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しばらく大学に専念していたが、落ち着いてくると大聖はアルバイトを始めた。近所にあるスーパーの惣菜コーナーが担当だ。
惣菜の品は大きく分けてアウトパックとインストアがある。サラダや弁当など、作り置きでも劣化しないものが惣菜工場から入ってくる。これがアウトパックで、インストアは材料を仕入れて店内で作る。大聖は主にこれを担当していた。商品を手配したり発注するのは別の担当がしてくれている。大聖はそれらの材料を使って惣菜を作ったり、それらを並べたり、値引きをしたりといった仕事を受け持っていた。
調理だけではないのは、どうしても学生だけに平日はなかなか昼前や夕方に作るのが難しいからだ。ただ大聖の作る惣菜は仲間内でも美味しいとすぐ有名になったため、タイミングさえあれば調理を頼まれる。客の間でもじわじわ違いに気づいて、大聖が作った総菜を狙っている客がいるという嘘か本当かわからない噂も同僚から聞かされた。
とはいえ自分の作った料理が美味しいと言われるのは普通に嬉しい。農業をしている親は日中忙しいため、兄や大聖は昔から家事を普通にこなしてきた。どうやら田舎らしいと自分の中で判明した故郷だが、田舎あるあるで家事のしない男が多いかといえば全然そんなことない。年配の人たちは確かにそうかもしれないが、少なくとも大聖は家事全般得意だ。料理は今時のものより「おふくろの味」と言われるようなものが特に得意だったりする。
その料理の腕を見込まれたのか、スーパーの従業員だけでなく試食コーナーの外から来ているパートの年配女性にもよく話しかけられるようになった。自分のレシピなどを教えたりアドバイスしたり、逆にされたりと仲よくやっている。同じ年代の同僚からはこの間「高津、パートのおばちゃんにめちゃくちゃ人気よな」と言われたところだ。
人気かどうかはわからないが、親切にはしてもらっていると思う。なのでお返し、というわけではないが、実家からちょくちょく届く野菜を近所の人やアルバイト先でたまに配ったりはしている。どのみち一人ではそれら野菜を消化しきれないからだが、喜んでもらえているようなので何よりだと大聖は思っていた。
それを大学の友だち、修に話したら「今度俺にも作ってよ」と言われた。
「別にいいけど俺の家に来たら、運が悪いとヤバいやつと遭遇するかもだぞ」
「ヤバい? 何が」
「……神保だから言うけどな、俺の隣人がめちゃくちゃ凶悪そうなんだ。いつか取り返しのつかないことが起きるのではと少しハラハラしてる」
「え、っと、そうなんだ。うーん、高津のことだからなぁ。話半分に聞いておこうかな」
「どういう意味だ? 俺、嘘つくタイプじゃないつもりだけど」
「うん、知ってる。お前はつかないと俺も思ってるよ」
あははと笑われ、大聖は首を傾げざるを得なかった。
「高津がおばちゃんに人気あるの、料理とかだけじゃないだろな、でも」
「え? 何で」
「眼鏡かけてて髪も一見ぼさぼさに見えて地味だけど、髪はふわふわしてるから手入れしない分ぼさぼさになるだけだろし、古い感じの眼鏡も悪くないけど取ったらわりと正統派イケメンって顔してるぞ、お前。絶対おばちゃんに好かれるタイプだな」
「……イケメンはお前だろ」
変なことを言い出すやつだなと微妙な顔をすれば、修は「俺イケメンなの? ありがとう」と爽やかに笑っていた。すでに何人かから告白されているらしいが、同じく故郷から出てきて学校が別の彼女がいる修は、誠実な様子で断っている。さすがだなと大聖は思っていた。
ところで角部屋隣人だが。あれ以来大聖なりに監視を続けている。とは言ってもやはり基本的に生活習慣が合わないのか、普通に過ごしていると見かけることはほぼない。ストーカーをされている可能性は考えすぎなのだろうなと最近ようやく思えるようになった。学校の帰りに様子を窺うとたまに物音するのだが、アルバイトから帰ってくるとまず留守にしているようだ。というか、挨拶に向かって名乗りもしたというのに、後で気づいたが向こうの名前は知らない。名乗られていない。酷いやつだと思いながらアパートのポストを見れば「電気ご使用量のお知らせ」がちらりと覗いていたのでそっと取ってみた。
「……富崎 秀真」
名字は「とみさき」と読むのだろうが、名前は「しゅうま」でいいのだろうか。名字なら「ほつま」と読むところだ。名前なら他に「ひでさだ」とも読めそうな気がする。あと一人暮らしでほぼ家にいないからか電気使用量は少なかった。
昨日はアルバイトが休みで家にいたのだが、夕暮れ時にたまたま秀真が部屋を出るのに気づいた。台所にある窓に人影が映るのを見送り、大聖は少し間を空けてから自分も家を出た。後ろ姿で秀真だとすぐ見つけられた。大学で見かけたような、ファッション雑誌に出てきそうな多分お洒落なのだろうが、秀真からするとそれでもまだ派手に見える服装をしている。
どこへ行くのだろうとこっそりついて行くと、どんどん繁華街の方へ向かっているのがわかった。誰かと遊ぶのだろうかと思っていたらとある店へ入っていく。大聖も少しして近づこうとしたら近くにいた茶髪の後ろ髪をしばっている、たれ目だが怖そうなイケメンに睨まれた気がして、慌ててその場から離れた。店の名前は憶えていたので後で検索してみるとホストクラブだった。
何してんのかわからんヤバイやつと思ってたけどホストだったのか?
ただ、大聖の想像するホストと全然雰囲気が違う。大聖の知識ではホストと聞いて想像するのはびっくりするくらい盛った髪型にひたすら黒っぽいだらしなさそうなスーツを着たタイプだ。一致するのは髪の色くらいだろうか。ただ、ホストで検索してみると何となくわかった。最近は「ネオホスト」というタイプが増えているらしい。大聖の知識は少々古かったようだ。カジュアルで気さくな感じと書かれていたが、そこに載っている画像を見てますます納得する。秀真もこんな感じだった。あと少なくとも大聖からすればネオだろうがやはり派手で怖そうで、ちっとも気さくそうではないなということだけはわかった。
惣菜の品は大きく分けてアウトパックとインストアがある。サラダや弁当など、作り置きでも劣化しないものが惣菜工場から入ってくる。これがアウトパックで、インストアは材料を仕入れて店内で作る。大聖は主にこれを担当していた。商品を手配したり発注するのは別の担当がしてくれている。大聖はそれらの材料を使って惣菜を作ったり、それらを並べたり、値引きをしたりといった仕事を受け持っていた。
調理だけではないのは、どうしても学生だけに平日はなかなか昼前や夕方に作るのが難しいからだ。ただ大聖の作る惣菜は仲間内でも美味しいとすぐ有名になったため、タイミングさえあれば調理を頼まれる。客の間でもじわじわ違いに気づいて、大聖が作った総菜を狙っている客がいるという嘘か本当かわからない噂も同僚から聞かされた。
とはいえ自分の作った料理が美味しいと言われるのは普通に嬉しい。農業をしている親は日中忙しいため、兄や大聖は昔から家事を普通にこなしてきた。どうやら田舎らしいと自分の中で判明した故郷だが、田舎あるあるで家事のしない男が多いかといえば全然そんなことない。年配の人たちは確かにそうかもしれないが、少なくとも大聖は家事全般得意だ。料理は今時のものより「おふくろの味」と言われるようなものが特に得意だったりする。
その料理の腕を見込まれたのか、スーパーの従業員だけでなく試食コーナーの外から来ているパートの年配女性にもよく話しかけられるようになった。自分のレシピなどを教えたりアドバイスしたり、逆にされたりと仲よくやっている。同じ年代の同僚からはこの間「高津、パートのおばちゃんにめちゃくちゃ人気よな」と言われたところだ。
人気かどうかはわからないが、親切にはしてもらっていると思う。なのでお返し、というわけではないが、実家からちょくちょく届く野菜を近所の人やアルバイト先でたまに配ったりはしている。どのみち一人ではそれら野菜を消化しきれないからだが、喜んでもらえているようなので何よりだと大聖は思っていた。
それを大学の友だち、修に話したら「今度俺にも作ってよ」と言われた。
「別にいいけど俺の家に来たら、運が悪いとヤバいやつと遭遇するかもだぞ」
「ヤバい? 何が」
「……神保だから言うけどな、俺の隣人がめちゃくちゃ凶悪そうなんだ。いつか取り返しのつかないことが起きるのではと少しハラハラしてる」
「え、っと、そうなんだ。うーん、高津のことだからなぁ。話半分に聞いておこうかな」
「どういう意味だ? 俺、嘘つくタイプじゃないつもりだけど」
「うん、知ってる。お前はつかないと俺も思ってるよ」
あははと笑われ、大聖は首を傾げざるを得なかった。
「高津がおばちゃんに人気あるの、料理とかだけじゃないだろな、でも」
「え? 何で」
「眼鏡かけてて髪も一見ぼさぼさに見えて地味だけど、髪はふわふわしてるから手入れしない分ぼさぼさになるだけだろし、古い感じの眼鏡も悪くないけど取ったらわりと正統派イケメンって顔してるぞ、お前。絶対おばちゃんに好かれるタイプだな」
「……イケメンはお前だろ」
変なことを言い出すやつだなと微妙な顔をすれば、修は「俺イケメンなの? ありがとう」と爽やかに笑っていた。すでに何人かから告白されているらしいが、同じく故郷から出てきて学校が別の彼女がいる修は、誠実な様子で断っている。さすがだなと大聖は思っていた。
ところで角部屋隣人だが。あれ以来大聖なりに監視を続けている。とは言ってもやはり基本的に生活習慣が合わないのか、普通に過ごしていると見かけることはほぼない。ストーカーをされている可能性は考えすぎなのだろうなと最近ようやく思えるようになった。学校の帰りに様子を窺うとたまに物音するのだが、アルバイトから帰ってくるとまず留守にしているようだ。というか、挨拶に向かって名乗りもしたというのに、後で気づいたが向こうの名前は知らない。名乗られていない。酷いやつだと思いながらアパートのポストを見れば「電気ご使用量のお知らせ」がちらりと覗いていたのでそっと取ってみた。
「……富崎 秀真」
名字は「とみさき」と読むのだろうが、名前は「しゅうま」でいいのだろうか。名字なら「ほつま」と読むところだ。名前なら他に「ひでさだ」とも読めそうな気がする。あと一人暮らしでほぼ家にいないからか電気使用量は少なかった。
昨日はアルバイトが休みで家にいたのだが、夕暮れ時にたまたま秀真が部屋を出るのに気づいた。台所にある窓に人影が映るのを見送り、大聖は少し間を空けてから自分も家を出た。後ろ姿で秀真だとすぐ見つけられた。大学で見かけたような、ファッション雑誌に出てきそうな多分お洒落なのだろうが、秀真からするとそれでもまだ派手に見える服装をしている。
どこへ行くのだろうとこっそりついて行くと、どんどん繁華街の方へ向かっているのがわかった。誰かと遊ぶのだろうかと思っていたらとある店へ入っていく。大聖も少しして近づこうとしたら近くにいた茶髪の後ろ髪をしばっている、たれ目だが怖そうなイケメンに睨まれた気がして、慌ててその場から離れた。店の名前は憶えていたので後で検索してみるとホストクラブだった。
何してんのかわからんヤバイやつと思ってたけどホストだったのか?
ただ、大聖の想像するホストと全然雰囲気が違う。大聖の知識ではホストと聞いて想像するのはびっくりするくらい盛った髪型にひたすら黒っぽいだらしなさそうなスーツを着たタイプだ。一致するのは髪の色くらいだろうか。ただ、ホストで検索してみると何となくわかった。最近は「ネオホスト」というタイプが増えているらしい。大聖の知識は少々古かったようだ。カジュアルで気さくな感じと書かれていたが、そこに載っている画像を見てますます納得する。秀真もこんな感じだった。あと少なくとも大聖からすればネオだろうがやはり派手で怖そうで、ちっとも気さくそうではないなということだけはわかった。
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