすまないことをした。だけど一つだけ言っていいか?」
まさかやはりいかがわしいものだとバレたのかと、秀真は動揺を隠せない顔で大聖を見た。
「? どうしたんだ」
「るせぇ。いいから言えよ何だよボケナス野郎」
「それ」
「ぁ?」
「俺は一体正しくはどれなんだ」
「は?」
「ストーカー野郎とか馬鹿野郎、クソ野郎にボケナス野郎。さっきから今の間だけでも四種類くらいで呼ばれてるよな。結局はどれなんだ俺は」
「ど」
「ど?」
「っどぉでもいいんだよこの粗チン野郎が……!」
本当にこいつは人を苛立たせる天才かよと、秀真は思い切り苛ついた顔で大聖を睨んだ。
「だが俺はストーカーなどしていないしクソでもないし馬鹿でもないぞ。ボケナスはちょっとよくわからないが、粗チンでもないと思うんだ。こればかりはあまり比べようがないけど、実家にいる頃たまにお風呂屋さんで……」
「いいから黙ってろ……!」
ああくそ、と叫ぶと大聖が黙った。驚いたことにこちらの話をそれなりに理解できるらしい。大聖から大人の玩具を奪い取ると紙袋の中へ乱暴に放り込み、秀真は疲れを感じ部屋の中まで行くとへたり込んだ。いつもなら「どうかしたのか」と煩い大聖は何も言わず、ただ台所でごそごそしていたかと思うと、用意していたらしい夜食を持ってきた。そして黙って小さなコーヒーテーブルに置いていく。
「あ、そ、の……わりぃな」
沈黙が何だか落ち着かず、礼の代わりにそう言うと秀真は食事を始めた。だが何も言わない大聖の辺りから妙に視線を感じて心底落ち着かない。
「……何見てやがる」
思わず絞り出すように言ったものの、返事はない。ただの屍ではないはずの大聖を怪訝な気持ちで見上げると少し困ったような顔して首を傾げていた。
「何だよ」
「……」
「だから何なんだよ」
「……」
もしかして黙っていろというのを律儀に守っているのだろうか。他のことなどちっとも聞かない大聖が、このある意味どうでもいい言葉を律儀に? と秀真は心底微妙な気持ちになった。
「お前、まさか俺が黙ってろっつったから黙ってるんじゃねえだろな」
「え、そうだけど」
「ってめ、他にもっと俺の言葉、聞くところ今までにあっただろ……! 何で今、あえてそれなんだよ……!」
「え? ごめん、ちょっとよくわからないけど……俺はあんたが言うことに対して普通に受け答えしてきたつもりだよ。聞いていないことなんてあっただろうか」
聞いてねぇとこだらけだろうが、と言いかけて秀真は黙った。そう言われると確かに一応大聖は秀真の言うことに対し受け答えしてはいる。一応。ただ、それが大抵ずれているだけだ。
「……お前とは多分一生合わねえな」
「とりあえず、もう喋っていいんだな」
「好きに喋ればいいだろが」
「うん、そうさせてもらう。先ほど食べる時に照れ臭そうに『悪いな』などと言っていたあんたは意外にもかわいかったと思うよ」
「やっぱ喋んのやめろ……」
「ええ、どっちなんだよ……」
大聖が少し困ったように言いながら、空いたタッパーをシンクに持っていっては洗ったりしている。皿へ移された大聖の料理は相変わらず素朴でいて美味い。
何だかよくわからないが、妙に気が抜けてきた。だいたいずっと怒っているのも気力が要り過ぎる。秀真はため息ついてから大聖を見た。
「……なあ。お前都会は合わねえんだろ。なら何でこっちの大学受けたんだ」
不法侵入のストーカー野郎である事実は揺らぎないが、それをひたすら非難しても結局どうしようもない。大聖は自分をそうだと思っていないし、秀真も今さら警察へ連絡するつもりもない。
ならもう普通にしていくしかない、と渋々思うことにした。微妙に納得いかない気持ちもあるし、結局こいつは何なんだと思う気持ちも拭えないが、そんなやつの料理を味わっている時点で自分も何なんだと秀真はまたため息つく。
「何でため息をつきながらそんなこと聞くの?」
「これは別に……いや、何でもねぇよ。いいから言えよ」
まともに答えてもまた話がずれていって噛み合わないだろうと、秀真は質問を繰り返した。別にどうしても聞きたいわけではないが、一応秀真なりの歩み寄りの一歩だ。どうせ大聖はそんなことすらわかっていないだろうが。
「将来、いい会社に入って稼ぐためだよ」
「お、ぅ、そ、うか」
秀真に対して「いずれ結婚しよう」とまで言っていた現実離れした頭の沸いた変態だと認識していただけに、思っていたより地に足のついたというか現実的過ぎる答えが返ってきて、秀真は思わず少し戸惑った。
2
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。




寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる