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秀真と反対側に住んでいる大聖の隣人とようやく挨拶を交わした後日、今度は多少ゆっくり話する機会があった。その際に、角部屋ではないほうの隣人の名前は柄本 昌氏(つかもと まさし)だと大聖は改めて知った。どうやらIT企業に勤めているエリートらしいとも知った。
アパートの前でばったり出会い、昌氏のほうから「よかったらコーヒーでも飲まない?」と近くにあるカフェへ誘ってくれ話していた。
そういえば「カフェ」などという店に入ったのも初めてかもしれない。大学で友人はできたしカラオケへ行ったこともあるが、今のところこういったお洒落そうな店に誰かと入る機会はなかった。地元では外でコーヒーを飲むとなると基本自動販売機の缶コーヒーだったし、後は車でファミリーレストランへ行くか親が馴染みのスナックでコーヒーを出してもらうくらいだった。ちなみにそこでもカラオケはある。
「そんないいところに勤めてるならもっといいとこに住めばいいのに」
「あはは。ここもいいとこだよ。適度に賑やかだし、部屋は広くなくて古いけど案外清潔だし」
「まあ、そうかもしれませんけど。留守が多かったのは仕事が忙しいから?」
地元の癖か、別に詮索したいのではないがつい聞いてしまう。だが昌氏は別に嫌がることもなく、にこやかに答えてくれた。
「そうだね。いつも忙しいのでもないんだけども、たまにね。高津……大聖くんは大学もがんばってアルバイトもして偉いね」
「偉くないですよ。ああそうだ。たまに実家やアルバイト先から野菜とか総菜を貰うことあるんだけど、よかったら柄本さん、いる?」
「……うーん、僕は大丈夫だよ。でも気持ちは頂いておくね、ありがとう」
これだよ、と大聖はそっと頷く。秀真の時とはえらい違いだとしみじみ思った。同じように断るにしても、ちゃんと配慮してくれているのがわかる。
「柄本さんは何かこう、大人ですね」
「え? まあそりゃアラサーだしね」
「そうなんですか? 二十代半ばくらいだと思ってた」
「二十八だよ」
「見えない」
「ありがとう。褒め言葉だと思っておくよ。大聖くんは大学に入ったばかりなら十八歳かな」
「はい。柄本さんと十歳も違うんですね」
「うーん、改めて年の差を言われるとちょっとクるものがあるなあ」
「そうなんですか? すみません」
「謝らないで。嘘だよ、気にしてないから。あと敬語、いらないよ」
「え、でも柄本さん年上だし。どのみち俺の敬語ってあまり丁寧じゃないし気の利いたことも言えないし、すでにもう失礼な口の利き方してたかもだけど」
地元では大抵知り合いなのもあり、年配の人にも親しい口を利いていたし、学校の教師にも丁寧ながらにタメ口だった。それもあり、真面目が取り得ながらに実はあまり敬語は得意ではない。
「いいよ、くだけた話し方で。あと大聖くんは失礼じゃないよ。いい子だなって思う。話してても楽しいよ、またこうしてゆっくり話そうね」
都会の大人はやはり違うなと、何となく少し照れながら大聖は思った。さらりと褒めてくれる。
「何か照れくさいけど……ありがとう、柄本さん」
礼を言えば、昌氏は優しげに微笑んできた。微笑むと少しタレ目気味の目元がますます柔らかく見える。口元をあまり動かさずこんな微笑み方ができるのも、何だか恰好いいなと大聖は密かに思った。
「てめ、何でまたいんだよ!」
対して秀真は年上のくせに本当に大人げないなと大聖は少し思う。ただそのせいもあり、余計に気になってしまうのかもしれない。ただでさえ不規則そうでしかない仕事しているし、部屋はいつ見ても汚いし、ちゃんとしたものを食べてそうでない。最初は、何か犯罪でもしているのではないか、ヤバそうな人なのではないかと怖く思いつつ、何かしでかすのではと気になっていた。だが最近はまるで自分が秀真の母親にでもなったかのように、ちゃんと生活しているのかのほうが気になってしまう。
「部屋が相変わらず汚いのと、ちゃんと食べてなさそうだから」
「それと不法侵入とどう関係あんだよ、お前マジどっか頭やべーんじゃないのか?」
「あんたと同じ大学に受かっているし、それなりに頭はいいつもりだけど」
「だからそういうことを言ってんじゃねーんだよ」
「? それよりも今日はフキとお揚げを炊いたのと、赤魚の西京焼、野菜の梅びたしを持ってきたんだけど」
「…………食う」
秀真の部屋にいるのを見つけられてからしばらくすると、文句を言ってくるのは基本的に変わらないものの料理を食べることに関してだけは素直に秀真は受け入れてくるようになった。やはり今までインスタントものばかりでまともなものを食べていなかったせいでつい釣られてしまうのではないだろうか。
大聖としては別に食事を餌にどうこうしようと考えているわけではないが、こうも食べることに関してやたら素直だと、まるで野良猫かイタチを手懐けたような気持ちにはなる。
大聖より身長あるので、イタチというよりはもっと大きな野生動物のほうが似合うのだろうが、一見獰猛そうなだけにイタチは案外うまい例えだなと思わずニヤリとしてしまいそうにもなった。
「つかお前、いつも茶色いもんばっか作ってくるよな」
「この梅びたしは茶色くないけど」
「だからそういうことじゃなくて。何かこう、例えだよわかんだろ」
「? ああ、田舎料理っぽいってこと?」
「田舎料理っつーより、あれだ、ほら、何かこう、……おふくろの味的な?」
普段の恰好や下品そうな髪の色のほうが大聖からしたらよほど恥ずかしいと思うのだが、秀真は「おふくろの味」と口にする時になぜか変に照れている。相変わらず不可解な人だなと思いながら「そういうのが得意だから」と答える。
「あー。その、何だあれ、野菜とかベーコンとかソーセージとかごろごろ入ってるスープみたいなのあんだろ」
色々あり過ぎてちょっとよくわからないが、とりあえず浮かんだものを口にした。
「ポトフかな。キャベツとかどんと入ってるやつ?」
「それ! そーゆー洋風なのも作れんのか」
「そんなのなら作れるよ」
「そ、そうかよ」
だから何、と聞きたくなるほど秀真はそれ以上何も言うことなく、ただひたすら料理を口に運んでいた。
とりあえず明日は春キャベツでポトフ作るか。
秀真は食べているのを横目に、相変わらず色々積み上げられている床にあるものを選別しながら考えていた。
アパートの前でばったり出会い、昌氏のほうから「よかったらコーヒーでも飲まない?」と近くにあるカフェへ誘ってくれ話していた。
そういえば「カフェ」などという店に入ったのも初めてかもしれない。大学で友人はできたしカラオケへ行ったこともあるが、今のところこういったお洒落そうな店に誰かと入る機会はなかった。地元では外でコーヒーを飲むとなると基本自動販売機の缶コーヒーだったし、後は車でファミリーレストランへ行くか親が馴染みのスナックでコーヒーを出してもらうくらいだった。ちなみにそこでもカラオケはある。
「そんないいところに勤めてるならもっといいとこに住めばいいのに」
「あはは。ここもいいとこだよ。適度に賑やかだし、部屋は広くなくて古いけど案外清潔だし」
「まあ、そうかもしれませんけど。留守が多かったのは仕事が忙しいから?」
地元の癖か、別に詮索したいのではないがつい聞いてしまう。だが昌氏は別に嫌がることもなく、にこやかに答えてくれた。
「そうだね。いつも忙しいのでもないんだけども、たまにね。高津……大聖くんは大学もがんばってアルバイトもして偉いね」
「偉くないですよ。ああそうだ。たまに実家やアルバイト先から野菜とか総菜を貰うことあるんだけど、よかったら柄本さん、いる?」
「……うーん、僕は大丈夫だよ。でも気持ちは頂いておくね、ありがとう」
これだよ、と大聖はそっと頷く。秀真の時とはえらい違いだとしみじみ思った。同じように断るにしても、ちゃんと配慮してくれているのがわかる。
「柄本さんは何かこう、大人ですね」
「え? まあそりゃアラサーだしね」
「そうなんですか? 二十代半ばくらいだと思ってた」
「二十八だよ」
「見えない」
「ありがとう。褒め言葉だと思っておくよ。大聖くんは大学に入ったばかりなら十八歳かな」
「はい。柄本さんと十歳も違うんですね」
「うーん、改めて年の差を言われるとちょっとクるものがあるなあ」
「そうなんですか? すみません」
「謝らないで。嘘だよ、気にしてないから。あと敬語、いらないよ」
「え、でも柄本さん年上だし。どのみち俺の敬語ってあまり丁寧じゃないし気の利いたことも言えないし、すでにもう失礼な口の利き方してたかもだけど」
地元では大抵知り合いなのもあり、年配の人にも親しい口を利いていたし、学校の教師にも丁寧ながらにタメ口だった。それもあり、真面目が取り得ながらに実はあまり敬語は得意ではない。
「いいよ、くだけた話し方で。あと大聖くんは失礼じゃないよ。いい子だなって思う。話してても楽しいよ、またこうしてゆっくり話そうね」
都会の大人はやはり違うなと、何となく少し照れながら大聖は思った。さらりと褒めてくれる。
「何か照れくさいけど……ありがとう、柄本さん」
礼を言えば、昌氏は優しげに微笑んできた。微笑むと少しタレ目気味の目元がますます柔らかく見える。口元をあまり動かさずこんな微笑み方ができるのも、何だか恰好いいなと大聖は密かに思った。
「てめ、何でまたいんだよ!」
対して秀真は年上のくせに本当に大人げないなと大聖は少し思う。ただそのせいもあり、余計に気になってしまうのかもしれない。ただでさえ不規則そうでしかない仕事しているし、部屋はいつ見ても汚いし、ちゃんとしたものを食べてそうでない。最初は、何か犯罪でもしているのではないか、ヤバそうな人なのではないかと怖く思いつつ、何かしでかすのではと気になっていた。だが最近はまるで自分が秀真の母親にでもなったかのように、ちゃんと生活しているのかのほうが気になってしまう。
「部屋が相変わらず汚いのと、ちゃんと食べてなさそうだから」
「それと不法侵入とどう関係あんだよ、お前マジどっか頭やべーんじゃないのか?」
「あんたと同じ大学に受かっているし、それなりに頭はいいつもりだけど」
「だからそういうことを言ってんじゃねーんだよ」
「? それよりも今日はフキとお揚げを炊いたのと、赤魚の西京焼、野菜の梅びたしを持ってきたんだけど」
「…………食う」
秀真の部屋にいるのを見つけられてからしばらくすると、文句を言ってくるのは基本的に変わらないものの料理を食べることに関してだけは素直に秀真は受け入れてくるようになった。やはり今までインスタントものばかりでまともなものを食べていなかったせいでつい釣られてしまうのではないだろうか。
大聖としては別に食事を餌にどうこうしようと考えているわけではないが、こうも食べることに関してやたら素直だと、まるで野良猫かイタチを手懐けたような気持ちにはなる。
大聖より身長あるので、イタチというよりはもっと大きな野生動物のほうが似合うのだろうが、一見獰猛そうなだけにイタチは案外うまい例えだなと思わずニヤリとしてしまいそうにもなった。
「つかお前、いつも茶色いもんばっか作ってくるよな」
「この梅びたしは茶色くないけど」
「だからそういうことじゃなくて。何かこう、例えだよわかんだろ」
「? ああ、田舎料理っぽいってこと?」
「田舎料理っつーより、あれだ、ほら、何かこう、……おふくろの味的な?」
普段の恰好や下品そうな髪の色のほうが大聖からしたらよほど恥ずかしいと思うのだが、秀真は「おふくろの味」と口にする時になぜか変に照れている。相変わらず不可解な人だなと思いながら「そういうのが得意だから」と答える。
「あー。その、何だあれ、野菜とかベーコンとかソーセージとかごろごろ入ってるスープみたいなのあんだろ」
色々あり過ぎてちょっとよくわからないが、とりあえず浮かんだものを口にした。
「ポトフかな。キャベツとかどんと入ってるやつ?」
「それ! そーゆー洋風なのも作れんのか」
「そんなのなら作れるよ」
「そ、そうかよ」
だから何、と聞きたくなるほど秀真はそれ以上何も言うことなく、ただひたすら料理を口に運んでいた。
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