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「そういえばね、ちらりと耳にしたんだけどここって以前は女の人が住んでたんだってね」
大聖の言葉に、だが昌氏は笑顔だった顔を無表情にしてきた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと怪訝に思い、改めて昌氏の顔を見ると笑みを浮かべていた。気のせいだったのかもしれない。
「誰がそんなことを?」
「え? ああ、俺の下に住んでるおばあちゃんだけど」
「そう。まあ前に住んでいた人のことはさておき、今は僕が住んでるよ」
あはは、と昌氏が単に笑ってきた。確かに大聖も自分の前に誰が住んでいたかなんて知らないし、わりと何でも気になる性格だが、さすがにそれに関しては別に興味も湧かない。誰が住んでいたのであろうが関係ない。誰かから前に住んでいた人のことを聞いても反応に困るかもしれない。やはり聞くには変なことだったなと今さら気づいた。
「ごめん、どうでもよかったよね」
「そんなことないよ。へえ、って思った。でもまあ普通は前の住人のことなんて知らないし他の人も興味ないだろうしね。僕は構わないけど特に話題にしないほうがいいかもだね」
「だよねえ」
話題にしてはいけないわけではないだろうが、したとしても「へえ」どころか「だから?」だろう。大家さんに至っては「そうですね」だろうか。むしろ「あまり他の住人のことは」なんて言われる可能性も都会だけにあるかもしれない。
こくりとコーヒーを飲み、一緒に出してくれた焼き菓子も口にした。甘さ控えめだし小さめなので大聖的にはちょうどいい。
「あまり甘くなくて美味しいね」
「大聖くんは甘いもの、苦手なのかな」
「苦手ではないけど……あまり沢山は食べられないかな」
「ふーん。じゃあ肉は? 肉はよく食べるの?」
「え? 肉? 牛肉とか? うーん、どうだろ。百グラム辺りの値段が安くなっていたら買うかなぁ」
「じゃあ、あまり食べないんだね」
「そう、かも。でも何でそんなことを?」
「甘いのがあまり、って聞いてふと浮かんだだけだよ」
昌氏は静かに微笑んできた。
「そういえば君が受けている大学の勉強だけど」
その後は受けている授業や勉強の内容について話したりし、中々有意義な時間を過ごせたかもしれない。アルバイトの時間が少し減ったのは少々痛いが、たまには悪くはないだろう。
「ねえ、あんたって肉、好きなの」
その夜、秀真の部屋へいつものように向かった大聖は、自分の作った料理を食べている秀真を見ながらふと聞いてみた。
「あ? 牛だろうが豚だろうが嫌いなやついんのかよ」
「それはいるかもね。でも俺は嫌いじゃないけどあまり食べてないかもなあと思って」
「そいやお前の料理、そんなに肉率高くねーな」
「やっぱり食べたい?」
食べたいと言われても安売りしている時でないとそんなに買えないがと大聖が思っていると「別に」と返ってきた。
「店のやつらと仕事終わってから食いに行くこともわりとあるしな。てめーの飯はこんな感じでいい」
「そっか。これからも俺の料理を食べたいってことだな」
「そ、そこまで言ってねーだろが……! 調子に乗んなストーカー野郎」
慌てたように言ってきた言葉に、大聖はため息ついて秀真を見た。
「別に調子に乗ってないし、とりあえずその呼び方はやめないか? 俺とあんたは将来を誓った仲なんだし」
「誓ってねぇんだよ……!」
どうやら照れ屋も甚だしいようだ。そんな風でよく女性と対話する仕事につけるなと思う。
「……ああ、もしかして男のほうが好きなのか? だからつい緊張したり落ち着かなくて照れてしまうとか」
「どこをどう取ったら突然そんなことになんだよ……いいか? 俺は女が好きなんだよ! 女がいいんだ。わかったか、女! 女がいいの!」
どれだけ女と連発するのかというくらい返ってきた。
「わかった、わかった」
「ようやくわかったかよ」
「話しやすいんだろ? あまり緊張せず。でも俺に対しても早く照れてばかりじゃなく遠慮なく何でも言えるようになって欲しい」
「ちっげぇんだよ……!」
とうとう顔を覆いだした。まさか初対面ではあんなに怖かった相手がこれほど照れ屋だとは大聖も思わなかった。少々かわいそうになってきたので話題を変えることにする。
「そういえば甘いものは食べるのか? 好きなのか?」
「……話を聞かない上にすぐ話題を変えんな」
「ちゃんと聞いてるぞ」
なぜ聞いていないことになるのだと首を傾げると、妙に生暖かい目で見られた。
「何か変だったか?」
「だいたい何で急に肉の話から甘いもんの話になんだよ」
「ああ、それか。今日、柄本さんとコーヒーを飲んでいてね、そういう話題になったから何となく」
「あ? 誰」
「やきもちか? まあ構わないが。ほどほどだとやきもちもありだと聞くよな」
「俺が構うわ……! やいてねぇんだよ、そもそもやくもんがねぇんだよ……マジで誰かわからねぇから誰っつったんだよ!」
そういえば大聖が自己紹介しても覚えていなかったし、その後改めて名乗ったにも関わらずまだ覚えていなかったことを思い出した。あの大学に在学しておそらく単位もしっかり取れているわりに残念な脳なのだろうか。
「……あんたじゃないほうのお隣さんだ」
「おい、今何でめちゃくちゃ同情気味な顔して言ってきた」
「大丈夫、俺はそんなでもあんたを大切にするからな」
「何の話なんだよ……お前ほんと脈絡なさ過ぎなんだよクソ……」
「疲れたのか? 仕事、忙しかったのか? 疲れた時には甘いものって聞いたことがあるけど。甘いものが大丈夫なら今度は菓子も作ってくるけど、今は俺も持ってないからなあ」
「ほぼお前が原因だからな? あと甘いもんはそんな食わねえよ」
秀真が脱力したようにため息ついてきた。
大聖の言葉に、だが昌氏は笑顔だった顔を無表情にしてきた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうかと怪訝に思い、改めて昌氏の顔を見ると笑みを浮かべていた。気のせいだったのかもしれない。
「誰がそんなことを?」
「え? ああ、俺の下に住んでるおばあちゃんだけど」
「そう。まあ前に住んでいた人のことはさておき、今は僕が住んでるよ」
あはは、と昌氏が単に笑ってきた。確かに大聖も自分の前に誰が住んでいたかなんて知らないし、わりと何でも気になる性格だが、さすがにそれに関しては別に興味も湧かない。誰が住んでいたのであろうが関係ない。誰かから前に住んでいた人のことを聞いても反応に困るかもしれない。やはり聞くには変なことだったなと今さら気づいた。
「ごめん、どうでもよかったよね」
「そんなことないよ。へえ、って思った。でもまあ普通は前の住人のことなんて知らないし他の人も興味ないだろうしね。僕は構わないけど特に話題にしないほうがいいかもだね」
「だよねえ」
話題にしてはいけないわけではないだろうが、したとしても「へえ」どころか「だから?」だろう。大家さんに至っては「そうですね」だろうか。むしろ「あまり他の住人のことは」なんて言われる可能性も都会だけにあるかもしれない。
こくりとコーヒーを飲み、一緒に出してくれた焼き菓子も口にした。甘さ控えめだし小さめなので大聖的にはちょうどいい。
「あまり甘くなくて美味しいね」
「大聖くんは甘いもの、苦手なのかな」
「苦手ではないけど……あまり沢山は食べられないかな」
「ふーん。じゃあ肉は? 肉はよく食べるの?」
「え? 肉? 牛肉とか? うーん、どうだろ。百グラム辺りの値段が安くなっていたら買うかなぁ」
「じゃあ、あまり食べないんだね」
「そう、かも。でも何でそんなことを?」
「甘いのがあまり、って聞いてふと浮かんだだけだよ」
昌氏は静かに微笑んできた。
「そういえば君が受けている大学の勉強だけど」
その後は受けている授業や勉強の内容について話したりし、中々有意義な時間を過ごせたかもしれない。アルバイトの時間が少し減ったのは少々痛いが、たまには悪くはないだろう。
「ねえ、あんたって肉、好きなの」
その夜、秀真の部屋へいつものように向かった大聖は、自分の作った料理を食べている秀真を見ながらふと聞いてみた。
「あ? 牛だろうが豚だろうが嫌いなやついんのかよ」
「それはいるかもね。でも俺は嫌いじゃないけどあまり食べてないかもなあと思って」
「そいやお前の料理、そんなに肉率高くねーな」
「やっぱり食べたい?」
食べたいと言われても安売りしている時でないとそんなに買えないがと大聖が思っていると「別に」と返ってきた。
「店のやつらと仕事終わってから食いに行くこともわりとあるしな。てめーの飯はこんな感じでいい」
「そっか。これからも俺の料理を食べたいってことだな」
「そ、そこまで言ってねーだろが……! 調子に乗んなストーカー野郎」
慌てたように言ってきた言葉に、大聖はため息ついて秀真を見た。
「別に調子に乗ってないし、とりあえずその呼び方はやめないか? 俺とあんたは将来を誓った仲なんだし」
「誓ってねぇんだよ……!」
どうやら照れ屋も甚だしいようだ。そんな風でよく女性と対話する仕事につけるなと思う。
「……ああ、もしかして男のほうが好きなのか? だからつい緊張したり落ち着かなくて照れてしまうとか」
「どこをどう取ったら突然そんなことになんだよ……いいか? 俺は女が好きなんだよ! 女がいいんだ。わかったか、女! 女がいいの!」
どれだけ女と連発するのかというくらい返ってきた。
「わかった、わかった」
「ようやくわかったかよ」
「話しやすいんだろ? あまり緊張せず。でも俺に対しても早く照れてばかりじゃなく遠慮なく何でも言えるようになって欲しい」
「ちっげぇんだよ……!」
とうとう顔を覆いだした。まさか初対面ではあんなに怖かった相手がこれほど照れ屋だとは大聖も思わなかった。少々かわいそうになってきたので話題を変えることにする。
「そういえば甘いものは食べるのか? 好きなのか?」
「……話を聞かない上にすぐ話題を変えんな」
「ちゃんと聞いてるぞ」
なぜ聞いていないことになるのだと首を傾げると、妙に生暖かい目で見られた。
「何か変だったか?」
「だいたい何で急に肉の話から甘いもんの話になんだよ」
「ああ、それか。今日、柄本さんとコーヒーを飲んでいてね、そういう話題になったから何となく」
「あ? 誰」
「やきもちか? まあ構わないが。ほどほどだとやきもちもありだと聞くよな」
「俺が構うわ……! やいてねぇんだよ、そもそもやくもんがねぇんだよ……マジで誰かわからねぇから誰っつったんだよ!」
そういえば大聖が自己紹介しても覚えていなかったし、その後改めて名乗ったにも関わらずまだ覚えていなかったことを思い出した。あの大学に在学しておそらく単位もしっかり取れているわりに残念な脳なのだろうか。
「……あんたじゃないほうのお隣さんだ」
「おい、今何でめちゃくちゃ同情気味な顔して言ってきた」
「大丈夫、俺はそんなでもあんたを大切にするからな」
「何の話なんだよ……お前ほんと脈絡なさ過ぎなんだよクソ……」
「疲れたのか? 仕事、忙しかったのか? 疲れた時には甘いものって聞いたことがあるけど。甘いものが大丈夫なら今度は菓子も作ってくるけど、今は俺も持ってないからなあ」
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