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秀真が近づいてきたことに気づき、大聖はびくりと体を震わせた。とにかく自分がやらかしたことはわかっている。酔っている相手に何てことをしでかしたのだと、この後もう少し落ち着いてからなら、頭を床に打ちつけたくなるほど後悔したが、目を覚ましたての今はそれどころではなかった。
「おい、大聖」
「……めん」
「あ? なんて?」
ますます秀真が近づいてくる。風呂上がりのいい匂いがした。おかげでテンパり度数がはね上がる。
「っごめん!」
何とか繰り返しそれだけ言い直すと、大聖は服をかき集めて着込み、自分の家へ逃げるようにして戻った。秀真が何やら喚いていた気がするが、とにかくそれどころではなかった。
何かを考えないといけない気がするのだが、頭の中までパニックを起こしていて、まるでたくさんの言葉がわんわん唸るように中を駆け巡っているかのようだ。
「風呂上がりの匂い……ああ、そうだ。風呂に浸かろう。そしたらまともに働くはず」
あえて口に出して頷き、大聖は湯を沸かした。その間も頭の中はたくさんの言葉が駆け巡っていて整理つかず、とにかく湯を沸かすことだけをなるべく考え他のことはひたすら脳内をぐるぐる巡らせるだけに留めた。
その後風呂へ入り、ひたすら髪や体を洗ってから熱めの湯に浸かり、ようやく体だけでなく頭も弛緩させてから次に朝食を作った。面倒なものは頭が働かないので単に卵焼きと茄子の漬物、それにこういう時に大助かりな湯で溶くだけの、一人前のインスタント味噌汁だ。
頭の中で「今度漬物を漬けてみよう漬けてみよう漬けてみよう」と呪文のようにひたすら唱え、食べ終わると食器を洗った。
食後の茶を飲み終えたところで最低限の落ち着きを取り戻した。そこでようやく、何てことをしてしまったのかと後悔し実際床に頭を打ちつけるに至った。
酔っている相手にあんなことしてしまうなんて最低なのではとしか思えない。秀真の言動はいただけなかったが、あれほど酔っているのだ、そこで大聖が冷静に対応しなくてどうするのか。
これでは自分こそが犯罪者だ。最低なやつだ。
「……秀真にもちゃんと謝らないと」
自分に言い聞かせるように呟いた。
だがいざ顔を合わせようとするも、焦りと緊張が秀真から背を向けさせる。数日経っても大聖はまともに秀真と顔を合わせられなかった。地元では知らない人がおらず、誰とも気軽に接していたのが嘘みたいだ。自分でもこのままはいけないとわかってはいたが、どうしても避けているかのように逃げてしまう。
しかし先ほど偶然家の前で顔を合わせてしまった時、ついまた慌てて顔を反らしてドアの中へ入ったその際に、舌打ちが聞こえてきた。
……そうだよな、やっぱ怒ってるよな……。
改めて自分は何をやっているのだと実感した。最低過ぎるし情けない。
「駄目だ、こんなのは」
ドアにもたれ俯いたまま深呼吸をすると、大聖は頭を上げた。キッと前を見据えてからまた外へ出た。そして隣へ向かう。ドアノブを回すと鍵がかかっていたのでそれを開けると中へ入った。
「おま……サラッと当たり前のように鍵開けて入ってくんなよ」
部屋でテレビを見ていた秀真が微妙な表情を大聖に向けてきた。どんな表情だろうがやはり落ち着かなくて怯みそうになった。だが大聖は小さく深呼吸してから、構わず靴を脱いでそちらへ向かった。そして唖然としている秀真の側まで来ると正座をする。
「な、何だよ」
「秀真、変な態度を取ってしまって申し訳ない」
「あ? あー、やっぱ避けてたんかよ」
「ごめん。俺は俺が情けない」
「は?」
「だが反省したし、覚悟も決めた」
「何の?」
「秀真、あんたを傷ものにしてしまった責任を取らせてくれ」
「は?」
「今はまだ俺、学生だから結局は無責任かもしれないが、でも約束する。ちゃんと卒業していい会社に勤める。だからそのあかつきには結婚しよう」
「重い……! じゃなくて、いや、ちょ、お前、何言ってんの……? なぁ、マジ何言ってんの?」
特に想像していたわけではないが、何となくホッとする秀真をどこかで思い描いていたらしい。今の秀真の反応が思いがけなくて、大聖は怪訝な顔で秀真を見た。
「いや、お前にそんな表情される謂れはねぇよっ? むしろ俺だろ、そういう顔すんのは」
「え、だってここはホッとして喜ぶところでは」
「誰が」
「あんた」
「……は? いや、何でだよ。何でそうなんだよ」
「俺があんたをその、抱いてしまったから」
慣れないことなので顔が熱くなっていると「赤くなりながら言うなよ」と引かれたように言われた。
「し、仕方ないだろ。慣れてないんだ。とにかく、責任取るから」
「……待て。その、責任感あんのはいいことかもしんねーけど、俺相手に取るってどうよ……そういうのは女に言えよ」
「え?」
「え、って。そりゃやらかした感は俺もめちゃくちゃあるけど、つか俺こそやらかした感しかねーしお前にもまぁ、ちょっとは悪いと思ってっけどよ、責任もへったくれもねーだろ。第一男同士で妊娠とかそーゆーことねーし、そこまで思い詰めることもねーだろよ……。つかそもそも結婚できるわけねーだろ。お前馬鹿なの?」
「え? あ?」
一度に言われて脳が混乱してきた。だがそういえば男同士だった、と大聖は今頃気づく。いや、別に秀真のことを女と思ったことはないし、いくら整った顔をしていても女に見えたこともないし、そもそも大聖よりも背があるしガタイもいいのではないだろうか。それらはもちろんわかっている。ただ、男同士だと特に意識していなかったというのだろうか。
「そう、か……」
「あ?」
「そういえば男同士だったな」
「おい」
秀真がまた微妙な顔で大聖を見てきた。
「おい、大聖」
「……めん」
「あ? なんて?」
ますます秀真が近づいてくる。風呂上がりのいい匂いがした。おかげでテンパり度数がはね上がる。
「っごめん!」
何とか繰り返しそれだけ言い直すと、大聖は服をかき集めて着込み、自分の家へ逃げるようにして戻った。秀真が何やら喚いていた気がするが、とにかくそれどころではなかった。
何かを考えないといけない気がするのだが、頭の中までパニックを起こしていて、まるでたくさんの言葉がわんわん唸るように中を駆け巡っているかのようだ。
「風呂上がりの匂い……ああ、そうだ。風呂に浸かろう。そしたらまともに働くはず」
あえて口に出して頷き、大聖は湯を沸かした。その間も頭の中はたくさんの言葉が駆け巡っていて整理つかず、とにかく湯を沸かすことだけをなるべく考え他のことはひたすら脳内をぐるぐる巡らせるだけに留めた。
その後風呂へ入り、ひたすら髪や体を洗ってから熱めの湯に浸かり、ようやく体だけでなく頭も弛緩させてから次に朝食を作った。面倒なものは頭が働かないので単に卵焼きと茄子の漬物、それにこういう時に大助かりな湯で溶くだけの、一人前のインスタント味噌汁だ。
頭の中で「今度漬物を漬けてみよう漬けてみよう漬けてみよう」と呪文のようにひたすら唱え、食べ終わると食器を洗った。
食後の茶を飲み終えたところで最低限の落ち着きを取り戻した。そこでようやく、何てことをしてしまったのかと後悔し実際床に頭を打ちつけるに至った。
酔っている相手にあんなことしてしまうなんて最低なのではとしか思えない。秀真の言動はいただけなかったが、あれほど酔っているのだ、そこで大聖が冷静に対応しなくてどうするのか。
これでは自分こそが犯罪者だ。最低なやつだ。
「……秀真にもちゃんと謝らないと」
自分に言い聞かせるように呟いた。
だがいざ顔を合わせようとするも、焦りと緊張が秀真から背を向けさせる。数日経っても大聖はまともに秀真と顔を合わせられなかった。地元では知らない人がおらず、誰とも気軽に接していたのが嘘みたいだ。自分でもこのままはいけないとわかってはいたが、どうしても避けているかのように逃げてしまう。
しかし先ほど偶然家の前で顔を合わせてしまった時、ついまた慌てて顔を反らしてドアの中へ入ったその際に、舌打ちが聞こえてきた。
……そうだよな、やっぱ怒ってるよな……。
改めて自分は何をやっているのだと実感した。最低過ぎるし情けない。
「駄目だ、こんなのは」
ドアにもたれ俯いたまま深呼吸をすると、大聖は頭を上げた。キッと前を見据えてからまた外へ出た。そして隣へ向かう。ドアノブを回すと鍵がかかっていたのでそれを開けると中へ入った。
「おま……サラッと当たり前のように鍵開けて入ってくんなよ」
部屋でテレビを見ていた秀真が微妙な表情を大聖に向けてきた。どんな表情だろうがやはり落ち着かなくて怯みそうになった。だが大聖は小さく深呼吸してから、構わず靴を脱いでそちらへ向かった。そして唖然としている秀真の側まで来ると正座をする。
「な、何だよ」
「秀真、変な態度を取ってしまって申し訳ない」
「あ? あー、やっぱ避けてたんかよ」
「ごめん。俺は俺が情けない」
「は?」
「だが反省したし、覚悟も決めた」
「何の?」
「秀真、あんたを傷ものにしてしまった責任を取らせてくれ」
「は?」
「今はまだ俺、学生だから結局は無責任かもしれないが、でも約束する。ちゃんと卒業していい会社に勤める。だからそのあかつきには結婚しよう」
「重い……! じゃなくて、いや、ちょ、お前、何言ってんの……? なぁ、マジ何言ってんの?」
特に想像していたわけではないが、何となくホッとする秀真をどこかで思い描いていたらしい。今の秀真の反応が思いがけなくて、大聖は怪訝な顔で秀真を見た。
「いや、お前にそんな表情される謂れはねぇよっ? むしろ俺だろ、そういう顔すんのは」
「え、だってここはホッとして喜ぶところでは」
「誰が」
「あんた」
「……は? いや、何でだよ。何でそうなんだよ」
「俺があんたをその、抱いてしまったから」
慣れないことなので顔が熱くなっていると「赤くなりながら言うなよ」と引かれたように言われた。
「し、仕方ないだろ。慣れてないんだ。とにかく、責任取るから」
「……待て。その、責任感あんのはいいことかもしんねーけど、俺相手に取るってどうよ……そういうのは女に言えよ」
「え?」
「え、って。そりゃやらかした感は俺もめちゃくちゃあるけど、つか俺こそやらかした感しかねーしお前にもまぁ、ちょっとは悪いと思ってっけどよ、責任もへったくれもねーだろ。第一男同士で妊娠とかそーゆーことねーし、そこまで思い詰めることもねーだろよ……。つかそもそも結婚できるわけねーだろ。お前馬鹿なの?」
「え? あ?」
一度に言われて脳が混乱してきた。だがそういえば男同士だった、と大聖は今頃気づく。いや、別に秀真のことを女と思ったことはないし、いくら整った顔をしていても女に見えたこともないし、そもそも大聖よりも背があるしガタイもいいのではないだろうか。それらはもちろんわかっている。ただ、男同士だと特に意識していなかったというのだろうか。
「そう、か……」
「あ?」
「そういえば男同士だったな」
「おい」
秀真がまた微妙な顔で大聖を見てきた。
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